第17話 トライアル・トライアングラー(後編):スカシユリな気持ち
凄まじい速度でソルの乗る<グリリナ>が宇宙を駆ける。
「各機、打ち合わせ通りに俺に続いてくれ」
『貴方の御心のままに』『了解』
ソルの鼓膜を、二人の少女の声が揺らす。
片方は熱に浮かされ、片方は不機嫌そうだ。
声と同時に、黒子機はソル機のわずか後ろ、雪機は少し離れて後方につく。
ソルは格闘、雪は射撃が得意なので、それを生かす陣形だ。
黒子はどちらもそつなくこなすが、彼女がソルの直掩をしたいと言ってきかなかったのでソルとともに前衛になった。駄々をこねる黒子に呆れはしたものの、ひとりで前衛するのはあまり喜ばしくなかったためちょうどよいと言えばそうだった。
(さて、相手はどう来るかな)
「前衛3枚でいきましょう」
アベールがキッパリとそう言った。
太陽は東から昇って西に落ちるものだ、と言うようなあまりにも強い断定口調だったものだから、秋人は思わず頷く。
『おう! ……いや、なんで?』
『雪ちゃんが後ろ、残りが前でくるだろうから、前衛を数の利で撃破して、戦いを有利にするため』
『その通りです、スノウ』
『あー、なるほどね』
うんうんとしきりに頷く秋人。俺もそのくらいわかるようにならないとなーとか考えていると、アベールは言う。
「さて、作戦会議はここまで。後はお互いの隙をカバーしつつ戦いましょう」
『了解!』『了解』
秋人とスノウの返事が聞こえた瞬間、コックピット内にアラートが響く。
「2時の方向!」
模擬刀を構えた2機の<グリリナ>。その片割れが殺意をフルアーマー化して突撃してくる。
『そこねクズ虫ィィィイイ!!!』
スイ、スイ、とボクサーが相手のパンチを避けるようにスピーディに、しかし大げさではない動きで黒子機の猛攻をしのぐスノウ機。
銃撃は最小限の動きで、斬撃は得物で切り払って、短い間の攻防の末、スノウはふたりに通信を送る。
「彼女は僕ひとりでどうとでもできる。もうひとりはふたりに任せるよ」
『そういうことでしたら、僕と秋人でスフィア氏を撃破しましょう。秋人もそれでよろしいですね?』
『応よ』
遠ざかる2機に目もくれず、スノウは目の前の<グリリナ>に意識を向ける。そして、その後方で銃口を光らせるもう一機にも。
(警戒すべきは、目の前の殺意。それと、雪ちゃんの射撃)
無人機である『デシアン』との戦いと、今やっている模擬戦には決定的な違いがあって、それは結局のところ敵対する相手に『心』があるかないかという点である。
『デシアン』は与えられた使命をただ遂行する。そのために行動はクリティカルで正確だ。およそ、戦術のミスというのは見受けられない。
一方で人間はどうだろうか。説明するまでもなく、常に正しい行動をできるわけではないし、ミスもする。だが、僚機を戦術的観点以外の感情で思いやったり、助けたり、あるいは見捨てることができる。良し悪しはどうであれ、感情によって一時の限界を壊すことだってあり得る。同じ能力の者が争った場合、究極的には気持ちの持ちようで勝敗は決まる、というのはもはや言うまでもないことだ。
だから、スノウは相手するふたりが自分より技術で劣っていようとも油断することはしない。人の感情……特に黒子が向けている『嫉妬』という感情は時に大きなハプニングを引き起こしうるものだと考えた。
(目の前で勝手に痴話喧嘩されて、勝手に嫉妬されたこっちの身としては、当人同士で決着をつけるのが筋ってものだと思うけど)
叩きつけるような斬撃を紙一重で回避しつつ、放たれる射撃は模擬刀で切り払う。もう少し抜くのが遅かったら直撃していた。
(さて、そろそろ反撃をしよう)
フリーな状態の左腕。スノウはそれをゆっくりと右腰へ動かした。
狙ったところに射撃を当てるのは簡単だ、と豪語していたはずが今ではほとんど命中せず雪は焦っていた。
「このっ! このっ! 照準は合っているんだから当たってよ!」
雪機から放たれる攻撃はすべて回避されるか、模擬刀でいなされてしまう。
当たらないことで焦り、焦るから当たらない。悪い循環が完成していることに気が付かず雪はただ無意味な射撃を続ける。
雪の射撃などどこ吹く風と言わんばかりにスノウ機は両腕に持った二本の模擬刀で黒子機を攻め立てる。そんな状態だから、黒子機はもはや貝のように身を固め防戦一方にならざるを得ない。
しかし、雪にはそんな僚機の姿はほとんど見えていない。視界には入っているが、思考の範疇にない。考えているのは、どうすればスノウに当てられるか。もっと言えば……、どうすればスノウに認めてもらえるか。
演習前の食堂でのスノウの言葉が脳裏に浮かぶ。
『ナンナも谷井さんも動かし方が丁寧だ。実機でも丁寧に確実に動きを習得していけば、充分に乗りこなせるようになる』
実機の訓練に不安を感じていたナンナと佳那を案じてスノウが言ったことだ。その言葉にふたりはわずかに安堵した。
しかし、雪からすれば、その言葉は穏やかなものではない。
(まるであたしの操縦が良くないみたいな言い方。あたしだって、上手くなっているのに)
得体のしれない不安と不満に心がざわつく。
その言葉を聞いてからというもののスノウに話しかけられても無視してしまい、その度にザラザラと黒く胸の内がささくれ染まっていくように感じられた。
説明をしておくが、スノウは別に雪をわざわざ除外して励ましの言葉をかけたわけではない。ナンナと佳那が実機訓練に不安を感じている、という心情をくんでふたりを励ましただけだ。仮に雪も同じように不安を感じているよう振舞っていればスノウは構わず声をかけていただろう。
それでも、雪からしたら自分ひとりだけ何も言ってもらえなかったということは事実だ。そのことが黒い心を生み出していた。
まるで喧嘩を売るように模擬戦を申し込んだのは、黒い心が生み出した衝動と言わざるを得ない。
そんな衝動で放つ弾丸が、技量と経験で勝るスノウ機に当たるわけもなく。
悠々と回避運動をとったスノウ機がそのまま黒子機を横薙ぎに一閃。黒子機は一瞬ノックバックした後、動かなくなった。模擬刀から送られた信号によってコンピュータが戦闘不能ダメージを受けたと判断し機能を停止させたのだ。
停止した黒子機を二度は見ず、スノウ機は雪の方へとカメラアイを向けた。
(来るの……?)
そう雪が思った瞬間、ギュンッと勢いをつけてスノウ機が動きを変えた。メインカメラの映像の中で、スノウ機がどんどん大きくなっていくさまが見える。
「そっちから来るんだったら、お望み通り撃ち抜いてあげるよ、スノウ……!」
凄まじい速度ではあるが、直線的な動きだ。このまま真っ直ぐにやってくるのであれば、射撃が苦手な秋人ですら命中させることができるだろう。
放つ弾丸の狙いは正確にカメラアイ。必中と言えるタイミングで放たれたのだが、スノウ機はわずかに動きをズラし硬い部分でその弾丸を受ける。そして、そのまま何事もなかったかのように左腕の模擬刀を振り下ろす。
「くっ!」
抜きたくなかった。できることならしたくなかった格闘戦をやらざるを得ないことを確信して、雪機は模擬刀を取り出して斬撃を受ける。
しかし、スノウは手を緩めない。もう片方のアームに持った模擬刀で今度はスラスターを貫かんと刺突。それには何も抵抗できず攻撃を許す。
「この……! あたしだって!」
しかし、それで終わるわけではない。左腕に持ったモデルガンの銃口をスノウ機の胸部にピタリとくっつけてトリガーを引く。
光通信によってダメージ判定がスノウ機に送られるが、そう簡単に戦闘不能になったりはしない。
胸部にはコックピットがあり、その分頑丈にできているということはもはや説明するまでもないだろう。たかだが弾丸1発分のダメージでは装甲を貫くことはできない。
雪ができた抵抗と言えば、その1発くらいなものだった。トリガーを引いた直後、コックピットが揺れる。
「ひゃっ!? な、なに!?」
何が起きたのかわからず、慌てる雪。メインカメラが捉えた映像はと言えば、どんどん遠ざかっていくスノウ機の様子だけ。
そして、スノウ機は模擬刀をしまい、代わりにモデルガンを2丁取り出して構える。
(―――撃たれる!)
やけにスローに感じられる視界の中、マズルフラッシュが光って―――雪機は動きを停止した。
雪機が沈黙したのを確認して、スノウはフッとひとつ息を吐く。そして、今の一瞬の攻防を頭の中で反芻する。
(雪ちゃんがインファイトが苦手だから通用したけど、格闘戦がメインの機体相手だと通用しないだろうなぁ)
雪機に組み付いてスラスターを攻撃した直後、スノウはつばぜり合いで押し合っていた模擬刀を横に滑られて雪機の模擬刀をそらし、ボディ全体で体当たりをかましたのだ。エグザイムが人間に近い動きをする都合、武器を振るった直後はこうするしかなかった。
(組み付いた時、何か外部から行動を起こせるような機構があればいいんだけど)
そんなことを考えつつ、次の行動に移るためアベールに通信を送る。
「穴沢機、雪機ともに撃破。そちらはどんな状況?」
『だいぶ早かったですね。
さすがにふたりなので有利に進めてますが、少しスフィア氏には申し訳ないことをしていますね』
「別にいいでしょ。3on3の模擬戦を了承したのはあっちだし、作戦を決めたのもあっちなんだから」
『それもそうですね。
と、まあそんな状況なので別にサボっていてもいいですよ』
「いいや、そっちに行くよ」
『ええ。では待ってます』
通信が終わったのを確認してスノウはペダルを踏みこむ。だが、先ほどより動きに鋭さがない。
気にはなるが、戦闘が続行できないほどのダメージではない。だが、スノウは一応コンソールをいじってダメージチェックを行う。
「右スラスターにダメージ。出力が30パーセント低下か……」
スノウはそう言いつつ、宇宙に漂う雪機を横目で見る。そして、片眉を上げてアベールや秋人の方へと<グリリナ>を動かした。
(続く)
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