第4話 集まる6人:目指すはイチイ

 モニターに残り時間が1分と表示されてからは秋人はとても焦った。こちらが獲得した点は2点、そして相手チームの得点も2点。つまり、ここからゴールを決めた方がこの試合の勝利者となる。そして、今は秋人が一番ボールに近い位置にいる。

 秋人が焦っているのは、勝利を目前としながらも残り時間がほとんど残されていないからであった。

 秋人の参加試合はこれで3回目。一試合目は受験生の多くが操縦に不慣れな中で運よく勝利し、2試合目は自分の射撃センスのなさゆえに敗北した。3試合目となると、もう多くの受験生が馴れてきてセンスのあるものとないものが分かれてくる。

 そんな中で、秋人は自分がセンスのないグループにいるとなんとなく思っている。何しろシュート代わりのライフル射撃がぜんぜん当たらないのだ。本来のサッカーに例えると、キックしているのに足がボールに当たらない状態だ。

 自分がセンスのないグループだとわかっているから、次の試合勝てるかどうかわからない。勝てる試合はどうしても勝っておきたい。これに勝てば次負けたとしても2勝2敗でそこそこ見れる成績になるだろう、という考えである。勝利数だけで合否が決まるわけではないが、勝てるに越したことはない。

 そう思って、秋人は丸い頭部と、黄色と黒の縞柄が特徴的なウェグザイムの<オクタ>をボールへ向かって走らせる。

 <オクタ>は多くの現場で好んで使われているウェグザイムで、8種類の換装ユニットによってさまざまな現場に対応できるという強みがある。また、出力や動きにクセがなく、初心者が扱いやすいという特徴もあり、受験生のほとんどが初心者なこの実技試験には最適なエグザイムであった。


「当たれよ!」


 丸っこい体を揺らして<オクタ>秋人機はアサルトライフルの射程内にボールを捉え、パンパンパンと3回発砲。しかし、全部絶妙に外れる。


「当たれよ……」


 秋人はヘコんだ様子で弾倉を取り換える。その間に秋人と同じ白チームに所属する二人と今対戦している赤チーム三人が追いかけてくる。


『543番! とりあえず撃て! 下手な鉄砲数撃ちゃなんたらだ!』

「事実でも下手って言うんじゃねえ!」


 オープンチャンネルで味方から言われたことにちょっぴり泣きそうになりながらひたすらライフル連射。味方も敵も秋人に続くようにひたすら撃つ。

 入り乱れた銃弾によって何度も跳ね回り、最終的には真上に弾かれたボール。何十メートルも上空へと飛んで、そのまま落ちてくる。


『真上!』

『でも射程が足りねえ!』

『落ちてきたところを一斉射よ!』


 赤チームの<オクタ>3機が弾倉を取り換える。一斉射して一気にゴールまで持っていってやろうという考えなのだ。


『ど、どうするよ』

『俺たちもいちかばちか……』

「いや、ダメだ」


 秋人は弱気になっている味方に言う。


「こっちが一斉射しても勝てない。なにしろ、俺が当てられない」

『そ、そうだけどよ』

『どうすんだよ。ボールは遥か上空で射程が足りない、かといって落ちてきたところを撃っても勝てない。どうしろって……』

「射程が足りなくて当たらねえなら当たるところに行けばいいだろ!」


 秋人はそう吠えて、右スティックを目いっぱい上に押し倒し、ペダルを思い切り踏み込む。すると、<オクタ>秋人機はスラスターを吹かして高く跳躍する。本来重力圏にいるエグザイムはジャンプすることができないが、スラスターの最大パワーを下向きに放出することで、無理矢理全身を空中に持ち上げたのだ。


『と、とんだ!?』


 肩部スラスターを最大出力にしてジャンプした<オクタ>秋人機はアサルトライフルの銃口をボールに密着させる。


「この距離なら俺でも当たるだろうが!」


 そして、あとは引き金をとにかく引いた。弾丸がボールに次々と当たり、ぐんぐんと赤チームのゴールへ飛んでいく。


『嘘! あんなことができるの!?』

『んなの今はどうでもいい! 撃ち落とせ!』


 赤チームはなんとかしてゴールされるのを防ごうとするが、焦った状態で撃った弾は当然当たらず、そのまま吸い込まれるようにボールはネットに包まれた。秋人がゴールを決めたのだ。

 その瞬間、ホイッスルが鳴る。


『これで3-2! 白チームの勝利!』

「よっしゃ! 勝ったぜ!」


 秋人はガッツポーズ。自分の力で勝利をもぎ取ったのだ。嬉しくないわけがない。

 しかし、教員からは無慈悲な言葉が飛んでくる。


『543番、喜んでもらっているところ悪いが、機体制御はしっかりやらないといけないぞ』

「は? 何が……」


 そこで秋人は気が付く。自分がまだ空中にいること、そしてペダルから足を離してしまっていることを。


「あっ、やべっ!」


 機動力を失った<オクタ>はそのまま万有引力を証明するように落下する。そして、とうとう墜落した。


「おわっ!」


 シミュレーターなので実際に落ちたわけではないが、忠実に落下時のショックが再現されシミュレーターが揺れる。秋人はそれに振り回された。


『543番、こういうこともあるから最後まで気を抜かないように。怪我がないか確認し、あった場合は速やかに報告すること。

 では、次のチームは……』



「さて、と。スノウはどうなっているかな……」


 一通り落ち着いた秋人はコンソールを適当に弄ってスノウの参加している試合を探す。

 『サンクトルム』の入学試験は午前に筆記、午後に実技を行い、一日で終わる。そんなハードスケジュールの中で数百人ぶんの試合を一つずつ見ていくわけにはいかない。そのため、試合は並行して10試合ずつ行われている。この方式であれば、試合時間10分の間に3vs3(6人)*10=60人ぶんの試験を見ることができるというわけだ。一時間で360人ぶん、しかも試合によっては3分も経たずに終わることもあるから、実際はもっと早く多くの人数の試験ができる。

 そして、試合に参加していない受験生たちが待機している間やることがなくならないように、その時点で行われている試合を観戦することができるのだ。


「お、これだ」


 コンソールのタッチパネルでスノウの出ている試合を選択すると、モニターにその試合が映し出される。

 試合時間は残り7分、2-0でスノウの所属する白チームが有利だった。


「圧倒的じゃないか」


 <オクタ>スノウ機は、赤チームがシュートしたボールを空中で撃ち落し、そのままボールを運んでいく。そのアクションにぎこちなさは一切なく、洗練されたプログラムのように正確な動きだ。


『野郎! これ以上やらせるか!』


 赤チームの<オクタ>がスノウ機の進行を遮るようにボールに向けて発砲。当たりはしないものの、スノウの進撃を遅らせるにはじゅうぶんであった。


『今だ、ボールを奪うぞ!』


 赤チーム3機の<オクタ>がボールに向かって殺到する。ボールを必ず奪わんという凄まじい気迫を、モニターごしにその光景を見ている秋人は感じた。


(まだ時間はある。ここで点数を一つでももぎ取れれば、その勢いで勝負がひっくり返ることもありえるかもな。画面越しでも闘志が伝わってくる。

 これで取られたらまずいぞ、スノウ)


 迫ってくる赤チームの<オクタ>に対し、スノウ機は立ち止まっている。このままではボールを奪われてしまうことが誰の目にも明らかであった。

 だから、スノウは落ち着き払った態度で、


『僕だけじゃ無理だから、あとは頼んだ』


 3回発砲した。

 1発目はボールの下に当たり、ボールを宙に浮かせる。

 2発目はすくい上げるような軌道で、浮いたボールをさらに高く打ち上げる。

 3発目はボールの中央を正確にとらえ、遠くへ弾き飛ばす。


「うへぇっ!?」


 一連の動作の一瞬でスノウ機の足元にあったボールが赤チームゴール付近へと飛ばされたので、秋人はたいそう驚いた。

 そして、驚いたのはスノウ以外の試合中のメンバーも同じだった。


『ぼ、ボールが消えた!?』

『んなわけねえだろ、ちゃんと探せよ!』

『な、何今の……』


 赤チームからしたら、目の前にあったボールが突然どこかへ消えてしまったという状況である。コックピット内では、ボールを探して首を左右に動かしているだろう。


『すっごい……』

『223番、そのまま決めて』

『は、はい』


 飛んで行ったボールの目と鼻の先にいた白チーム223番は、丁寧に射撃してボールを動かし、そのままゴールへ入れた。




「ふう」


 スノウは3試合目を終えてコックピットの中でヘルメットを取って一休み。順番の都合上、まだ3試合目を行っていない受験生もいるので、しばらくは休める。


(なんとか3試合全部勝つことができた。それに、個人的なミスはしていないはずだ。これならたぶん実技は合格点を取れるだろう。もちろん気を抜くつもりはないけど)


 ドリンクを飲みつつそんなことを考えていると、コンソールがビビッという音を立てる。通信が入っているということを知らせる音だ。

 サブモニターを見ると画面には『Simulator:543』という文字が表示されている。

 エグザイムの通信は、無差別に音声を送りつけるオープンチャンネル、何人かと同時に通信するグループチャンネル、一対一で通信するパーソナルチャンネルの三つが存在する。

 今スノウ機に入っている通信はパーソナルチャンネルで、543番から入ったものだと表示されているから、秋人機から入っている通信であることがわかる。

 スノウコンソールを操作して、通信をオンにする。


「どうしたの秋人」

『よう、スノウ。調子はどうだ?』

「悪くないかな」


 謙遜ではなく、心からそう思ってスノウは言う。


「慣れない操作に戸惑っているけどね……」

『よく言うぜ、あんなプレイしておいて……。お前普通に操縦上手いじゃねーか!』

「まあ、一応僕はエグザイム操縦経験者だし」

『なっ!? お前もライセンサーかよ!』


 齢18歳でライセンスを持つ者はそう多くはない。500人以上いる今回の受験生の中でも、ライセンサーは1割もいない。スノウがその1割未満の一人であることに、秋人は驚きを隠せない。

 しかし、スノウは首を横に振る。


「いや、ライセンスは持ってない。あくまで経験があるってだけ」

『…………それは違法じゃないのか?』

「別に乗り回していたわけじゃないよ。ちゃんとライセンスを持っている人の監督のもと動かしたんだ」

『あ、そういうこと』


 エグザイムは基本的にライセンスを持たず操作することは違法であるが、自動車と同じで私有地であれば問題なく、またライセンサーの監督のもとであれば限定的ながら操作しても良いことになっている。

 しかし、限定的と言っても操縦したことがあるのとないのとでは経験の差が出ることは間違いないので、秋人は納得した。


『どーりであれだけ上手く射撃も移動もできるもんだ』

「秋人だって、初めてにしては上手すぎる方だと思うけどね」

『そうなのか? 全然当たらないのに?』

「射撃はあまり上手くないけど、動かすのは上手いと思う。普通最初は振り回されるのに」

『あー、その、ありがとよ。お前にそう言ってもらえれば自信になる』

「僕の言葉なんて信憑性ないよ。現に、僕よりもっと上手い人、数人いるからね」

『…………マジかよ』


 スノウのその言葉に秋人は戦慄する。スノウですら、秋人からしたら別次元の動きをしていたように思える。それより上手い人間など想像もできない。

 そんな秋人を気遣ってかスノウは優しい口調で言う。


「と言っても、別に彼らと戦っても死ぬわけじゃない。負けたからとすぐに不合格になるわけじゃない。秋人の成績次第だけど、そもそも敵にならないかもしれない。不確定のものに悩んでもしょうがないよ。自分のできることをできるだけやればいいんだよ」

『そりゃそうか。残り1試合、全力でやるだけか』

「そうそう。もしかしたらその強い人たちが味方になってくれるかもしれないし。僕が1試合目で味方になった人はすごかったよ。敵の持つボールを的確に撃ちぬいて一切ハーフラインを越させなかった」

『なんだそいつ……』

「声は女性だったな。可愛らしい声だったよ」

『ほう。それは一度お会いしたいものだ』


 そんな他愛無い会話をしているとあっという間に時間は過ぎていく。

 試合は次々進み、秋人の4試合目も勝利で終わった。

 そして、試験全体を通して最後の試合のアナウンスがされる。


『これより最後の試合を始める。受験番号003、004、045、154、228、300は準備するように』

『最後の試合だな、スノウ。頑張れよ!』

「できることはするよ」


 最後の試合のメンバーに選ばれたスノウ。スノウがこれまで3勝していることから、残り5人も同等の勝利数を重ねてきた猛者であることがうかがえる。


『003番、ソル・スフィア』

『004番、穴沢黒子、いつでもいけます』

『045番、アベール・オーシャン。準備できました』

『154番、北山雪ですっ』

『228番、ギャメロン・フィリップス!』


 5人の猛者が次々と名乗りをあげる。中には、質疑応答でライセンスを持っていると言った受験生もいる。最後の試合にふさわしいメンツだ。

 しかし、スノウは特に緊張することなくむしろリラックスしてグリップを握る。


「300番。スノウ・ヌル」

『よし、全員準備はできたな。003番・004番・045番が赤チーム、154番・228番・300番が白チームで整列、試合を始める!』


 そして、最後の試合、始まるキックオフ

                                 (続く)

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