第26話 ある日のミステイク:アザミ欺きヒヤシンス

 その日の操縦訓練が終わって、スノウらはパイロットスーツのまま工房の中を歩いていた。

 専用のパイロットスーツを身にまとい、辺りを見回している秋人はご機嫌な様子だ。


「いやー、俺たちの専用機ができあがってきているなぁ」

「そうですね。秋人のはあのダークブルーのですか?」

「そうそう。<ヘクトール>ってんだ。イカしてるだろ?」

「良きデザインです。どんなコンセプトで?」

「装甲を厚めにして、接近戦に強いようにした。格闘戦はともかく、射撃戦は俺は苦手だからなぁ。装甲で耐えて耐えて近づいて、インファイトで強力な一発! って感じ?」


 アベールはその説明を聞いて、脳内で戦闘風景をイメージする。仮想敵はデシアンの一般機である<DEATH>。マニピュレーターが鋭利な爪状になっている格闘機だ。しかし、ひとつだけ射撃武器があり、それは人間でいうところの口から放たれる液体金属流メタルシャウターだ。

 メタルシャウターを、着こんだ厚い装甲で受け止めジリジリと距離を詰める<ヘクトール>。その右マニピュレーターにはブロードブレードが握られている。

 メタルシャウターではもはや決定打足りえないと察知したのか、<DEATH>がスラスターを吹かして超スピードで迫る。そして、鋭利な爪で<ヘクトール>を斬り裂こうとして……ブロードブレードで弾かれパリィ、そのままカウンターの一閃で真っ二つになり爆散。

 こう上手くは常にいかないだろうが、アベールはうなずく。


「悪くなさそうですね。秋人の戦い方や得手不得手にうまくハマっていると思いますよ」

「だろ? スノウはどう思うよ」

「僕も悪くはないと思う。複数を相手にしてもある程度我慢はきくだろうから」

「お前らにそう言ってもらえれば安心するよ。実物に乗れるのが楽しみになってきた。

 んで、お前らはどんなのにしたんだよ?」


 そう問われ、アベールは<ヘクトール>にほど近いオレンジ色のエグザイムを指さした。


「僕の<アリュメット>は結構シンプルですよ。フレキシボーンにしたことで運動性を重視しまして、武装もその運動性を生かしたもので取り揃えました」

「取り回しを重視したってことか?」

「そうですね。…………スノウのは?」

「運動性と機動性を高めた、アベールのと近い感じだね。名前はまだ決めてない」


 最後になんてことないように放たれた言葉に秋人とアベールは肩をすくめる。


「おいおい。せっかくの専用機なんだから名前くらい考えてやれよ」

「まあ、体面よりまず中身から、性能から、というのはスノウらしいとは思いますが。しかし、そろそろ考えてもいいと思いますよ?」

「考えてはおくよ」


 そう語るスノウは、言葉とは裏腹に微塵も考える様子のない顔だった。




 パイロットスーツから普段着に着替えて、スノウは廊下を歩いていた。スノウの普段使うロッカールームから、秋人とアベールのいるロッカールームへと向かう途中なのだ。


(今日は、あまり汗もかいてないしシャワーはいいかな)


 普段はシャワールームに集合しシャワーを浴びて、そのまま合流して遊びに行くかアベールの部屋に行くか工房に行くか、といった具合で訓練後の時間は過ぎていくのだが、今日はシャワールームに寄らず直接ロッカールームに集合することになっていた。


(そういえば、最近工房の方に顔を出していないな。さっき専用機の話も出たし、今日は工房に行こうかな。名前も考えてあげないといけないし。

 …………ああ、ここだ)


 考え事をしながら歩いていたため少し扉を通り過ぎて、Uターンしてドアの前に立つ。

 ロッカールームから音は聞こえない。防音性に優れていて、外部からの衝撃にも強い構造になっているためだ。プライバシーを守るためだが、あまりにも過敏すぎやしないか……とスノウは思う。

 こうも防音性に優れていると、外から呼びかけてもふたりは出てこない。だから、扉の脇に設置されている開閉スイッチをカチッと鋭く叩く。

 ウィーンと小気味の良い音を立てて扉がスライドしていくのを聞いて、スノウは反射的に口を開く。


「秋人ー。アベールー。着替えは―――」


 結論から言えば、そこに秋人とアベールはいなかった。そして、他の男子学生もいなかった。だが、もぬけの殻というわけでもなかった。

 緑・黒・水色・白・桃色。そしてペールオレンジ。こんな多彩な色があるこの場所は花畑だろうか。


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」


 中にいたのは、雪・ナンナ・佳那、そして名前も覚えていない同期の女子学生たち。彼女らは、各々パイロットスーツ用のアンダーシャツを手にしている。しかし、手にしているだけで着ているわけではない。これが重要なところで、彼女らが今どんな格好をしているかというと―――。


(雪ちゃんは緑色の下着か……)


 下着姿だった。操縦訓練を終えた彼女らも、スノウらと同じように着替えをしていたのだ。つまり、ここは花畑ではない。ここは女子更衣室という神聖な地。男の侵入を許さぬ禁断の森。


(男性用のロッカールームはもうひとつ隣の区画だったっけな)


 普段他のロッカールームを使っているが故のミステイクだと、涼しい顔で考え込むスノウとは対照的に、雪ら女子学生たちの目は見開かれ、顔がどんどん紅潮していく。

 その紅潮が最高潮に達しないうちに、スノウは頭を下げる。


「すみません、部屋を間違えました」


 そのまま開閉スイッチを押す。やはり小気味の良い音を出して閉まりだす扉。

 それが閉まりきらないうちにスノウは今度こそ、秋人とアベールのいるはずのロッカールームへと駆け出す。後ろの方から下着姿を見られた女子学生たちの悲鳴が聞こえた気がするが、ロッカールームの防音性は優れているので、聞こえたはずがないし幻聴だろうと断じて、スノウは振り返らなかった。


(事故だから、と言っても彼女らは納得するまい。冷静さを失うだろうから今謝るのも得策ではない。とすれば、今は潜伏して様子を見るべきだ)


 これは決して逃げているわけではない。状況を鑑みて最適な行動をとるという実に勇気ある行動だ。


(再度謝罪するのは少し時間が経ってからの方がいいかな)


 なお、ほとぼりが冷めただろうと後日謝りに行ったスノウが、女子学生たちにボコボコに殴られたことだけは追記しておきたい。

                                  (続く)

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