第6話 始まるスクールライフ:マトリカリアを胸に抱いて

 人類が宇宙へ進出して数世紀たち、地球圏はもちろんのこと、地球の公転軌道にはいくつもの宇宙ステーションが建造されている。

 公転軌道上にあるL3(地球とは太陽を挟んで真反対にある位置。ラグランジュ・ポイントのひとつ)に群生する宇宙ステーションの中で、もっとも大きいものが『サンクトルム』である。

 その『サンクトルム』へ行くための宇宙船が、L3地点の宇宙港に出発した。

 宇宙港というのは、同じラグランジュ・ポイント内へ行き来する船の管理をしたり、他のラグランジュ・ポイントからやってきた船を受け入れたり、また他のラグランジュ・ポイントへ船を送り出したりするために使う、宇宙に生きるこの時代にはなくてはならない重要拠点だ。そういった船が出入りする以上、人も物資も、そしてエグザイムも集まってくる。そのため、宇宙港は各ラグランジュ・ポイントの玄関であると同時に、巨大なマーケットでもある。

 そんな宇宙港から他に見ない巨大な船が出発することは、宇宙港で働く者たちには春の風物詩として親しまれている。

 そう、『サンクトルム』行の宇宙船は、今日行われる入学式のために厳しい試験を突破した新入生を大勢乗せているのだ。



 当然その船にはスノウも乗っていて、窓際の席で文庫本を開いていた。小学校低学年ぐらいが読む、児童向けの小説だ。港から出た時から読んでいて、物語はクライマックスに差し掛かるところ。


(さて、ブライアンはマックスに告白されたけど、ブライアンには無二の親友であるサムソンがいる。マックスとどう折り合いをつけるのだろうか)


 ページを次々とめくっていくと、突然ページがごつごつとした手でさえぎられる。

 その手を払いながらスノウはその手の主に言う。


「どうしたの、秋人」

「どうしたの、じゃねえよ! さっきから話しかけてんだろ!」


 スノウの隣に座っていた秋人は指を折りつつ怒りを吐き出す。


「どこに住んでいるかだとか、どこのハイスクール出身だとか、ご両親は何をしているのかだとか、その他いろいろ聴いているのにお前は返事もしないでよぉ!」

「泣くなよ、そのぐらいで」

「泣いてねえよ。俺と話すのそんなに嫌か!?」

「本、読んでいたんだけど」

「俺と本どっちが大事なんだよぉ!」


 スノウにすがりつく秋人。身長差も相まって、かなり情けない。

 それを払うことなく、視線を本に戻すスノウ。


「ス゛ノ゛ウ゛!!」

「秋人、スノウは読書に夢中なようですから、僕と遊びましょう。今度はカタン(無人島を複数の入植者たちが開拓していくという設定のボードゲーム)でもやりませんか?」

「こんな狭い所で二人でやるもんじゃねえよそれ」

「それもそうですね。では将棋でも」


 そう言って秋人の隣に座っているアベールは携帯情報端末を操作し将棋の画面を出す。

 携帯情報端末は人類が宇宙に進出したことでさまざまな進化を遂げたものの、基本的な使い道は地球にいたころとそう大して変わっていないため、本作品では携帯情報端末のことを総称してスマートフォンと呼称する。

 二人はスマートフォンのアプリケーションで早速将棋を指し始める。


「俺だって将棋の指し方くらいは知ってんぜ。じーちゃんに散々やらされたからな」

「ほう。それではお手並み拝見といったところですね」


 よく再現された駒を置く音が途切れることなくリズミカルに鳴る。それは小気味の良いダンス・ミュージックのよう。


「これで、詰みですね」


 アベールの言葉と共に、10分ほど流れていたダンス・ミュージックは終わりを迎える。画面には盤面の隅に追いやられた玉と、それを囲む駒の数々が映し出されている。


「僕の勝ちですね」

「だぁっ! クソッ! もう一回だ!」

「望むところです。まだ到着まで時間がありますから」


 再びパチパチと音が鳴り始める。今度は音飛びしているレコードのように、途切れ途切れの音。音が途切れるたびに、秋人が「うーん」「いや」「こっちか?」と言いながら唸る。

 そして、15分後。


「うがああああー! なんで勝てねえ!」

「雑に動かしすぎなんですよ」

「まだだ、まだ終わっちゃいねえ! もう一回だ!」

「いや、もう疲れましたし、別のことをしましょう」

「もう一回だけ! もう一回だけ! アベール、親友の頼みを聞いてくれ!」

「親友って、出会ったのはつい最近の話ではないですか」


 秋人とアベールが出会ったのは、スノウがアベールと出会ったのと同じく入学試験の後の話だ。シャワールームの脱衣所で出会い、スノウを交えて連絡先を交換し、入学式のこの日に宇宙港で待ち合わせをして再会した、といったぐらいの付き合いである。親友というには少し気が早いとアベールは考えた。だが、秋人はどうやら違う考えらしく、そのことについて熱弁する。


「いーや、違うね。お互いに敬意が払い合える相手であれば俺にとっちゃ親友ダチよ。そこに距離も時間も身分も関係ねえ。なあ、スノウ?」

「僕も秋人と出会ったのは入試の時だけど」

「だから時間は関係ねえって言ってんだろ! お前俺の話聞いてた!?」

「本読んでいたからね。聞いてなかった」

「そりゃ悪かったよ!」

「あとさ、秋人。ここにいるのは僕たちだけじゃないんだから―――」

「騒ぐのは周りの迷惑だ。静かにしてくれ」


 秋人の前の席からヒョコッと顔を出して、ダークブラウンの髪色でウルフカットの美人の女性がそう言った。凛とした表情で秋人を睨み付けている。

 意識していない方向から話しかけられて秋人は目を白黒させる。


「な、なんだよ。誰だよ」

「失礼。私はナンナ・カルナバルという者だ。おそらく君たちと同じように、『サンクトルム』へ入学することになっている」

「あ、こりゃどうも……。っていきなりなんだよ」

「友情を深めるのは結構だが、ここはパーソナルなスペースではない。周りの迷惑にならないようにすべきだ。だが、君は周りの迷惑を考えずやかましく騒いでいる。君のような粗暴な男が、なぜ誇り高き『サンクトルム』の試験を合格できたのか疑問だな」

「んだとォ!?」


 粗暴な男と罵倒され顔を真っ赤にして怒る秋人。今にもナンナに暴力を振るいかねないほどの激しい怒りだ。

 そんな秋人をどうどうとなだめながらアベールは言う。


「僕らが騒がしくしていたことは謝ります。『サンクトルム』での新生活が楽しみすぎて、少し羽目を外しすぎてしまったようです。

 しかし、貴方のその物言いも良くない。彼は筆記の成績がギリギリで、将棋も弱いですが、優秀な人間です。『サンクトルム』に入るだけの力がある。

 それに、決して悪い人間ではない。粗暴な面が彼の全てだと思わないでいただきたい」


 ハッキリと淀みなくそう言い切る。中性的で美しい顔と相まって、まるで映画のワンシーンのよう。

 秋人の隣でスノウはうんうんと頷く。


「割と気前よくジュースとかおごってくれるし、人柄はいいんじゃないの。だから、粗暴というのは違うと思う。筆記ギリギリだったけど」

「アベール……。スノウ……。…………ありがとよ。でも筆記がギリギリってのは余計だ。てか、筆記に関して言えばスノウは俺と大差なかっただろ!」

「ふむ……」


 アベールとスノウの言葉を聞いて、ナンナは考え込むように顎に手を当てる。


「二人の主張は理解した。しかし、彼と初対面の私には納得ができないな」

「てめえな……。初対面がすべてじゃねえぞ」


 アベールとスノウの援護を受けて多少落ち着いたが、それでも怒りは完全には鎮まらず、低い声音で秋人は言う。だが、ナンナは涼しい顔のままだ。


「だが、初対面の今は、第一印象こそがすべてだ。それを払拭するのは苦労するぞ」

「てめえ……!」

「座りなよ、秋人」


 怒りが再燃して立ち上がった秋人を制するスノウ。その声色は怒りに震える大男相手だと言うのにどこまでも落ち着いている。


「スノウ! お前この女の肩を持つってのか!?」

「まさか。秋人が腹を立てる理由もわかる。でも、君やアベールが騒がしくしていたことは間違いないし、それを受けて粗暴な人間だ、とする彼女の見方も間違いじゃない。だから、ここで怒り散らしてもその評価を覆すことは出来ない」

「…………そりゃそうだけどよ。でも、この女は……」

「君がカルナバルさんにどういう感情を抱いているかわからないけど、それもまた第一印象にすぎない。『初対面がすべてじゃない』んでしょ。だったら、君も相手の第一印象以外をしっかりと理解してあげなきゃ」


 特別強い口調で言ったわけではなく、ただ秋人の目を見ていつも通りに言っただけの言葉だ。しかし、その言葉には秋人も思うところがあったようで……。


「あー、うー、む……?」


 奇妙なうめき声と共に腕を組んで少し考え込む。そして、秒針が一周分ぐらい回ったころ苦虫を噛み潰したような顔で言う。


「確かにそうだよな……。あー、その、ナンナっつったか? …………悪かったよ、いろいろな。ちょっと、頭を冷やしてくる」


 頭こそ下げなかったものの、自らを非を認めてその場を去る。

 スノウがそんな彼を見送っていると、アベールが小さく拍手する。


「よくぞ言ってくれました、スノウ。僕から言っても、たぶん秋人は怒りを鎮めることはなかったでしょう。礼を言います」

「だと思ったから、僕が言ったの。僕が言う必要がなかったら、全部アベールに任せていたさ。

 さて、そういうわけだからさ、カルナバルさん……」

「あ、ああ」


 ナンナはかすかに目を見開いていた。目の前で起きたことが信じられない、といった感じだ。


「すまない……。彼がまさかああも怒るとは思わなかった。私も君には迷惑をかけてしまったかな、ヌル」

「別にいいよ、そんなの」

「もっと言い方を考えるべきだっただろうか。言葉をオブラートに包む、というのは性格上あまり好みではない。気を悪くしたなら、謝ろう。オーシャンにもだ」

「謝罪はいらないって。ねえ、アベール」

「僕も、騒がしくした手前何も言えませんよ。それよりも、秋人がいなくなった分、貴方が話相手になってくれますね、カルナバル氏?」


 二人がそう言うと、ナンナは「承知した」と頷いて、


「だが、私のこと呼ぶときはナンナでいい」


 気恥ずかしそうにそう言った。

 アベールはおや……? とその態度を少し訝しむものの、それついては言及せずに別の話題へ。


「ところで、僕たちの自己紹介はまだでしたよね? もっとも、僕たちの名前を知っている以上、あまり必要ないでしょうけど」

「ああ。すまないが、後ろから聞こえた名前で、君たちが誰だかわかった。

 私も入試の最後の試合は見ていたからな、すぐにピンときたよ」

「まあ、最後の試合ですし、良くも悪くも印象に残る試合だったでしょうしね」

「ああ。特にオーシャン、君とソル・スフィアの活躍は入試が終わった後も受験者の間ではかなり話題になっていたぞ」

「光栄ですね」


 二人の会話を聞いていて、スノウは雪のことを思い出す。


(そう言えば、雪ちゃんもこの船に乗っているだろうか。『サンクトルム』についたら少し探してみようかな)


 またね、と言われた以上、また会わないといけないな、と考えた。

 そんなスノウの考えをよそに、ナンナとアベールの話は続く。


「ところで、オーシャンと彼……秋人と言ったか? は将棋を指していたのだろう? 私も将棋は好きだ、一局どうだ?」

「いいでしょう。申し訳ないですが、秋人が相手では少々退屈していたのでね、ナンナは僕を楽しませてくださいよ?」

「フッ、いつまでその強気が保てるかな」

「二人とも、そろそろ『サンクトルム』につくよ。もう見えてきた」

「安心しろ、すぐに終わる」

「ならいいんだけど」


 スノウはそう言って窓から外を見る。目の前に『サンクトルム』がある以外は、さっきと何も変わらず、星の屑たちが黒い宇宙に広がっているだけ。

 特に見どころもないので、暇つぶしとばかりに後ろの席にいる女子二人の楽しそうな会話に耳を傾ける。


『もうそろそろ『サンクトルム』につくね。楽しみだわ』

『そうね。…………あれ?』

『どしたの?』

『ちょっとアレ見て。なんかこっち来てない?』


 スノウも再び窓を見る。確かに、星の光とは違った鈍色の光がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。


(これは船に当たるなぁ)


 そう思った次の瞬間、何かが爆発する音と共に船体が激しく揺れ始める。


『な、なんだ!?』

『デブリでも当たったんじゃねえの?』

『まさか。デブリぐらい迎撃するだろ』

『おい! あれ見ろよ!』


 警報が鳴り響き、船内が混乱に包まれる中、ある者が外を指さす。そこには、赤銅色の……。


「『デシアン』ですか」

「『デシアン』だな」

「『デシアン』だね」


 <DEATH>が猛スピードで宇宙船にやってきていた。それも、1機だけではない。


『お、おい! 3機くらいいないか!?』

『いや、こっちにもいる! こっちにも3機だ!』

『い、いやああああああ! またなの!? やめてよ!』


 合計6機が一斉に襲い掛かってきたのだ。入学試験の時に間近で見た者が発狂し始めたこともあり、船内はすぐに恐怖に支配される。


『乗船中の皆様に緊急連絡を致します。現在、当宇宙船は航行上のトラブルにより一時停止し、エグザイムによる点検をしております。シートベルトを着用しその場でお待ちください』


 船内の混乱を危惧してかすぐに艦内放送が入る。その内容通り、船からエグザイム<オカリナ>が6機出撃する。『Sanctorum』というロゴが入った特別仕様だ。

 そして、<オカリナ>が<DEATH>と交戦し始める。


「さすがに迅速だな。攻撃を受けたやいなやすぐに出撃だ」

「お、おい! なんだよこの騒ぎ!?」


 走って戻ってきた秋人が船内の状況を見て驚く。

 スノウは外を見たまま、秋人に応える。


「『デシアン』が襲ってきた。それだけだよ」

「それだけって……。またかよ」

「まただね。でも、見てごらんよ」


 言われる通り、スノウの隣に来て外を見る秋人。

 


 <オカリナ>は腿のハードポイントから高剛性ブロードブレードを取り出す。

 高剛性ブロードブレードは地球統合軍のエグザイムが標準的に装備している武装のひとつで、高い切れ味と剛性が持ち味の刀剣である。<オカリナ>が持つのは標準的な片手剣サイズのものだが、機体の用途に合わせて長剣や短刀といったサイズの違いのものも存在する。

 <オカリナ>がブロードブレードで切りかかると、<DEATH>は突進をやめ爪で攻撃を受け止める。格好的にはつばぜり合いの形になる。

 また、他の<オカリナ>はアサルトライフルを取り出して連射し、<DEATH>のメタルシャウターと銃撃戦を行っている。

 残りの4機も、似たような形で一進一退の攻防。互角の戦いをしていた。



 そんな戦いを見ていて、秋人は首をかしげる。


「なーんか、変な感じだなー」

「でしょ?」

「変な感じとはどういうことだ?」


 意味深な会話をする二人に、ナンナが疑問をぶつける。それに応えるのは、アベール。


「あの戦いからは覇気が感じられない、ということですよ」

「なに?」

「そーそー。俺とスノウは間近で『デシアン』の戦いを見ているけどよ……。なーんかその時と違ってこう、こっちまで衝撃が伝わってこないというかさ……。こう言うと失礼かもしれないけど、プロレスみてえなんだよな」

「普通に戦闘するなら1対1が複数、という形はとらない。この数ならツーマンセルかスリーマンセルでお互いの隙を潰しながら戦うよ」

「なるほど……」


 ナンナは納得したようにうなずく。


「私は君たちと違って戦闘についてはよくわからないが、ひとつ疑問を抱いていることがある」

「ほう? それはなんです?」

「味方の数だ。『サンクトルム』は政府が主体となって運営している組織だ。そして、そこの新入生である我々は貴重な存在だろう。仮にここでこの船が撃沈し我々が死亡したとなれば、政府の面目は丸つぶれだ。ならば、この船にはそうならないための戦力がもっとあるはず。それなのにこれだけしか出撃していないとなると……」

「秋人の言うとおり、この戦いはプロレス……つまり、八百長ってわけだね」


 スノウが、その場の四人が考えていたことを代弁する。



 <オカリナ>の1機がつばぜり合いで押され始める。その隙をついて、<DEATH>はつばぜり合いをしていない方の爪を光らせ死角から襲い掛かる。

 絶体絶命の瞬間、その動きが見えていたかのように<オカリナ>はもう一本のブロードブレードを抜刀、そのまま迫る爪を切断し、2本のブロードブレードを振り回し<DEATH>を真っ二つにする。その動きはまるで舞のよう。

 それを皮切りに<オカリナ>は次々と<DEATH>を撃破していき、とうとう敵を全滅させた。



『おおー!』

『よかった、助かった!』


 襲い掛かってきた『デシアン』が全滅したことにより、立ち上がって両手を挙げる者、緊張が解けて座り込む者、仲間と肩を抱き合う者、様々なかたちで安堵が表現される。

 そんな中、スノウら四人と一部の新入生は黙り込んで外を見ている。

 全員今の戦闘に対して何か違和感を覚えていて、あっさり戦闘が終わったことが釈然としていない、といった風だ。

 <DEATH>が全滅してから数分後、艦内放送が入る。


『乗船中の新入生に連絡を致します。停止していた本艦はこれより通常運行へと切り替え、『サンクトルム』へ入港致します。長旅、お疲れ様でした』

「? なんか普通の放送と感じが違うぞ?」

「秋人、静かに」

『ところで皆様、只今行われた模擬戦、いかがだったでしょうか?』


 明らかにほのぼのとした口調で放たれた言葉は、先ほどとは違う意味で艦内を震撼させた。


『も、模擬戦? なんだよそれ』

『どういうこと?』

『えっと、つまり?』

『今の戦闘は……』


 多くの新入生が真実に気が付く。

 新入生たちの言葉が届かないはずだが、放送はその反応を見越しているかのように、楽しそうな口調で続く。


『はい、みなさんのお察しの通り、『デシアン』の襲撃というのは嘘です! 敵が襲い掛かってくるのも、<オカリナ>が少数出撃したのも、そしてタイミングよくすべて撃破できたのも、すべて本学が用意したシナリオだったわけですね! お楽しみ、いただけたでしょうか?』

「あー、やっぱり?」

「でしたね」

「つまらないことをしてくれる」

「でも、なんでこんな三文芝居をやったんだ?」


 秋人が至極当然の疑問を抱く。わざわざ新入生を驚かせ、これほど大々的に芝居をやる意義とはなんなのか。シナリオ通りとはいえ危険がないわけではないし、費用もかかる。一見無駄に見える芝居について、ナンナがつまらなそうに講釈をする。


「おおかた、新しい生活に不安である新入生の緊張を和らげるためだろう。

 『デシアン』は緊張状態のメタファーで、『サンクトルム』仕様の<オカリナ>がそれを打ち砕く、すなわち『サンクトルム』での素晴らしき日々大学生活がその先に待っている、という見方もできるかもしれない」

「おー、なるほどな……」

『みなさん、新しい環境に不安や緊張があるでしょう! また、操縦科にとってエグザイムはこれから付き合っていくもうひとつの体になるわけです。上手く扱えるかどうか、心配になる気持ちもわかります。

 しかし、安心してください。今<オカリナ>を操縦していたのは全員学生で、しかも君たちよりひとつ上、2年生です。たった一年でもあれだけ操縦できるようになります』

「概ね、ナンナの言うとおりのようですね」


 ナンナの講釈が終わったのと同時に、艦内放送でもそれと似たような説明がなされていた。今の戦闘は、芝居を見せることで新入生の不安を取り除くと同時に、『サンクトルム』の講義のレベルの高さも示していく、ひとつのプロモーションというわけである。毎年行われる入学式の日での模擬戦は確かにそういう意図で行われている。

 しかし、スノウはそれだけではない、と感じていた。


『なんだー。ただのお芝居かぁ……。ん? どうしたの? 顔色悪いけど』

『え……。あ、うん、平気。長い間船に乗っててちょっとだけ疲れちゃったみたい……』


 後ろの席の二人組のそんな会話を聞いてスノウは思う。


(これは、新入生をふるいにかけているんだ。長い航行と、近くに座る見知らぬ同期と、『デシアン』の襲撃。それらによって与えられる極度のストレスに耐えられるかという、ひとつの適性検査。言うなれば、これは『サンクトルム』にふさわしい人物であるか調べる、最後の入学試験なんだ)


 地に足がつかない宇宙の感覚。一歩扱いを間違えれば死ぬエグザイムという機械。

 そして、生身で飛び出せば問答無用で命を奪う宇宙にいる、という事実。宇宙に生きる以上、そのストレスから逃げることは出来ない。

 最高学府である『サンクトルム』に通う人間は、宇宙に生きる優良種でなければならない。宇宙のストレスに耐え、それに打ち克てる者でなければ、その人間は『サンクトルム』にふさわしくないということになる。

 故に、これは最終試験。それを乗り越えたものが『サンクトルム』の生活に順応し、より高度な技術や知識を得る資格が与えられるのだ。


(きっと、このストレスに耐えられなかった人は入学前にやめていき別の道を選ぶ。そういう、選別の仕方なんだ)


 そう思って外を見れば、もう宇宙船は宇宙ステーション『サンクトルム』の中に入りつつあった。


『このゲートをくぐればそこば新生活。そこではきっと楽しい大学生活が待っているでしょう!

 みなさん、『サンクトルム』へようこそ!』


 スノウは新しく始まる大学生活の、その入り口をただ黙って見ていた。

                                  (続く)

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