第27話 前途多難な『自分らしさ』:ダイモンジソウは大問題
その日の操縦訓練は、久々にシミュレータールームでの講義となった。すでに実物での訓練が始まっているのになぜ改めてシミュレーターを使っているのか。
それは、各々が現在製造している専用機、その操縦訓練のためであった。
当然ながら、実物はまだ完成していない。だが、完成してから動かし始めるのでは遅すぎるため、シミュレーターにデータだけ入れて先んじて専用機を疑似的に操縦してみよう、というわけだ。
また、疑似操縦をすることによって、それぞれが思い描いていた専用機のイメージとのギャップを感じてもらうことも考慮されている。仮にギャップを強く感じるのであれば、それは実物の修正を要するということだし、ギャップがないのであれば当人の見積りはおおよそ合っているということになる。
さて、それでは今年の1年生たちはどうだったのかと言えば……。
『これは酷いですね』
「そうだね」
コックピット内のスピーカー、オープンチャンネルにしているそこからは、およそ言語とは言えないような音が発せられていた。
また、ディスプレイには駆除している映像に出てくる蜂のようにエグザイムが乱舞している情景が映し出されている。
一方で石化しているエグザイムも見られ、アベールはそのうちのひとつに通信を送る。
『秋人、どうしたんですか? エンジントラブルでも?』
巧みにスラスターを扱って<グリリナ>を動かすアベール(性能は彼が考えた<アリュメット>とほぼ同等であるが、見た目は<グリリナ>なのだ)。マニピュレーターを器用に動かし、等身大でもやるように肩部をポンと叩く。
緩慢な動きでそれを振り払う秋人機。
『装甲を盛りすぎた……。そのせいで動けねえ』
『戦場では射撃訓練の良いマトになりそうですね』
『だったらスラスターも盛ればいけるんじゃね? 重さに負けないくらいにさ!』
『それを積むだけの予算はどこから出すんですか?』
『…………確かに』
ふたりが話している間に、スノウ機も秋人機に近づく。
「それより、早くこの場から離れた方がいいよ。動けないんだったらアベールのと僕のとで押すからさ」
『そうですね。他のエグザイムがいつ突っ込んでくるかわかりませんし』
『ありがてえ。頼むわ』
スノウ機とアベール機が秋人機の背中にピタリとマニピュレーターをくっつけ、そのままスラスター全開!
『おっ、動くねぇ』
『2機ぶんのパワーですからね。
…………スノウ、少し出力を下げてくれませんか? そちらのスラスターが強すぎてうまく前に進めていない』
「了解」
『ずいぶんと吹かすなぁ』
「そんなつもりはないんだけどね」
そうして危険地帯から抜け出した三人。最後に進行方向とは逆にスラスターを吹かして減速、停止をする。
『悪ぃな、助かった』
『これくらいどうということはないですよ。でも今度は手を貸しませんからね』
『こうなっちまうと装甲減らすしかねえかぁ。でもスラスターもっと積みてえな』
「やめたほうがいいんじゃない。質量が増えるとその分制動が難しくなるし、操縦難易度が上がって結局マトになるだけだよ」
スノウの言ったことは、重りを積んだ滑車とそうでない滑車を傾斜に滑らしたとき時どちらが遠くへ動くか、という話と同じだ。
重量がある物体は動かすのに大きなエネルギーを必要とするのだが、その分1度動き出せば重量がない物体に比べて動きを止めづらい。
滑車のたとえでは摩擦があるためにいつかは止まるが、宇宙空間では空気抵抗もないため、何かにぶつかるか逆噴射をかけて勢いを殺すかしないと動きは止まらない。そして、方向転換も同じで一度動いた方向を変えようとすればそれだけパワーが必要になる。
重量(質量)があるというのは確かに頑強になるし、動き出したら強いパワーを発揮するのだが、それだけ一筋縄ではいかないじゃじゃ馬になりえるのだ。
スノウはそこまで説明はしなかったが、秋人は言いたいことはわかったようで、口をへの字にしつつもうなずく。
『わかったよ。素直に装甲を減らすさ』
「その方がいいよ。多少減らしてもじゅうぶんすぎるぐらい装甲はあるから」
『あー、でもこの装甲のまま使いたかったなぁ』
ペダルを強く踏み込んでスラスターを全開にしても空吹かしした車のようにウンともスンとも言わない秋人機。それは気持ちだけ前に行って結果が追い付いてこない今の自分とダブって見えて、秋人はため息をつくのだった。
多くの課題が見つかった訓練を終えて解散していく学生たち。
「疲れたー」だの「工房に行くかなぁ」だの「もうちょっとやってこうかな」だのいろんな声が聞こえてくる中、スノウがシミュレーターの個室から外に出ようとすると、
「や、スノウ」
雪が立っていた。笑顔なのだが、眉は少しひそめて何か困っているように見える。
どうしたの、とスノウが聞く前に雪はササッと個室の中に入ってくる。もともとひとり用のシミュレーターなため、ふたり入るともうだいぶ狭い。
シミュレーターの椅子を挟んで向かい合うふたり。
「どうしたの」
「んー? ちょーっと付き合ってもらいたいことがあってさ」
「…………人には言えないこと?」
「…………ちょっとね」
あはは、と頬をかきながら恥ずかしそうに笑う。
人に言えないような話をするのであれば、確かにシミュレーターの個室はそれなりに有用だ。防音はしっかりしているし、他の人が入ってくることが珍しい。密会をするにはうってつけで、恋人たちのまぐわいに使われることもあるとかないとかそんな話をスノウは耳にした。
あまり褒められた使い方ではないな、なんてその時は思ったのだが、いざ自分が密会する立場になってみて、
(まあ、確かに盛った恋人たちにはうってつけかもしれないなぁ)
少しだけ若さを燃やす男女の気持ちがわかった気がした。わかりたくはなかったが。
さて、そんな話は捨て置き、雪の人には言えない話とはなんだろうか。
「僕が聞いていい話なら聞くけど」
「うん。あのね……」
「はい」
「ちょっと、スノウのエグザイムを操縦してみたいなって……」
「ああ、そんなこと……。随分と物好きだね」
呆れるような言葉とは裏腹にスノウはシートから離れる。離れるといっても、スペースはほとんどない。もはやツイスター(ルーレットで指示された手足を四色の円の中に置いて、倒れないようにするパーティゲーム)のように不安定な恰好にならざるを得ない。
わざわざそんなおかしな恰好しなくても、1回出て入りなおせばいいのに……なんて思いながら、雪は「ありがと」と言って代わりにシートに座る。
(まあ、そんな変に真っ直ぐなのも、スノウのいいところなんだろうけど)
サブモニターをいじくって設定を済ますと、ディスプレイには宇宙が投影されていく。例えプログラムでも、ディスプレイに投影された宇宙はどこまでも奥行きを感じさせる。
そんな狭くも広い宇宙に倒すべき敵はいない。今回はあくまで気軽なドライブ、スノウのエグザイムの試乗だ。
「じゃ、かるーく、かるーくね」
グリップを握ってシートの位置を調整。足の長さにちょうどいい距離になったため、ゆっくりとペダルを踏みこむ。
「ぐっ!?」
ペダルの踏み込みはわずかだというのに、体中が軋むような衝撃。普段エグザイムを操縦しているときの何倍もの圧力が体中にかかる。
このままではまずい、と感じとっさに逆噴射をかけてスピードを殺す。完全に停止してから雪はシートベルトを緩めてせき込む。
「けほっ、けほっ……」
「もう少しゆっくりペダルは踏み込んだ方がいいよ」
「じゅ、じゅうぶんゆっくりだったよっ……!」
背中をさすってもらいながら、雪は抗議。
「なにこのエグザイム! デタラメな加速じゃん! あー、体がつぶれるかと思った……」
「まだ速くなるよ」
「ならなくていいから!」
ジトッとした目を一度向けてから、雪はシートに体を預ける。まだ立ち上がるには少し辛そうだ。
「肩を貸そうか」
「ありがと。でも、ちょっと休めば大丈夫。
好奇心は猫を殺す、なんて言葉があるけど……本当だね」
「だから、物好きだねと僕は言ったよ」
そーだね、と投げやりな相槌を打つ雪。物好きだと思うなら事前にデンジャーなマシンだと言ってくれればいいのに、なんて思う。まさか一気に体が持っていかれそうな加速度を持つ機体だなんて思わなかったのだ。
「よくこんなの動かせるね……」
「自分で動かせないならそういう設計はしないよ」
「そりゃそうかもしれないけど……。
…………ふう、もう大丈夫かな」
雪がゆっくりと立ち上がる。ふらつくこともなく、しなを作るみたいにひどく女性的な動き。パイロット候補生として学校に籍を置いている以上、雪も相応に体を鍛えているはずなのだが、その体つきはとても女性的だ。それでいて、一瞬とはいえすさまじい加速に体をさらされたというのに、少し休んだだけで普段と変わらないように動くことができる。
(人体とは不思議だなぁ)
「どうしたのスノウ?」
「ん、もういいのかなって」
「へーきだよ。
あとさ、もうひとつ付き合ってほしいんだけど。工房まで」
「工房?」
「工房」
スノウの疑問に、雪は来た時のように困ったような笑顔を見せた。
(続く)
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