第25話 合コンのその後:ヒマワリまわる

 どれだけ無力を感じても朝日は昇ってくる。

 合コンがあった日の休み明けは、人口雨による小雨だった。6月ということもあってか、普段の月より雨が降る日が多く……、


「ったく、めんどくせえな……。どーしてわざわざ雨を降らすんだよ」

「確かにこうも連日だと少々煩わしいですね」

「そうかな」


 こうして不満を感じる者も決して少なくはない。だが、これも人類がかつて地球と呼ばれた天体に生きていたことを忘れないために必要なことなのだと理解しているので、ただただ我慢するしかない。でも愚痴ぐらいは許してほしいと秋人は思う。


「はああああああああクソが。なにもかもやる気が出ねえ」


 教室にやってきて机に突っ伏す。その雰囲気は雨でしっとりした空気より湿っぽい。その湿っぽさは決して天気だけのせいではないことは、誰の目にも明らかであった。

 そんな様子だったから、間もなく教室にやってきたナンナが怪訝そうに秋人に問う。


「どうした、秋人。いつもは爆竹の如き騒がしさだというのに」

「うるせえ」

「放っておいてやってください、ナンナ。休み中に少しハメを外しすぎてしまったのですよ」

「…………ふむ」


 きまりが悪そうに眼をそらして、そのまま秋人の後ろの席に座る。そして、それ以上の追及はしなかった。

 数分後、佳那と雪もやってきてナンナの隣の席にそれぞれ座る。やはり秋人の様子が気になるようで、雪がナンナと同じように質問すると、アベールも同じように返す。

 すると、雪は苦笑いしながら言う。


「あはは……。まあ合コンだしそういうこともあるよ」

「けっこー真剣に狙っていたんだけどなぁ……。あー、畜生」

「…………雪さん、ひとつ伺ってよろしいですか?」

「なんなりと」

「なぜ、秋人の不機嫌の理由が合コンだと思ったのですか?」

「…………あっ」


 秋人が不機嫌なのは本当。二次会でハメを外しすぎて女性陣にドン引きされたのも本当。しかし、秋人もアベールもひとことも合コンに行ってきたということは話していない。それなのに、なぜ合コンだとわかったのか。アベールは訝しんだ。

 それで困ったのは雪である。雪は当然スノウらが合コンに行ったことは知っている。だが、まさかのぞき見していたなんて友情にかかわるので、知らないという体で会話をしなければならなかった。

 上手い言い訳が思いつかず、目でナンナと佳那にヘルプを求めるが、ナンナはあさっての方向を見て、佳那は指で小さくバツを作っている。


(こ、この裏切り者ぉ~)


 ブルータスどもには頼れない。こうなれば洗いざらいすべて話すのが得策だろうか……。


「合コンのあと、雪ちゃんに会った時に僕が話したんだよ」


 なんて考えていると、先に口を開いたのはスノウであった。


「おや、合コンのあとスノウはホムラさんの家に行ったんじゃなかったんですか?」

「行ったよ。でも逃げてきたんだ」


 スノウは簡単に一次会後の行動を語った。それによると、スノウは確かにホムラに連れられて彼女の家に行ったらしい。しかし、家に着くやいなや家の鍵を厳重に閉められ両腕を拘束されたと言う。


「…………拘束ですか」

「そいつはやべえな」

「迂闊だったな、ヌル」

「それで、どうしたんですか?」

「手錠は取れそうになかったから、あの人がシャワー浴びている間に家の鍵を解除して逃げた。そしたら、街中で雪ちゃんと出会ったから雪ちゃんになんとかしてもらって、そのまま帰ったんだよ」


 そう言って手首を振る。まるでまだその手には手錠がかかっているかのように。

 それはそれとして、スノウの話を聞いて納得する一同。しかし、そうなるとひとつ疑問が残る。


「なぜ雪さんは夜の街に?」

「え? あはは、あたしだって年頃のオンナだよ。遊びに出たくなる夜もあるよ」


 本当のところはスノウがホムラに連れ去れたので、それを追って住宅街へ向かっただけだ。そこでスノウを見失いうろうろしていたところに、手錠をしたスノウが走ってやって来たのだから大慌てであった。

 とはいえ、スノウが意図せずフォローしてくれたので、それに頼ることにした。


「そろそろ帰ろうかなーって時に手錠していたスノウが来たから事情を説明してもらって、合コンに参加していたって話を聞いたわけ」

「そういうことでしたか」

「手錠をかけたれたのは災難でしたね、ヌルくん……」

「つっても美人だったからなー。そのまま流されちまおうとか思わなかったのか?」


 流される、というのはつまりその先までやるつもりだったのか、ということである。合コンでお持ち帰りされたスノウが逃げずにそのままホムラの家にいた場合、どういうことをしていたのか想像に難くない。浮ついた話のイメージがないスノウが秋人の質問にどう答えるのか、その場にいる全員が興味を持った。ずっとそっぽを向いていたナンナですらスノウの方を見ている。

 10の目にロックオンされたスノウは首を横に振ってから答える。


「いや、まったく」


 空気が弛緩する。なーんだ、つまんねえの。だと思いましたよ。よかった……。など反応はそれぞれだ。


「好みの女性ではなかった、ということか」

「そう。ハイスクールの時に付き合っていた娘があんな感じだったから、ああいう女性はもういいかな」

「「「「「…………えっ?」」」」」


 その後、スノウはマシンガンのような質問に襲われたのだが、講義が始まるその時まで沈黙を貫くことに成功した。

 のちにスノウはこの時のことをこう語った。「梅雨荒し泰山木もゆさゆさと」と。




 講義が終わり、昼休みになった。

 ソルと黒子はいつも通り、食堂の隅っこの方で昼食をとっていた。


「あら、ソル。貴方の食べている唐揚げおいしそうね。まあ、私が作ったのだけど」

「………………」

「どうしたの? 食欲がない? 箸が止まっているけれど」

「…………すまない、黒子。少し、放っておいてくれないか」


 ソルは食べかけの……正確にはほとんど手を付けていない弁当箱をしまって黒子に手渡す。そして、立ち上がってどこかへ去っていった。

 手渡された弁当を眺めて、ひとつため息。


「まあ、しょうがないわね。そう簡単には切り替えられないもの」

(でも、そういう風に思えるから、貴方は上に立つべきなのよ)


 あの夜から、奈々と別れてから寮に戻るまでソルは口をひとつもきかなかった。今日も今しがた発言した以外は何も。ずっと、黙り込んでいた。

 わずかとは言え、ともに過ごし心を通わせた相手を助けることができなかったと悔やみ、何かできたのではないかと悩むソルの姿は痛ましい。だが、心を痛めると同時に、そんなソルを誇らしくも思う。


「今は君ひとりか、穴沢」

「あら、カルナバルさん」


 ソルの去っていった方向を眺めていると、視界にナンナが入ってきた。今はランチプレートを手にしている。これから食事なのだろう。


「正面、座っていいだろうか」

「構わないわ」


 許可を得られたので、正面の席に座るや否や質問をするナンナ。


「スフィアと喧嘩でもしたのか?」

「そうじゃないわ。年頃の殿方はいろいろと考えることがあってよ」

「…………そんなものか」

「…………どうしたの? 少し顔を赤くして」

「…………なんでもない」


 ふと頭に身近な、少し言葉遣いが乱暴な男子の顔を思い浮かべるが、すぐに首を振ってそのイメージを追い出す。今は別の話をしたいから、というのもあるが単純に気恥ずかしいのだった。

 さて、本題にする。


「そういえば、もらったデータは確かに父に送っておいたが……。そういう解決を彼は望んでいるだろうか」

「悪人は裁かれる。ただ、それだけのことよ」

「…………確かにそうかもしれないが」

「それより、貴女今ひとりなの? いつものにぎやかなメンツは?」

「いや、いる。ただ、私が先に準備できたから、席の確保に動いただけだ。ほら、あっちだ」


 ナンナが指さす方、体をひねってそちらを見ると、確かに雪や佳那がやってくるのが見えた。

 なるほど、とひとつうなずいて席を立つ。


「なら、私はいなくなった方がいいわね」

「気にはしないと思うが」

「私が気にするの。…………データ、ありがとうね。お礼に、私が作った弁当も食べる?」

「こう見えてもスタイルの維持に苦労している。これ以上食べたら太ってしまう」

「あら、残念。じゃあ、私は行くわね」


 バッグにソルの食べかけの弁当をしまって、黒子はソルのあとを追う。弁当は残念ながら廃棄するしかないだろう。


(さて、ソルはどこへ行ったのかしらね)


 そうは言うものの、もう何年もの付き合いだ。だいたいいる場所の目星はつく。

 自分の経験と勘を頼りに、ソルを探すことにした。




 一方のソルは図書館最奥の読書スペースの一角に座って本のページを眺めていた。読んではいない。ただ、眺めているだけ。仮に、今日が晴天であったなら、きっと外のベンチで空を見上げていたのだろう。

 ページはめくらず、ただ眺めながらソルは物思いにふける。


(俺は……無力だな……)


 悔しくて苦しくて、でも涙は出ない。流す資格もないのかもしれない。だから、ただただ無力を呪った。


(今のままじゃ足りない。どうすれば、いいんだろうか)


 ひたすらその想いを反芻していると、静かなその場所に突如音が響く。それは昼休みの終わりを告げるチャイムであった。


(…………午後の講義は専用機製造の続きだったか)


 正直なところ、気分は優れないし休みたい気持ちがある。このままの気持ちで参加しても良い結果になるとは思えない。だが、いつ晴れるともわからない想いを考えると最初にサボってしまったらズルズルとそのまま休み続けてしまう可能性もある。


(それは、親不孝なことだな)


 だる気がある足を叩いて無理やり奮起させる。本をもとの位置に戻してから重い足取りで図書館を出る。

 外は相変わらずの不機嫌模様。人体は太陽光に当たることで抗うつ物質を生み出すので、雨であれば当然気持ちは落ち込みがちになる。

 今の気分が太陽に当たるだけで解決できるとは思えないが、雨よりは幾分かマシに思えた。

 決して速いとは言えない速度で歩いて、そしてそんなだからソルは曲がり角で他の歩行者とぶつかった。


「すみません!」

「いや……こちらこそ……。…………!!」


 頭を下げる相手を見て、ぐわっと瞳が開かれる。


「奈々さん……!?」

「うん? …………あっ! スフィアさん!」

「………………」

「………………」


 頭を上げてやはり目を丸くしている人物は、椎名奈々その人であった。突然の再会にふたりはしばし言葉をなくす。


「…………なぜ、ここに?」


 かろうじて言葉を絞り出したのはソル。当然の疑問をぶつける。


「貴方が、なぜ」

「えっと……。今日、いつも通りに出社したら突然辞令を出されて……。それがここの客員教授の補佐をすることだとかで……。昼休みだという話だからいろいろ見て回ろうかなぁーと思っていたら、今ですよ」

「…………なるほど」


 何もなるほどではない。なぜそんな辞令が出たのか。結局義父の呪縛からは解放されていないんじゃないか。聞くべきことはたくさんある。だが、それを聞く前に奈々は腕時計を確認して慌てる。


「あっ、偉い人に呼び出されているんです! 積もる話はまた今度しましょう! では!」


 パタパタ~と可愛らしく早足で遠のいていく背中を見て、ソルは自分の手の平を見た。


「なぜ……。それに……」

「それに答えましょうか、ソル」

「黒子」


 奈々がやってきた曲がり角から、今度は黒子。突然やって来たことにもはや驚きもしないソルに黒子から説明が入る。


「辞令に関しては偶然。というより、前々から優秀な奈々さんにそういう誘いはあったらしいけど、義父の強い命令によって断っていたそうよ。

 では、どうして今回その誘いを受けたかというと、義父との縁が切れたからよ」

「縁が切れた……?」

「ええ。この画像を見て頂戴」


 黒子はスマートフォンの画面をソルに見せる。そこには何人かの名前が載った資料が映し出されていた。


「何かの名簿のようだが……」

「エレクトロ・カルナの役員名簿よ。公式サイトとかにも載っているような資料。真ん中あたりに、奈々さんの義父の名前があるのがわかるでしょう?」

「確かにあるな」

「では、次の画像」


 スワイプして次の画像を表示すると、今度も似たような名簿が出てきた。しかし、ひとつ違いに気が付く。


「…………義父の名前が載っていない」

「そう。この画像は今朝閲覧したときのスクショで、さっきのは合コンのあった日のスクショ。

 あの男、すぐに解雇されたのよ」

「何……?」

「すぐに気づくだろうから種を明かすけど、合コンの日のソルとあの男の会話内容や暴行の様子を撮影したデータをカルナバルさんに頼んで、彼女の父……つまりエレクトロ・カルナのCEOに渡してもらったのよ。そしたらあれよあれよという間にあの男、懲戒免職よ」


 ソルを殴った奈々の義父がさんざんな目に遭っていることがよほどうれしいのか、それとも自分の思った通りに事が進んだからなのか、そう語る黒子の顔はとても生き生きしている。趣味が悪いと言わざるを得ない。


「当然よね。婦女暴行に未成年への暴行も働いたんだもの。全部秘密裏に進んだけど、あの男はあの後逮捕されて上手くいったわ」

「………………」

「だからね、ソル。安心して。貴方が救おうとした相手は救われたわ。少なくとも、悲しい場所からは」

「だが、俺の力ではない」


 救われたことはうれしい。だが、未だ無力感があるソルには救いの言葉とは言えなかった。

 それに対して、黒子は首を横に振る。ソルにとっての救いの言葉は放たれる。


「いいえ、貴方の力よ。貴方が彼女を真に救おうとしなかったら私は動かなかったし、きっとカルナバルさんも動かなかった。それに、奴がああなったのはしっかりと取り調べに対して証言をした奈々さんの働きも大きいの」

「…………なんだって?」

「あの日貴方の言った通りよ。貴方が勇気を示した。だから、彼女も変われた。これが貴方の力ではないというなら、なんだと言うの?」


 ソルは震えた。

 黒子の言ったことが耳から脳に伝わり、体中を浸透していく。

 それは歓喜。歓喜が魂を満たす。

 ソルはフッと笑って、沈みがちだった顔を上げる。


「そうだな。そうかもしれない。俺のしたことが彼女を救ったんだとしたら、こんなに嬉しいことはない。

 だが、今回は黒子の力も、カルナバルさんの力も借りてしまったな」

「いいのよ。王の為に民はあるんだもの」

「今度は俺自身の力でたくさんの人を助けたいと思うよ。

 だから、今はできることをしないとな」

「ええ、その通り。…………もう遅刻確定だけど、工房に行きましょ?」

「ああ!」


 今はまだ無力。ただの学生で、親の庇護下にあるひとりの未成年男子。

 だが、今はそうでも将来は変わるはずだ。今、できることをこなし、自分を磨くことを忘れなければ。


(彼女の勇気に、俺も応えなければ)


 彼の心に暗雲はない。外の雨とは裏腹に、彼の心は美しい快晴であった。


                                 (続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る