第28話 Deceased has coming:ニシキギ前夜
少し髪をしっとりとさせたふたりは工房へとやってきた。相変わらず、耳をつんざく金属音、耳をふさぎたくなる怒号、海の底にいるような重低音。それらがミックスされて独特の雰囲気を醸し出していた。
さて、今回の目的はというと、雪のエグザイム……シルエットがスマートな若葉色のそれを目の前にして、雪は言う。
「あたしのエグザイム<レケナウルティア>なんだけど、スノウから見てどう?」
「雪ちゃんの好きな花の名前だったね」
「そう。…………って、本題はそこじゃないから。
さっきの演習で動かしてみたんだけど、少し動かしづらかったから改善できないかなーなんて思って」
「アドバイスが欲しいと?」
「そそ」
アドバイスか、とスノウはつぶやいて顎に手をやる。
<レケナウルティア>を実際に操縦していたり、雪の操縦を見ていたりしていたなら、それは難しいことではない。自分の感じたことをそのまま伝えればいい。
だが、スノウは<レケナウルティア>について何も知らないのだ。
(本体はこれといって特徴的な見た目はしてないけど……)
スノウが着目したのは、<レケナウルティア>の脇にあるウェポンラックに置かれた松葉づえのような物体。他のエグザイムには見られない珍妙なソレこそが<レケナウルティア>をワンオフたらしめているものだというのはわかる。
(普通のエグザイムなら相当に動かせる雪ちゃんが動かしづらいと語るのであれば、その理由はあの武器によるものかもしれない)
そう考えたスノウは、近くにいる<レケナウルティア>の整備スタッフ、すなわちエルに声をかける。
「グレーさん、ちょっといいかな」
「ん~? な~に~? 後ろで~ふき~げんな雪が~怖いから~手短~にね~」
「<レケナウルティア>のデータ見たいから、調整用の端末を貸してほしい」
「はい~」
エルから手渡された端末をざっと眺めると、件の松葉づえもどきの情報に行きついた。タップして詳細を呼び出す。
「『高圧縮エネルギー砲・スターブラスター』、『高出力エネルギー砲・スカイブルー』……」
「たいそーに書いているけど、ようは大型のEブラスターってこと」
「…………どうやら、そうみたいだね」
雪やエルはふたつの大型Eブラスターについて詳細を話していたが、スノウは聞いちゃいなかった。松葉づえの正体が大型Eブラスターということがわかれば、詳細などは後で知ればいいこと。今必要なのは、<レケナウルティア>はあれを両手に持って動くというそれだけ。
端末で他に必要な情報を調べ、スノウはひとつ結論を出した。
「上半身の重量に対して、下半身のスラスターが弱い」
「え?」
「グレーさん、脚部スラスターの出力をちょっと上方調整してほしい」
「ちょっと~? どの~くらい~?」
「適当に」
譲らない態度のスノウを見てそれ以上の追及をあきらめたエルは「も~ちょ~せいだって~大変~なのに~」とぶつくさ言いながらその場を離れていった。
訳が分からないのはそのやり取りをそばで見ていた雪だ。
「ちょっと、どういうこと?」
「脚部スラスターの出力が、本体の重量に見合ってなかった」
エグザイムはその構造上、上半身が重くなることが多い。基本的な推進力は肩部に集中しており、装甲をつけることや武器を持つことを考えるとそうならざるを得ないのだ。非常に重い上半身でもエグザイムが動けるのは、ひとえに肩部スラスターのおかげなのだが、それだけでは前進はできない。そこで脚部スラスターも稼働させることで推力を調整しエグザイムは前に進む。
<オカリナ>をはじめとした統合軍の正式採用エグザイムは優秀な技師によってしっかりと調整されているが、学生たちが調整した今のサンクトルム1年生たちのエグザイムはそのあたりが杜撰なのだ。だから、先の訓練でも乗りこなせない学生たちが出てきた。
さて、それを踏まえて<レケナウルティア>の話に戻ると、やはり脚部スラスターの出力が上半身の重量や肩部スラスターに比べて弱かった。いや、厳密に言えばただ動くだけであればあまり気にならないぐらいのバランスなはずだったが、<レケナウルティア>にはそのバランスを崩す決定的な要因があった。
それが、2種類の大型Eブラスターの存在だ。腕部全体で支えなければならないほど大型、かつヘビーな武器を持つことを加味するとどうしてもバランスが悪くなり、動かしづらく感じるようになってしまうのだ。
スノウはそれに気が付いて修正をエルに指示したが、彼は体系的にエグザイムについて学んだわけではない。知識や理屈というのは、今まさに同期たちと一緒に学んでいる途中だ。彼がわかるのは感覚的なこと、それはその道何十年の職人が測らずとも正しい値の物を作れるのと同じ。「どいういうこと?」と雪に言われても、上手く説明できないので、スノウはそれ以上の言及はしなかった。
「………………」
「言えないの?」
「感覚的な話だから、良い説明ができない」
「スノウって昔からエグザイムに乗ってるんだよね? だからかなー?」
「あたしの話になるけど」と前置きしてから、雪は言う。
「毎日花に水をあげるんだけど、やっぱり花も生き物だからその日によってどれくらい水を与えればいいか違うんだよ。『今日はこのくらいかなー』『もうちょっとあげるかなぁ』なんて思いながら水をあげる。
でも、このくらいの気温と湿度だからどれだけあげる~なんて法則はなくて、なんとなく感覚でどのくらいあげればいいかわかるんだね。昔からガーデニングはやっているから、そのお陰なんだと思うけど。
スノウのその感覚もそういうものなのかなぁ~って」
「…………たぶんね」
「それにしたってすごいよね。あれだけのスピードが出るエグザイムに乗れるんだから」
(あれだけ重量に偏りがあって武器が重たい<レケナウルティア>を操縦して、『動かしづらかった』で済む雪ちゃんも相当にすごいけどね)
そんな考えのもと、じーっと雪を見ていたものだから、雪は頬を少し赤らめて自分を抱きしめるように胸の前で腕を交差させる。
「…………あんまり見られると恥ずかしいんだけど」
「草花に対しても、エグザイムに対しても適応力が高くていいな、と思って。他意はないよ」
「なんだ、えっちなことを考えているのかと思ったよ」
「この間の着替えのこととか?」
何気なしにそう言ったらぺちんと肩を叩かれた。雪の顔は、さっきよりも赤い。
「ばか」
「………………」
「もう忘れて、恥ずかしいから……」
「すぐ扉を閉めたから、あまり記憶には残ってないよ」
「本当に? じゃあ、テストするね。
あの日あたしのは何色だったでしょう?」
「白」
「正解」
「いや、嘘を言っちゃいけないよ。緑色だったと記憶しているけど」
ぺちんと二回目、今度は頭。
「きっちり覚えてなくていいから! 忘れて!」
「努力はする」
そんな夫婦漫才をしていたふたりは、近くにいた学生たちから『うぜえなこのバカップル……』と思われていたのだが、そんなことを知る由はなかった。
どこまでも広がる暗い宇宙、瞬く星の色は白い。
星の光というのは何光年も離れた場所で輝くために、今見える星はもうこの世界から消えてなくなっているかもしれない。何光年かけた遠大な光のプレゼントが、暗い世界に希望をくれている。
しかしある時、その光が希望ではなく絶望を与えるのだとしたら……。
白い光が瞬く宇宙。その中に、ふたつ赤い光が生まれた。暗く血のような赤。
その光は真っ直ぐ、サンクトルムの方へと落ちていく。まるで日が落ちるようにゆっくりと、しかし止まることなく。
絶望の時は、刻一刻と迫っていた―――。
(続く)
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