第5話 今日の味方も敵も明日の友:サネカズラの日は近い

 試合開始と同時に、白チームの<オクタ>が1機、凄まじい速度で飛び出した。


『先手必勝! さっさと終わらせるぜ!』


 その<オクタ>から野太い声を出しているのは、ギャメロン・フィリップスという男子だ。スノウと同じく、ここまでの3試合をすべて勝ち抜いてきた猛者であり、また総得点数は脅威の8点! これまでの試合のほとんどの点を稼いできたわけだ。


『ボール、とったぁっ!』


 大量得点の秘訣はボールをすぐに手に入れ、ワンマンプレーで相手を蹴散らす、というもの。ギャメロンはこれまでエグザイムに乗ったことはなかったが、素晴らしい適応力で乗りこなし、操縦に不慣れな他の受験生をぶっちぎってきた。だから、今回もその方法で勝てると思ったのだ。

 しかし―――、


『甘いわ』


 力押しでどうにかなる相手は、もはやここにはいない。

 受験番号004番の穴沢黒子の<オクタ>がその進撃を止める。的確にボールを弾いて仲間の元へパス。


『ソル、決めちゃって』

『了解』


 受験番号003番のソル・スフィアがゴールを決める。この間、30秒も経っていない。


「…………上手いなぁ」


 当然、スノウともう一人、154番の北山雪はその間黙って見ていたわけではない。ギャメロンのミスを取り返すべく懸命に射撃をしていたのだが、黒子とソルが上手いことかわし、また045番でライセンサーのアベール・オーシャンが射線に入って妨害してきたのだ。今回のルールでは、相手に射撃を当ててしまえば減点になるので、これ以上ない妨害だった。


『あちゃー、やられちゃったね……』

『うるせえ! 今度こそ……今度こそ!』


 ゴールを決められてしまった白チームがボールをキープした状態でリスタート。またもギャメロンは一人で突っ走ってしまう。


『あっ、ちょっと……!』

「しょうがない。なんとかフォローしてみよう」

『そうするしかないか……』


 スノウ機と雪機がギャメロン機に少し遅れて後を追いかける。

 ギャメロン機に追いつく間に、雪がパーソナルチャンネルで言う。


『あ、そう言えば1試合目も同じチームだったよね』

「そうだったね。とても射撃が上手かったから覚えているよ」

『それほどでもないよ~』


 スノウが秋人に話していた敵の持つボールを的確に撃ちぬいたという人物こそ、この北山雪という女子であった。


『でも、褒められて悪い気はしないかな。ありがとね』

「いえいえ」

『じゃ、最後までヨロシク、スノウ君!』


 そう言って雪機は加速。ギャメロン機に並ぶ。


『へいへーい、パスパス!』

『うるせえ、オレがやるんだ!』

『ちょ、ちょっと!』

『おらああああああ!!』


 最大出力で加速するギャメロン機。雪機も置いて行かれないようにさらに加速する。

 その様子を後ろから見ていたスノウは自分がフォローしなければとペダルを踏み込むが、


『行かせませんよ』


 アベール機が前に立ちはだかる。

 スノウ機はゆっくりと速度を落として、アベール機と向き合った。


「ライセンサー自らやってきてくれるなんて僕も買われたもんだね」

『あの三人の中では、一番手馴れているようですからね』

「君ほどじゃないよ」


 アベールと会話しつつ、スノウは味方機のもとへ行くためにはどうすればいいか考える。普通であれば、持っているアサルトライフルで撃ち殺してさっさと行けばいいが、この試合はルール上相手を撃ってはいけないことになっている。かといって無理矢理進もうとすれば、ファウルになってしまう。とすれば、実力で抜き去るしかない。


(でも、無理だろうね。彼はライセンサー、実力が違う)


 そう結論づけて、スノウは取るべき行動を決めた。


(僕はこの人を釘づけにして、あとは二人に任せよう)


 自分がアベール機を抑えておけば、数の上では2vs2になるから勝ちの目はあるはずだ、とスノウは考えた。

 しかし、その目論見は3秒とたたず崩壊する。


『ごめーん! ボール取られちゃった!』

「あ、そう」


 普通に2vs2で負けたことを知らされて、スノウはそれまで考えていたことを全部ぶち壊した。頭を切り替えて、相手が持ったボールを追うことにする。

 ボールをキープしているのはソル機。本人の操縦も上手いが、何より黒子機との連携が上手い。それはすでにわかっているため、スノウは通信を味方に送る。


「僕がボール持っている人追うから、北山さんは随伴機を抑えて。で、えーっと、フィリップスくんはライセンサーの機体を……」

『オレに命令するんじゃねえ! オレがボールを追う!』

『また!?』


 またまたギャメロン機はイノシシのようにボールへ突進していく。

 その光景を見たアベールが言う。


『大変そうですね』

「そのようだね」


 ギャメロン機は凄まじい速度でソル機に追いつくものの、技量の差で中々ボールを奪えない。スノウも加勢しようとするものの、やはりアベール機が邪魔で上手くいかない。


(これは厳しいなぁ)

『もう、こうなったら……!』


 スノウが不利な状況をどう打開するか考えていると、雪機がライフルを構える。

 しかし、雪機からボールまでは遠い。アサルトライフルの有効射程の2倍以上離れている。そもそも当たらないし、当たったとして有効とは考えられない。

 それでも、雪機は撃った。撃たないと状況は打開できないと考えた。

 弾丸は空気を切り裂いて真っ直ぐに飛んでいく。アベール機を追い越し、ボールへ駆けるスノウ機を追い越し、黒子機を追い越し、そしてソル機の足元を通り抜ける。驚異的な精度で放たれた弾丸が遂にボールの芯を突く。


『いよしっ!』

「当たった」

『むっ!?』

『ソルっ!』


 間近でボールの軌道が変えられたのを見て、ソルが思わず声をあげる。そして、急に軌道が変わったボールに対応することができない。

 いや、正しくは対応できないし、する必要がないとするべきか。

 雪機が放った弾丸は確かにソル機が運んでいたボールの軌道を変えた。しかし、角度が悪かった。弾丸によって歪められた軌道を進むボールは見事に白チームのゴールへと吸い込まれていったのである。


『あれっ……?』

『ああ……』

『………………』

『お、おい』

『おや』

「…………そりゃそうなるか」


 すなわち、雪機の弾丸によってオウンゴールになってしまったのだ。

 場が完全に冷え切って、先ほどのボルテージが嘘のよう。


『ご、ごめん……。もっと近づいて撃てばよかったかな?』

「あの距離当てられる方がすごいから」


 スノウは驚異的な射撃制度に感心しつつ、粛々とリスタートの準備をするのであった。




『1-3で赤チームの勝利。両者ともに礼!』

「『『『『ありがとうございました』』』』」

『これで試験は終了だ。合否は後日メールにて連絡する。シミュレーターから出て着替えたら各自解散だ。忘れ物はないように』


 その言葉と共にシミュレーターがシャットダウンされていく。本当にこれで試験が終わったのだ。


「ふう」


 スノウはとりあえずヘルメットを外して頭を軽く振る。

 結局、1点は取り返したものの、試合には負けてしまった。とはいえ最終結果は3勝1敗。じゅうぶんによい成績であるし、特にミスはしていないので、合格ラインは超えただろうと思って、スノウは今の敗北をあまり気にしなかった。

 今の今まで握っていたグリップを元に戻していると、コンコンとシミュレーターの入口を叩く音がする。


「はい?」

「俺だよ、スノウ。試験終わったから俺達でもシャワーが借りられるってよ」

「シャワーか」


 やはりというか、話しかけてきたのは秋人であった。

 エグザイムは自動車と違い、体をダイナミックに動かすことが多い。そのため、当然体は汗をかく。パイロットスーツは速乾性が高く不快度は通常の服より低いものの、人の心理としては運動後には汗を流したいものである。

 そこで、『サンクトルム』は試験後の受験生のためだけにシャワールームを開放したというわけだ。


「人数多いからシャワールームが埋まっちまう。早く行こうぜ」

「僕は別に急がないから、行ってきちゃっていいよ」

「そうか? じゃあお言葉に甘えて先行ってくる」


 そう言って秋人は走り出してシャワールーム争奪戦へ向かった。

 それを見送って、スノウは今試験終えたばかりなのに元気だな、と思った。

 出入口が混雑することを見越してシミュレーター内で少しまったりしてからスノウはシミュレーターから出る。そのころにはもうほとんどシミュレータールームに人は残っていなかった。ヘルメットを担いで出入口へと歩いていると、


「スノウ君!」

「ん?」


 後ろから名前を呼ばれる。特に無視する必要もないので振り返って声の主を確認する。

 セミショートの美しい髪。くりくりとして可愛らしい目。綺麗な鼻筋。美人というよりは可愛い系の顔立ち。女性的な肉感にあふれる手足。大きすぎず小さすぎないぐらいのバスト。身長は160cmないぐらい。

 びっくりするぐらい魅力的な女性がそこにはいた。

 スノウの知り合いに彼女ほど魅力的な人はいないのだが、この場で話しかけてくる女性といえばひとりだけ思い当たる節がある。

 もしかしてと思ってスノウはその名前を言う。


「北山さん?」

「ピンポーン。そうです、あたしが北山雪です」


 正解してもらえて嬉しいのか笑顔でスノウに近づく。歩くたび、垂れたイヌ耳のような髪が揺れる。


「よくぞ正解しました。景品はなにもないけどね」

「そっちこそ、よく僕がわかったね」

「300番のシミュレーターから出てきたところを見たから。

 さて、改めまして……。顔見せは初めてだね。通信の時はヘルメットしてたし」


 手を差し出してくる雪。スノウはその手を握る。


「これからよろしく、スノウ君!」

「よろしく、ならないかもよ? 入学できるかはわからないし」

「へーきへーき。スノウ君なら受かってるって!」

「そりゃどうも」


 秋人に対して言ったことと同じことを言うと、雪は自信満々に返す。自分は合格しているという確固たる自信がある様子だ。


(初乗りであろうと、経験者であろうと、あれだけエグザイムを動かせれば実技は受かるだろうから、そこから来る自信かな……)


 そして、自信満々なのは筆記も良い手ごたえだったからだろう。そう思ってスノウはそれ以上考えることをやめた。それより、ちょっと気になることがある。


「みんな急いでシャワールームへ行ったみたいだけど、北山さんは行かなくていいの?」

「ん? どうしてそんなこと聞くのかな?」

「いや、女性は早くシャワー浴びたいかなと思って」

「んっふっふー。気遣ってくれてるの? 優しいねえ」


 そう言ってにこにこと笑う雪。その笑顔はとても魅力的だ。


「でも、いいの。シャワーはゆっくり入りたいからね、人が少なくなってからにする。

 あ、それともあたし、汗臭いのかな?」

「別に」

「なら急がなくてもいいね。スノウ君だって似たような理由でしょ?」

「まあね」


 秋人には悪いと思ったが、スノウも一人でシャワーをゆっくりと浴びたいと考えている。そのため、ゆっくりと人がいなくなるのを待つつもりだった。

 そんなスノウの考えに同調して雪は言う。


「うん、案外あたしたちって似ているのかもね。名前も似ているし」

「似ている?」

「そうだよ? あたしの名前の『yuki』って、空から降ってくるsnowのことだし」


 唐突だが、この世界の言語について解説を入れたい。

 ヒトが宇宙に出てから地球統合政府ができたのだが、その時に言語をどうするかで多少もめた。何しろ全ての地域の人間が一つの政府の元で暮らすことになったので、言語の統一をしなければ文字通りお話にならない。

 そこで政府が考えたのが『地球統一言語』、通称UE語である。仰々しい名前だが、文法は基本的に英語であるし、使う文字もアルファベットだ。

 唯一英語と違う点と言えば、質字と呼ばれる表意文字の存在だ。漢字と同じで、一つの文字で意味を持つ字のことで、長々とアルファベットを書かなくても済むように開発されたものである。

 登場人物たちが喋っているのは基本的に英語であり、字を書くときだけは質字と呼ばれる表意文字を入れて書いている、と思っていただければそれで問題はない。

 少しややこしいが、雪の言い方が21世紀の日本語と考えれば意味不明だったのはそういうわけで、劇中では特に問題ない言い方なことを留意していただきたい。


「だから、君もあたしもどっちも『ゆき』ってわけ」

「へえ……。日本語で雪は『ゆき』って言うんだ。言葉の響きがとても綺麗だ」

「でしょ? だから、名前で呼んでほしいんだ」


 そう上目遣いで頼まれて、スノウからは特に断る理由もないので、素直に言う。


「わかったよ、雪ちゃん」

「よろしい。

 じゃあ、ちょっと行きたいところあるからあたしはもう行くね」

「うん」


 そう言って雪は歩き始めたものの、スノウから数メートル離れたあたりで止まって振り向く。スノウがどうしたのかと思っていると、にこにこと笑って手を振りながら言う。


「スノウ君、またね!」


 そう言って、今度こそ止まることなくシミュレータールームから急いで出て行った。

 その後ろ姿を見て、スノウは思った。


(あんなに急いで、トイレに行きたいのかな)


 首をかしげつつ、スノウはシャワールームへ向けて歩き始めた。




 更衣室に寄ってからシャワールームの脱衣所へ行くと、もうほとんど利用者はいなかった。このぐらい空いていれば、心置きなくシャワーを使うことができるだろう。

 端の方で服を脱いでシャワールームへ入る。シャワールームは、パーテーションで区切られていて、周囲からシャワーを浴びている様子を見られることがない。

 壁についているスイッチを押してシャワーを出す。スノウは冷たいくらいの温度が好みで、一番低い温度でシャワーを浴びる。

 しばらく無言で浴びていると、パーテーションの奥から声が聞こえてくる。


「失礼。そちらに石鹸が滑っていってしまったので取っていただけないでしょうか」


 その言葉通り、スノウの足元には隣から滑ってきたと思しき石鹸がある。

 スノウはその石鹸を蹴って声の主に返した。


「ありがとうございます。手を伸ばして拾ってもよかったのですが、今少し髪を洗っていまして」

「別にかまわないけど」

「おや、その声……。もしかして、スノウ・ヌル君ですか?」

「そうだけど」

「やはり。先ほどは対戦ありがとうございました。僕はアベール・オーシャンと申します」

「ああ、ライセンサーの」


 スノウの淡泊な返事にアベールは苦笑しながら言う。


「はい、そのアベールです。以後、お見知りおきを」

「二度と会わないかもしれないけど」

「それはありえません。『サンクトルム』からしたら操縦経験のある者は一人でも欲しい。僕のようなライセンサーや、君のような経験者を入学させないなんて宇宙に酸素を捨てるがごとし愚行をするとは思えません。それならば、僕と君はまたここ『サンクトルム』で出会うことになるはずです」

「案外、現実的なものの見方だね」

「君もでしょう? 試合を見ていれば、とても現実的な人だとわかりますよ」

「僕はその場で必要なことをやるだけだよ」

「それを試験の場で考えられる人こそ、必要な人材ですよ」

「そうかな」


 スノウはその言葉を適当に聞き流しながら、シャワーを止める。


「出ますか?」

「もう汗は流した」

「そのようですね。ではスノウ、また入学式で会いましょう」

「会えれば、ね」


 アベールに背を向けて、スノウはシャワールームを出た。

 服を着て髪を適当に乾かして脱衣所を出ると、そこには缶ジュースを二本持った秋人がいた。


「お、やっと出てきたか。適当に飲み物買ってきたけど飲むか?」

「いや、いいよ。これから出てくる人にあげて」

「?? どういうことだ?」

「彼ともまた、友達になれそうだねってことだよ」


 頭にハテナを浮かべている秋人に向かって、スノウは微笑んだ。




 数日後、スノウの自宅にこのような内容のメールが届いた。

『入学試験について

 多目的外骨格学部 操縦学科

 受験番号300番 スノウ・ヌル

 あなたは選考の結果、多目的外骨格学部 操縦学科に合格と決定しました。

 添付しました資料を確認の上、入学書類を既定の日付までに提出するようお願いいたします。

 地球統合軍運営サンクトルム総合大学 学長 ゲポラ・ロフト』


 それは、新生活の始まりを告げるとともに、大きな何かが動き始めたことを示していた。運命や、宿命と言うべき何かが―――

                                  (続く)

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