第29話 夜が降りてくる:閉じぬユウガオの花

 光陰矢の如し。つい数日前に梅雨になったと思ったら、あっという間に7月上旬になって、その日はやってきた。

 スノウたちサンクトルム1年生たちは、ドナドナと宇宙船に揺られてサンクトルムからわずかに離れた宇宙ステーションへと運ばれていた。

 この宇宙ステーションは、今は人がほとんどいない。もともと宇宙ステーションとしてのサンクトルムの開発初期に、開発従事者が寝泊まり生活をするために建設された言わば仮設住居だった。開発が進み、サンクトルム内部で生活ができるようになってからは不要になったのだが、そのまま処分するのも手間だということで、こうして放置されてこんにちに至る。

 さて、廃棄されところどころ古さが見えるその宇宙ステーションが間近に迫り、それまで多少騒がしかった学生たちは身の引き締まる思いになる。


「うひゃあ。宇宙ステーションの成れの果て、って感じだね」

「あるいは墓場だな。当時の開発環境でも死人は相当出たと聞く」

「し、死人ですか……」


 そんな話を少し遠いところで聞いていた秋人は今にも足を投げ出さんばかりにくつろいだ状態で言う。


「そんなところで、試験をやるなんてなぁ」

「多目的外骨格演習の前期試験は毎年、ここでやるのが伝統だと聞きます。場所的に使いやすいのでは」

「まー、そりゃ流れ弾とか当たってもよさそうなボロだけどよ」


 まもなく停泊場に着き、船内にアナウンスが流れる。


『多目的外骨格演習担当教員の青葉梟護だ。

 本宇宙船は試験会場である宇宙ステーション『サヴァン』に到着した。

 指示に従い下船し、ただちに試験の準備に取り掛かってくれ。

 何か質問があればそのつどしてほしい。以上だ』


 指示通りに粛々と下船していく学生たち。普段は騒がしい学生たちも、この時だけは厳かであった。



 寂れた格納庫にて、パイロットスーツを着た学生たちが綺麗に整列している。

 緊張した面持ちの学生たちを一瞥し、学生たちと同じくパイロットスーツの護が声を張り上げて言う。


「これより多目的外骨格演習の前期試験を開始する。

 内容は事前に通達した通り、エグザイム<グリリナ>に搭乗し、仮想敵を撃破すること。制限時間30分のうち、仮想敵に与えたダメージや自機が受けたダメージを考慮して成績を決定する。

 この試験の結果で前期の成績が決まるといっても過言ではない。心して取り込んでくれ」


 前期の成績が決まる、と言われ秋人は口をへの字にする。


「うへえ、大丈夫かな」

「心配ですか?」

「単位は落とさねえと思うけどよ、いい成績が取れるかどうかはわからねえ」

「単位が取れればいい、という考えもありますが」

「そりゃいい成績が取れるならそれがいいだろ。それにだな……」

「それに、なんですか?」

「…………なんでもねえよ」


 気恥ずかしそうに顔をそむける秋人。脳裏に浮かんだのは両親と兄の顔。


(…………俺の成績が悪いことで、兄貴たちが笑われちまったら申し訳ねえからな)


 そんなことを考えていると、スノウに肩を叩かれる。


「なんだよ」

「前半グループなんだから、ボーッとしてないで早く乗り込んだ方がいいんじゃないかな」

「前半グループ?」

「仮想敵の数が学生全員分ないから前後半に分かれてやるって話。秋人と僕は前半」

「あ、そうなの?」

「雑談をしているから聞き逃すんですよ?」

「おめーもだろうが」


 後半グループだというアベールを置いて、スノウと秋人は<グリリナ>に乗り込む。


(事前に言われていた通りの試験内容か)


 スノウの胸中に不安はない。試験だろうが訓練だろうが普段通りの力を出すまで。


(仮想敵は何かわからないけど、1on1であるなら戦艦でもない限りはいくらでも戦いようはある)


 もはやルーチンワークと化したエグザイムの起動操作。モニターの起動、グリップのレスポンスチェック、通信切り替え。そして、最後にセンサーのチェック。


「む」


 設定をいじっていると、所属不明機の反応アリ。すぐにその反応に合わせて感度を最大にするものの、その時にはまるで煙のように反応はなくなっていた。

 そのことを護に報告すると、彼は少し考えてから言う。


『ここはかつてサンクトルムの開発のための仮設住居だったところだ。もしかすると、その時に使われていたエグザイムが廃棄されていて、それに反応したのかもしれない。何にせよ、後で調査は行うことにしよう』


 それにしては反応がすぐ消えたのが不可解だったが、護にそう言われた以上物事は進展しないだろう。そう考えて、スノウは試験に集中することにした。

 起動を完全に終えてからしばらく待っていると、護から『モニターに表示されたポイントへ移動するように』という指示が飛んできたので、指示通りに<グリリナ>を移動させる。センサーを確認すると、他の<グリリナ>も同じように指示を受けて動いているようだ。

 さほど遠くない距離を移動し終えると、再び通信が入る。


『全員指定位置に着いたようだな。前期試験を始める前に、何か質問はあるか?』

『せんせー、いいですかー?』

『ああ、いいぞ。どうした?』

『仮想敵がいないんですけど、何と戦うんですか?』

『ああ、それはだな―――』


 スノウはその会話を聞いていなかった。

 <グリリナ>のセンサー感度を最大まで高め、油断なく周囲をうかがう。

 そして、見つけた。


『もう、諸君の近くに来ているぞ』


 瞬間、スノウ機のモデルガンの銃口が瞬く。

 しかし、存在は指先からレーザーを照射し、攻撃をシャットアウトする。そして、明確な敵意を感知して赤い瞳をスノウ機に向ける。


「これは……」


 スノウの声が聞こえたわけではないだろう。だが、護はスノウの言葉を肯定するかのように言う。


『今回の試験の仮想敵は、D-01。諸君らには<DEATH>と言った方が通りがいいか?』


 地球人類の宿敵であるデシアン。その先兵である<DEATH>が学生たちの前に立ちはだかる。


『もちろん本物じゃないがな。こういう機会に使う為に複製した偽物だ。だが、その性能は本物とそう変わらないぞ』

『えっと、では武装も……』

『再現されている。…………もちろん、普段の訓練と同じように光通信による疑似的な戦闘で試験を行うから、死ぬことはないはずだ。

 もっとも、この程度で撃墜されるようであれば、この先やってはいけないが』


 サラリと言い放たれた言葉で、より一層の緊張感が通信越しに伝わってくるのをスノウは感じた。


『さて、質問が他にないようなら、試験を始めるぞ。

 …………ふむ、ないようだな。では、前期試験を開始する!』


 護の号令がゴングとなり、各地の<DEATH>がはじかれたように動き出した。

 初めからトップスピードで襲い掛かる<DEATH>を目の前にして、スノウはためらわない。

 右手に持っていたモデルガンだけではなく、左のそれも抜いてフルオートで弾丸を連射する。雨のような銃撃が<DEATH>に降りかかる。

 しかし、<DEATH>は止まらない。ダメージを受けようが関係なしに依然、変わらぬスピードで迫ってくる。


(やっぱり、完全に破壊しないとダメかな)


 スノウ機はモデルガンを二丁とも放り投げる。そして、両腰に懸架してある模擬刀に手をかける。

 対して、<DEATH>は鋭利なマニピュレーターを振り上げ10本の指からレーザーを照射する。有効射程こそ短いため遠くの敵を狙い撃つには難しいが、レーザーを照射したままマニピュレーターを振り回せば、レーザーが爪となり敵機を切り裂く。レーザークローと呼ばれるこの武装こそ、地球統合軍が未だ実用化できていない白兵用エネルギー兵器のひとつの完成形と言えるものだった。

 それが今、スノウ機に明確な敵意をもって襲い掛かる。白兵用エネルギー兵器が実用化できてないため、その対策が満足にできているとは言えないのが地球サイドの実情ではあるが、決して慌てず冷静に敵意を見つめる。


「――――今ッ!」


 爪が振り下ろされる瞬間、スノウ機は武器を抜いた。逆手で持った2本の模擬刀、それを振り上げると同時にスラスターを全開、上昇する。

 模擬刀は<DEATH>の両脇に叩き込まれ、レーザークローを振るっていた腕の動きを止める。しかし、スノウはそこで手を止めない。上昇時の両腕でガッツポーズした恰好のまま今度は逆に最大速度で下降、<DEATH>の脳天に模擬刀の先端を突き刺す。

 両腕と頭部、どちらも破壊されたと判定され、<DEATH>の体が弛緩する。そして、赤いカメラアイが点滅し……最後は光を失った。



 撃墜してすぐに、護からその場で待機するように指示されたスノウ。特に何もやることがないので、適当にグループチャンネルを作って試験を終えた同輩たちを待つ。

 チャンネルを立ててから1分もしないうちに、通信が耳朶を打つ。


『君が撃破一番乗りか、ヌル』

「………………」

『待て待て。黙って通信を切ろうとするな。何か俺がしたか?』


 ソルの声を聞いて無意識に伸ばしていた手を、コンソールから引っ込める。


『まあいい。君が俺を良く思っていないことはもうわかっている。無理に俺との会話に付き合ってくれなくてもいい』

「それがいい」

『………………』

「………………」


 意思確認をしたふたりの間に会話はなかった。もはや酸素を消費するだけの無意味な行動だとわかったのだからそれは当然なのだが、それは長く続かない。


『ケッ……一番乗りかと思ったらてめえがいるのかよ、スフィア』


 少ししゃがれた、低いだみ声が耳に独特の不愉快さを与える。ただ耳障りなだけの声ではない。声の質というよりは、そこに込められたものが不愉快にさせるのだとわかった時には、ソルがすでに対応していた。


『フィリップス……。君も前半グループだったのか』

『あ? おれが前半じゃ悪いかよ?』

『そうは言ってない』

『じゃあどーいう了見なんだよ、ああ?』


 フィリップス、フルネームでギャメロン・フィリップスは恫喝するような調子で声を荒げる。


『おれが目障りとでも言いてーのかてめえは!』

『そうも言ってない! ただ、姿が見えなかったから後半グループなのかと思っただけだ!』

『てめえの近くにいただろうが! おれ程度眼中にねえってのか!』


 あーだのこーだの言い合いするソルとギャメロンには好きにやらせておくことにして、スノウは適当に他の同期の様子を見るべくセンサーをいじる。

 すると、スノウは気が付いた。再び所属不明機の反応が出ていることに。


(さっきと同じ……、しかも、今度は消えない)


 不審なものを感じて、その反応からほど近い人物に言う。


「フィリップス君、近くに何かないかな。…………言い争いをやめて聞いてほしいんだけど」

『あ? なんだよ? つーかてめえ誰だよ』

「スノウ・ヌル。君の同期。

 それより、所属不明機の反応があるんだ。近くを探ってほしい」

『所属不明機? そんなもん見え―――』


 瞬間、つんざくノイズ音の嵐が耳を襲う。コンソールのグループメンバーから先ほどまで出ていた「Gamelon Philips」の文字が消えており、センサーにはギャメロン機がロストした旨の表示が点滅する。


『フィリップス!? フィリップス! どうした、何が起きた!? 返事をしろ!』

「…………これは、おそらくは」

『…………おそらくは、なんだ?』


 ソルの震え声には応えず、すぐさまオープンチャンネルにして護にコンタクトを取る。


「先生」

『ヌルか! 先ほど君の報告したことは……、いや、今はそんなことを言っている場合ではない。すぐに格納庫へ戻ってくれ。他の学生にもすぐに通達は入れる』

「では、先に他の学生に通達を入れて格納庫へ戻してください。僕はフィリップス君を助けに行きます」

『許可はできない。俺の指示に従ってくれ』

(まあそう言うよね、普通)


 謎の消失を遂げたギャメロン、その原因がはっきりしない以上、学生をそこへ行かせるわけにはいかない。教員というのはそういうものなのだが、だからこそスノウは言う。


「ではフィリップス君はどうするのでしょう?」

『俺が助けに行く。君たちは戻れ』

「先生がフィリップス君を助けに行ったとすると、残された僕たちの避難誘導は誰がするんでしょうか」

『いいや、避難まではしなくていい。待機していてくれ』

「いえ、避難が必要です。先生も気が付いているはずです」


 通信の向こう側で護が押し黙るのを感じて、ピシャリと言ってやる。


「フィリップス機の反応が消えたのは、間違いなく何者かの手によるものですよ。おそらくは、デシアンの」

『………………』

「デシアンの目的はわかりません。でも、万が一を考えれば待機なんて悠長なことしていられないでしょう。さっさと避難するほかない。だとするなら、先生がそっちに力を費やすべきではないですか」

『…………それはそうだ。だが、君を危険な地に行かせるわけにもいかん』

「サンクトルムの操縦科にいる限り、危険は付き物でしょう。いつかは死地に行くことになる。それが前倒しされるだけです。

 …………戦闘行為はしません。<グリリナ>に武装はあってないようなものですし、見つけ次第すぐに撤退します。それでいかがでしょう」

『………………』

「………………」

『はぁ』


 これ以上言っても無駄だという諦めか。もしかすると、考えていたよりもスノウが冷静にものを見れていることへの安堵か。ひとつため息を吐いてうなずく。


『わかった。その提案を受け入れよう。…………だが、必要だと感じたらリモートコントロールで強制的に撤退させる。それ以上の譲歩はできん』

「了解」

『だったら、俺も行きます。ひとりよりふたりの方がいいでしょう』


 今まで黙って話を聞いていたソル。それならば、とギャメロン救出を買って出たので、スノウは首を縦に振る。


「なら、手伝ってほしい。ちょっと距離はあるけどね」


 ソル機の戦闘区域は、スノウ機から見て宇宙ステーション『サヴァン』との中点に位置している。また、ギャメロン機の反応はスノウ機の方が近い。この程度なら問題ないだろうとスノウは考えた。

 そして、護はそれに同意する。


『そうだな。ふたりいれば死角をカバーしあえるだろう。…………だが、気をつけろよ』

「わかっています」

『では、救出に向かってくれ』

「了解」


 護との通信を切るや否や、グループチャンネルにつなぎっぱなしだったソルが話しかけてくる。


『ヌル、すぐにそちらに合流する』

「いや、スフィア君はそのまま『サヴァン』に戻って」

『何? どういうことだ』


 すぐには答えず、コンソールをいじって自機の記録をソル機に送る。


『…………これは!』

「フィリップス機の反応が消えた時、所属不明機の反応が新たに出現したけど……それはフィリップス機の近くのひとつだけじゃなかった。

 もうひとつ、ちょうど所属不明機の反対側、そっちにも現れたんだ。そして、それは『サヴァン』へと向かっている」

『………………』

「『サヴァン』が危ない。頼みたいことというのは、そういうこと」

『…………なるほどな』

「僕はこっち。君はあっち。僕たちでどうにかしないといけない。正体も詳細もわからない、所属不明機を」


 武装はない。技術もない。そんな状態で未知の存在に立ち向かわないといけない。

 天を仰ぎ見たソルは目を覆った手が震えていることに気が付いた。

                                  (続く)

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