第18話 想いのかたち:繋がるキョウチクトウ、解らぬコスモス

 至近距離で切り結ぶ2機の<グリリナ>。

 しかし、互角の戦いではない。片方は斬撃を受け流すので精一杯だ。


「くっ……さすがに手ごわい……」

『手ごわいと言ってもらわないと、経験で勝る僕の立つ瀬がないですから。

 では、これにて』


 <グリリナ>アベール機が模擬刀を構えてレイピアのように刺突する。切っ先は胸部にコン、とぶつかってそれ以上進まない。

 実戦であれば、ソルは切っ先に貫かれてお茶の間に流せない状態になっていただろう。しかし、これは模擬戦だったので、<グリリナ>が機能停止しただけで終わった。

 こういういきさつで、スノウがたどり着く前に模擬戦の決着はついた。

 ソルは秋人機を撃墜したものの、アベールに落とされた、といった次第で模擬戦はスノウ・アベール・秋人チームの勝利という形で終わった。

 それと同時に演習終了の時間になり、学生たちはそれぞれのタイミングで『サンクトルム』内へと戻っていく。


「やっぱ実機はシミュレーターとちげーなぁー」

「さっきからずっと言ってますね」

「だって実際ちげーし……」


 演習終了後、校内のシャワールームでシャワーを浴びながら秋人とアベールは今日のことを振り返っていた。


「その割には結構動かせていたと思いますよ」

「ありがとよ。お前にそう言われりゃ自信もつく。

 つってもまだまだぎこちねえからな。最後の最後、スフィアに撃墜されちまった。インファイトは自信あったんだけどなぁ」

「まだまだ伸びる可能性があるということじゃないですか。いいことですよ」

「すまない、隣失礼する」


 そんな会話をしていると、アベールの隣のパーテーションにソルが入ってくる。他のスペースが開いているのに。


「おや、スフィア氏。別に構いませんよ」

「助かる。…………ヌルはどうしている?」

「スノウならとっくに体を洗い終わって外にいるぞ」

「そうか。黒子が無礼な物言いをしたから、謝罪しようと思ったんだが」

「気にしてねえよ、あいつは」

「…………彼のこと、よく知っているんだな」


 ポツリと、どこか寂しそうにそう言ったソル。隣にアベールがいなければ、シャワーの音に流されていたに違いない。


「そうでもないですよ。まだ出会って一か月ぐらいしか経ってないですからね」

「だが、親しくしているじゃないか」

「たまたま、成り行きですよ。だから、スフィア氏もスノウと仲良くなれるんじゃないですか?」

「…………そういう、つもりじゃないんだがな」

「でも、今の貴方の態度は接点のないクラスの男子とどうやったら仲良くなれるか悩んでいる恋する乙女のソレですよ」

「へえ、スノウのことが好きなのか」

「そういう話じゃない! というか君たちもか!」

「君たちも?」

「あ、いや、なんでもない。今のは忘れてくれ」


 黒子に指摘されたことを思い出してついつい声を荒げてしまったが、すぐに落ち着いてソルは言う。


「いや、なぜかヌルは俺のことを避けているようだから、友人の君たちならその理由を知っているんじゃないかと思ってな」

「ああ、そう言えば演習の時も何やら言い争っていましたね。

 残念ながら、僕にはわからないですね。秋人は?」

「いやー、そもそもスノウとスフィアが会話しているさまを見たことないからなぁ。俺も知らねえわ」

「だそうで。機会があったらそれとなく聞いてみますよ」

「すまないがよろしく頼む。

 それともうひとつ。今日の模擬戦についてだが……」

「アドバイスでも必要ですか? それでしたら……」




 一方、スノウはシャワールーム近くのベンチでチビチビとコーンポタージュでも飲みながら本を読んでいた。

 秋人とアベールがシャワールームから戻ってくるのを待っているのだが、当のふたりはソルを交えて素っ裸で話に花を咲かせている。結果的に待ちぼうけを食らっているのだが、スノウはスノウで読書に夢中なのでお互い様といったところか。

 ぺらり、ぺらりとスピードが速くなっていく。さて、とうとう最終章だ……となったところで、持っていた本がヒョイと取り上げられる。


「いいご身分ね、クズ虫。こっちは待ちくたびれているというのに」

「穴沢さん」

「ひとつ答えてほしいのだけれど、ソルはまだ出てこないの?」

「知らない」

「知らないって何よ。知らないことはないでしょう! 例え入るところを見ていないとしても、入ったことがわかるはずよ! 彼は王になる男、カリスマなんだから!」


 ヒステリックにそう言いながらスノウの胸倉をつかむ。


「それとも知っていながら黙秘するということ? そこまでして私と彼の仲を裂きたいの? 上等じゃない、表に出なさい!」


 ひとりで会話しているよこの人……。

 と思ったかどうかはさだかではないが、スノウは不毛なソロを止めるべく対話を試みる。


「知らない。僕は彼の友達じゃないし、興味もない」

「どうかしらね。その割にはソルのこと嫌っているじゃない。好きの反対が無関心だという言葉が真であるなら、ソルを嫌っている以上興味がないことはないでしょう」

「よく見ているんだね」

「ソルの敵は私の敵よ。ソルは宇宙のように広く寛大な心を持っているけれど、それゆえに害になる存在も受け入れかねない。でも、私は悪意を認めはしないわ。ソルが太陽のごとく悪意すらも照らすのなら、私は呑み込み砕く。当然、貴方のもね」


 より一層、胸倉をつかむ手を強め―――しかし、パッとはじかれたように手を離した。


「ソル! 遅かったじゃない」

「黒子……? ああ、すまない。少し話をしていた」


 シャワールームから秋人とアベール、そしてソルが出てきたからだ。

 黒子は先ほどまでの冷徹な表情から一転、咲いたような笑顔になってソルの腕を取る。


「そうだったの。あまりにも遅いから心配したわ」

「悪かった。…………またヌルに絡んでいたのか?」

「いえ、大したことはしてないわ。ねえ?」


 ソルの前だからか笑顔のままスノウに目を向ける。だが、張り付いた笑顔だ。笑顔かめんの下では無念に顔を歪めているに違いない。

 ここで「いや、殺されかけたよ」などと言おうものなら愉快ではないことになるのは目に見えているので首肯だけしておいた。


「…………そうか。それはすまなかったな」

「気にしてないよ」

「ほら、こう言っているじゃない。用が終わったなら早く行きましょ」

「あ、ああ。そうだな。

 オーシャン、沼木。今日話を聞いてもらって感謝する。それではな」

「ええ。また明日」

「爆発しろー」


 アベールはにこやかに、秋人は小声でそう言って視界の中で小さくなっていくふたりを見送った。

 スノウは黒子が放り投げた本を拾いながらそんなふたりに言う。


「スフィアくんと一緒にいたんだ」

「おうよ。突然やってきたもんでびっくりしたけどな」

「案外、話しやすい人でしたね」

「へえ」

「そうそう、彼が謝っていましたよ。穴沢さんが無礼なこと言ったからって」

「ステディが無礼を働いたことより、もっと謝ることはあると思うけど」


 そう言ってスノウはちょっとだけ遠い目をした。見る者によってそれは遠い昔を思い出す老人のようにも、希望溢れる未来を求める若者のようにも見える状況だったが、アベールはスノウのその態度のわけが直近の出来事だと解釈した。


「模擬戦をやらされたことですか? それでしたら、僕も申し訳ないことをしましたね」

「気にしてないよ。いい経験にはなったと思う」

「だとしたなら、誘った甲斐もありました。

 …………ところで秋人」

「お、おう! なんだよ!」


 話を振られてビクッと肩を震わせる秋人。その様子は、門限を破って家に帰ってきてため怒られないように2階の窓からそっと帰ろうとしたことがバレた子供のようだ。

 2階の窓の前に立っていた母親……もといアベールがフゥ、とため息を吐いて秋人の手元を指さす。


「よくありませんね、人が話をしている最中にスマートフォンをいじりだすのは。何か緊急の連絡でも?」

「あー、まあそんなところだな。ほれ、サークルの業務連絡だよ」

「ああ、あの飲みサーですか。好きですねぇ、君も。僕たちとの会話より大事なことですか」

「…………悪かったよ」


 降参だ、と言わんばかりに両手をパーにして頭まで挙げる秋人。

 アベールは秋人にバレないようにスノウの左手を見る。こっちもパー。


「…………まあ、いいでしょう。僕も今日無理やり模擬戦に巻き込んで不愉快な思いをさせたことですし、おあいことしましょう」

「ありがてえ……」

「それより、連絡があったということは飲み会でも行くんでしょう? 羽目を外しすぎないようにしてくださいね」

「わーってるよ。じゃあまた明日な!」


 秋人は回れ右をして駆け出していく。さすがに鍛えているだけあってすぐにその姿は見えなくなった。


「顔は悪くないんだから、もうちょっと落ち着きがあれば多少は言い寄ってくる人もいるでしょうに」

「そうかもしれないね」

「スノウは落ち着きすぎです。もっと年頃の学生らしくサークル参加はどうですか? 料理サークルでしたらいつでも歓迎しますよ。ちょうど今日も集まりがありますし、これから行きませんか?」

「遠慮しておくよ」

「そう言うと思いましたよ」


 そっけない言い方に怒ることもなく、「では、僕もこれで」と言ってアベールも去っていった。


(ふたりとも用事があったなら待っている必要もなかったね。

 さて、今日はこれからどうしようか)


 もともとふたりとどこかへ遊びに行く予定だったので、今日この後どうするか考えていなかったスノウ。


(このままこの本を読み切ってしまってもいいんだけど、せっかく時間ができたから……)




 リフトと怒号が飛び交う中、スノウは工房の格納庫にやってきて自分がさっきまで乗っていた<グリリナ>を眺める。もっと正確に言えば、眺めているのは右肩部のスラスターだ。

 じーっと眺めていると、忙しく駆け回っていた整備科の学生に話しかけられる。


「おいおい、今整備で忙しいんだからそんなところでボーっとしていると邪魔だってどやされんぞ。あと工房内はメットかぶれメット。ほれ」

「あ、失礼」

「…………それで何眺めてんだ? 操縦科から整備科へ転科したくなったか?」

「そういうわけじゃないよ。

 スラスターっていうのはさ、エグザイムの機動の根幹なわけだから、特に肩部のものは頑丈であったり、装甲で覆われていることが多いんだよね?」


 スノウの言う通り、<グリリナ>の肩部スラスターはクリスタルのような長六角形の装甲でカバーがされている。ある程度の攻撃であれば、この装甲がスラスターへのダメージを抑えるように設計されているのだ。これは、本採用されている<オカリナ>でも同様の仕様である。

 突然、そんな話題を振られたものの、整備科の学生はうなずいて言う。


「ああ、そういう傾向にあるな。コスト削減のためとか、極力重量を減らす設計であるとかしない限りは。<オカリナ>の1個前に統合軍に正式採用されていた<トライ>は軽量化のために脆かったりしたけど」

「となると、<グリリナ>の肩部スラスターにダメージを与えるのは……」

「実弾だと何発も撃たないと難しいと思うぞ。Eブラスターなら話は別だけど」

「あとは『デシアン』の機体が持つ白兵用エネルギー武器とか」

「そうそう、それらもだな。そういやどーやってんのかな、エネルギーを固定化させて近接武器にしてるの。ウワサによれば整備科の先輩たちがその研究をしているらしいんだけどな」

「へえ」

「新技術の発見でパラダイムシフトが起きないと無理だという意見もあるけど、利便性を考えれば研究していくのも悪くないとは思うんだよ、俺はさ。将来、新技術が発見されてから研究するんじゃ遅いからな」

「そうかもね」


 どんどん聞きたかった話から脱線していっていることがわかって、スノウは話を打ち切ろうと思ったのだが、懇意にしているアニメの話題になったオタクのように、整備科の彼の言葉は止まらない。


「あっ、でもビーム兵器ってんならビーム固定化技術よりEブラスターの小型化が先かな? 大型で取り回しがよくないから上手く小型化できりゃいいんだけど。威力か弾数を犠牲にすれば小型化できるから、そっちも設計してみても面白いかもな。その辺、どう思う?」

「確かに取り回しは問題だね」

「だろ!? いやー、話が分かるなぁ! いつも口をへの字にしていて口数も多くないからずっと暗くてコミュ障なのかと思っていたけど案外いい奴だなお前! これからの兵器論について語り合わねえか? 場所はそうだな、カコリカの―――あごっ!」

「ロ~ンドく~ん。ま~だ整備の途中~」


 オタクトークを全開していた整備科の学生がヘルメットの頭を押さえてうずくまる。その後ろに立っていたのは、相変わらず半目半開きの口の間抜け面なエル・グレーであった。右手にはレンチ。


「お……おう、悪かったよ」

「わか~ったら~、はや~く行く~」

「お、おう……」


 頭を押さえながら彼はのろのろと立ち上がり、エルの指さした方へと歩き出した。


「ヘル~メットごし~とはいえ~やりすぎたかな~?」

「病院には行ってもらった方がいいかもね」

「そ~だね~」


 時々あらぬ方向へと歩いている様子を見ながら呑気にそんな話をしているが、どうやら本題はそれではないようで、エルはレンチを持っていない左手をスノウへと差し出す。


「キ~ミにお願~いが~あって~。雪~にこれ~渡して~」

「これは?」

「押し~花~のしおり~。コッ~クピ~ットに落ちてた~」

「別に構わないけど」

「わた~したち~忙し~からお願~いね~」


 そう言ってズレたヘルメットを直しながらエルもそそくさと去っていく。トロいしゃべり方に反して動きはやや機敏だ。やや、というレベルでしかないが。

 スノウはエルが見えなくなるまで見送るということはせず、夕日のようなオレンジ色の押し花をしばし眺めて、それをポケットに入れた。




 緑色のセグザイムが画面上を飛び交うのを、ターゲットスコープが追いかける。その動きはとても正確で、スコープの中央が重なった瞬間、セグザイムの右スラスターが爆発する。そして、立て続けに左スラスター、右腕、右脚、左腕、左脚と小さい爆発を起こして、そのセグザイムは動きを止めた。


「ふう……」


 ヘルメットを外して雪はため息をつく。疲労からでもあるが、何より気分が落ち込んでいた。


「なーにやってんだか、あたしは」


 ヘッと自嘲気味に笑う。

 無様も無様、スノウの言葉に勝手に嫉妬して、勝手に挑んで勝手に負けた。その憂さ晴らしにとシミュレーターでAIを圧倒するも、その胸に去来するのは砂漠の如き虚無感。


「ひとりで勝手に踊り狂って、馬鹿みたいだよねぇ……。

 もういいや、帰ろ……」


 シミュレーターを停止し外に出る。瞬間、わずかに清涼感。そして、乾くのも一瞬。シャワーに赴く彼女の足取りは、まさしく砂漠に足を取られた旅人のようだった。

 その後、シャワーを時間をかけて浴びて外へ出る。春の夕方の涼しい空気が、火照った体に気持ち良い。

 そのまま寮内の自室に戻ってのんびりと手足を伸ばせたのなら多少は心も晴れるのだろうが、現実の世界は雪に対して少し厳しかった。


「…………スノウ」

「…………ああ、雪ちゃん。少し遅い帰りだね」


 学生寮『ルウラ』前。雪の花壇の前で砂漠化の原因とエンカウント。何やら花壇の前に座り込んで草花と手に持ったものを見比べているのを見つけてしまった。

 スノウも雪が近づいてきたことに気が付いて、服の砂埃をはたいて立ち上がる。


「学校や『カコリカ』を探し回ったけど、最初からここに来るのが正解だったね」

「…………何しているの?」

「だから雪ちゃんを探していたんだよ」

「そうじゃなくて。今花と手に持っているそれを見比べて……」

「ああ、そのこと。この押し花にされている花について知りたくて、ここの花壇に咲いていないか探していたんだよ」


 そう言ってスノウは雪にしおりを手渡す。すると、雪は目を丸くする。


「これ、あたしの……」

「そう。演習が終わってから工房に行ったら、整備科の……あの、いつも目を半開きにしている人」

「エルちゃん?」

「そうそう。彼女に頼まれた。雪ちゃんが乗っていた<グリリナ>のコックピットに忘れていったから返しておいてほしいって」

「…………エルちゃんが」


 そう言ってしおりをなでる。わざわざスノウに渡さないで自分で返しに来てもいいのに。あたしとスノウがギクシャクしているから気遣ってくれたのかな。

 心の中で友人に感謝しながら、スノウの顔を見て言う。


「あのさ、スノウ。…………今日はごめんね」

「何が?」

「その、ひどい態度したでしょ? 無視したり、悪口言ったり、いろいろ」

「気にしてないよ」

「…………気にしてよ」


 そっぽ向いてスノウに聞こえないように呟く。だが、すぐに正面を向いた。


「それと、ありがとう。これを届けてくれて。スカシユリっていう花なんだけど、とても綺麗でしょ?」

「とても、そう思うよ」

「でね、花言葉もこのオレンジ色みたいに情熱的なの。それはね、『私を見て』」

「…………私を見て、か」

「…………うん。

 スノウ、あたし頑張るよ。エグザイムの操縦も、人としての成長も。だから、あたしのこと見てて」

「………………」

「………………」


 とても長いようで、実際は1分にも満たない沈黙がふたりの間に訪れる。耐えきれなくなったのはやはり雪の方で、シュボッと湯気が出そうなくらい顔を赤くする。


「じゃ、じゃああたし用事あるから帰るね」

「わかった」


 一礼して寮内へと消えていく雪。途中何度か転びそうになる姿を目撃して、スノウは片眉を上げる。


(あれだけ情緒が不安定になる上に体も不調になるとは大変だなぁ、生理というのは。そういう意味では、男に生まれてよかったと言えるのかもしれない)


 お母さんのお腹の中に、女心への敏感さを置いてきてしまった存在。

 それが、スノウ・ヌルという男だった。

                                  (続く)

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