第3話 エグザイム試乗:試験内容はヒヤシンス
『デシアン』襲来により、予定されていた時刻より15分ほど遅く午後の過程は始まった。
操縦科の受験生たちは指示に従い、更衣室でパイロットスーツに着替えてからシミュレータールームに集まっていた。
シミュレータールームは500人以上いる受験生を容易く収めることができるほど広く、また一人につき一つ割り当てられるほどの数のシミュレーターが用意されている。
「金かけてんなー」
「政府直属の学校だから、どれも最新型のシミュレーターだね」
パイロットスーツに着替えた秋人とスノウが感想を言う。
その二人以外の受験生も、広いだのうまくできるか心配だのシミュレーターに入るのは初めてだのパイロットスーツのサイズが合わないだの口々に感想をもらす。
「静粛に」
その喧騒は男性の教員の一言で静まり返る。誰だって悪目立ちして教員の心証を悪くしたくはないのだ。
静かになったことを確認し、教員は言う。
「全員がシミュレーターについてから試験の概要を説明する。速やかに受験番号と同じ番号のシミュレーターに入るように」
「スノウ、お前何番だよ」
「300番だね」
「キリ番かよ。俺は543だから別のエリアだな」
301~600と書かれたプレートを見て秋人は言った。普段はシミュレータールーム入口で使用許可を得て、割り当てられたシミュレーターの番号に移動するためのプレートだが今はそのまま受験番号と同じ番号のシミュレーターを使うことになっている。
「僕はこっちだ」
「頑張ろうぜ、スノウ」
「筆記から頑張ってるよ。僕はね」
「この野郎……!」
二人はそれぞれのシミュレーターの中に入る。
「へえ、こーなってんのか……」
エグザイムのコックピットを忠実に再現したシミュレーターは、初めてシミュレーターを扱う秋人にとっては感動すら覚えるものだ。
エグザイムのコックピットは主に二つの要素から構成されている。
一つはモニターである。メインカメラから読み取った映像をコックピットのドーム状になっているモニターに投影する、という仕組みで真下以外の全ての範囲を見渡すことができるようになっている。既存のシステムで例えれば、プラネタリウムを想像してもらえばわかりやすい。
もう一つはコンソール。エグザイムを操縦するためにはなくてはならない部分である。具体的には、サブカメラの情報や僚機からもたらされたデータのやり取りやその他のデータを管理するためのタッチパネル式のサブモニター、エグザイムのアームを動かすためのグリップ、エグザイムの移動を制御するいくつかのペダル、そしてそれらを効果的に動かす最適な姿勢を促してくれる座席から構成されている。
「何をどう使うのか、見ただけじゃわかんねえな……。これでどうやって動くんだ?」
疑問に思いつつ、おそるおそるシートに腰掛ける。まだ知らぬエグザイムの操縦に心なしか緊張しているのだ。
シートに腰掛けてしばらく待っていると、パイロットスーツ用のヘルメットの耳当て部分から声が聞こえてくる。
『全員、シミュレーターに入ったようだな。では、これから試験の概要について説明する。一度しか言わないから注意して聞くように』
さて、注目の試験の内容とは。
『実技試験では、エグザイムを使って3vs3のサッカーをやってもらう』
「サッカーかよ!」
シミュレーター内で秋人は思わずツッコんだ。こんな高価で貴重なシミュレーターに乗せられて何をやらされるかと思えば、サッカーとは。
「スポーツ推薦じゃねえんだぞ!」
秋人じゃなくてもそう言いたくなるだろう。まだシミュレーター側の通信システムがオンになっているわけじゃないので、秋人のツッコミが教師陣に聞こえるはずがないのだが、それに応えるように続きが説明される。
『言いたいことはわかるが、サッカーだ。
3人チームになって、10分以内に相手のゴールにボールを3回入れたら勝ち、というシンプルなルールだ。ただし、サッカーと違う点はキックの代わりに、標準搭載されているアサルトライフルでボールを射撃してもらいボールを飛ばすことだ。ボールは小さいので、うまく当てるように。
タイムオーバーの場合はより多く点数を入れていたほうの勝ちとし、同点の場合は再試合はせず引き分けとする。
結果に関わらず一人につき試合を4回やってもらい、総合的に合否を判断する。もちろん勝てばその分ポイントはプラスされるが、大事なことはあくまでエグザイムをしっかりと操縦できるかであり、またそれ以外にも細かい採点基準がある。過去には、試合は全部勝利したが不合格判定を下された者もいる。そういった者たちは、周りに頼りきりだったり、協調性に欠けていたりしていた。そういう部分も見られるため、気を抜かないように。
チームは毎回ランダムに選出され、同じメンバーで試合を行うことはない。メンバーや対戦相手の振り分けは勝ち星や試合中の成績が考慮され、チームパワーが偏ることはない。例えば、三人合わせた勝利数が6回のチームと0回のチームの試合になることはない、ということだな』
(つまり、上手く操縦できるだけではなく、周りと協力したり、より多く勝利できたりすると合格しやすい。ただし、勝てば勝つほど自分と実力が近い者同士で集まって試合をする、ということか)
ルールを一通り聞いてスノウは自分なりにまとめた。操縦が極端に下手なもの、協調性がないもの、己がないもの、それらまとめて排除してより優秀な学生のみを集めるのにはとても合理的である、と思った。
『さて、一通り説明はしたが、質問があるものはいるか? サブモニターの「通信」タグをタッチし、画面下の「コール」をタッチしてくれ。…………早かったな、45番。同じく「通信」タグの「全員」をタッチしてから話してくれ』
『はい、……聞こえていますか?』
45番の声が耳当てから聞こえてくる。落ち着いたモダンな男性の声だ。
『聞こえている。質問をどうぞ』
『ありがとうございます。では質問なのですが、先ほどチーム分けについて勝ち星や成績が考慮される、とおっしゃいましたよね。私は三級とはいえエグザイムのライセンスを持っております。そういったライセンスの類は考慮されるのでしょうか?』
三級エグザイムライセンスというのは、小型(基準としては5mまで)の
『ライセンサーはどうか、という話か。それはもちろん考慮される。ライセンサーはライセンサーと組むことがほとんどないと思ってくれていい』
『なるほど、承知しました。ありがとうございます』
『他にあるか?』
その後、いくつかの質問が挙がった。
持っているライフルで対戦相手を撃って良いか?
反則などのルールは通常のサッカーと同じか?
自分の試合を待つ間にトイレに行きたかったら行ってよいか?
などなど。
『撃ってもいいが、当たったら減点だ』
『基本的には同じ。反則は減点対象。ただし、途中で試合を止めることはない』
『好きに行け』
そして、全ての質疑応答が終わった。
『では、試合前に操縦の学習プログラムをやってもらう。その後、試験を開始する』
エグザイムを操縦するためには、コンソール両脇に刺さっているグリップを引き抜き、それぞれ一つずつ手に持つ必要がある。
このグリップは、缶コーヒーくらいの大きさで、極端に手の小さい人でなければ手のなかにすっぽり収まるサイズである。
しかし、その小さいグリップだけで、歩く、手を伸ばす、ものを掴む、照準を合わせる、引き金を引く、などといったハードウェア面の操作が可能となっている。
グリップには、二つのスイッチと一つのアナログスティックが搭載されている。
グリップを握ったとき、人差し指に当たるスイッチが「トリガースイッチ」で、中指に当たるスイッチが「ホールドスイッチ」と呼ばれる。
「トリガースイッチ」は手に持っているアイテムのアクションを実行するスイッチである。例えば、アサルトライフルを持っていたら銃撃、作業用ドリルを持っていたらドリルを回転させる、電磁石だったら電気を流して磁力を発生させる、といった具合だ。また、剣やハンマーのような腕全体を使うアイテムの場合は「強く握る」という動作になる。何も持ってない時は拳を握る。
「ホールドスイッチ」は近くにある物体を手に取って保持する、あるいは手放すためのスイッチである。フリーハンドの時、目の前に置いてある物体Aを手に取りたいとき、アームを物体Aに近づける。マニピュレーターが届く範囲になったとき、スイッチを押せば自動的に物体Aを持ってくれる。逆に手放したいときはもう一度スイッチを押せばその場に手放す。応用として、マニピュレーターに何か(物体A)を持っているときに別の物(物体B)に持ちかえたいときは、物体Bの近くに物体Aを近づけスイッチを押せば、その場に物体Aを置いてすぐに物体Bに持ちかえてくれる。
アナログスティックは「エグザイムの進行方向の制御」と「高度の調整」に使われる。これは一つのグリップに両方の機能があるわけではなく、一つのグリップにつきどちらの機能にするか選ぶ、ということだ。例えば、右手に持つグリップには「進行方向制御」、左手には「高度の調整」にするなど。初期設定では左手が「進行方向制御」、右手が「高度の調整」としている場合が多い。
「進行方向制御」はエグザイムがどの方向に進むか決定づけるためのものである。エグザイムはスティックを倒した方向に進み、前に倒せば前進、後ろに倒せば後退、というシンプルな操作だ。また、方向転換もこのシステムで行う。例えば、右を向きたかったら右にスティックを連続で倒すと、エグザイムが自動的に右を向いてくれる。
「高度の調整」はエグザイムが空中や宇宙空間にいるときに使うことができる。もっと高度を上げたかったらスティックを上に、下げたかったらスティックを下に倒す。オプションで操縦桿のように、下に倒すと上昇、上に倒すと下降という操作にもできる。
そのほかにもグリップにはモーションキャプチャが搭載されている。ようはパイロットが行った動きがエグザイムに反映されるということである。例えば、グリップを握ってそのまま腕をまっすぐ伸ばすと、エグザイムのアームも同じように伸びるといった具合だ。
また、グリップをアイテムに見立ててアクションをすることで、直感的かつ自分が生身で得た能力をマシンに反映させやすくできる。もともとスポーツ射撃で勇名をはせていた選手が、エグザイムで生身の時と同じように射撃をした時、グリップをライフルに見立てて照準を合わせ、生身の時と寸分狂わない精度の射撃ができたという事例がある。生身でできることが、エグザイムに乗ってスケールの大きい状態で出力できるというわけだ。
エグザイムの操縦の時、グリップのほかに足元のペダルを使うとより効果的な操縦ができる。
ペダルは肩部のスラスター制御を司っており、右のペダルを強く踏み込めば右側のスラスターの出力が上がり、左のペダルなら左側のスラスターの出力が上がる。
エグザイムはアナログスティックだけの移動では必要最低限の速度でしか動けない。自動車で言えばクリープ現象並み……と言うほどは遅くないが、徐行ぐらいの速度である。しかし、ペダルを的確に扱えれば機敏に、かつパワフルにエグザイムは移動することができる。
総括すると、エグザイムの操縦はグリップとペダルによって行われている、ということになる。本作のロボットアクションは、これらの操作によって行われていることを留意していただきたい。
「だーくそ! 当たらねえ!」
チュートリアルの射撃訓練に秋人は苦戦していた。モニターに出てくるマトを撃ちぬく訓練だ。
モニターには常にグリップがどこを向いているか示すポインタが存在し、照準を合わせるにはそのポインタを上手にマトに重ねる必要がある。
「ここか!?」
グリップを振るって照準を合わせ、トリガーボタンを押す。すると、エグザイムの持つライフルから銃弾が射出される。銃弾は真っ直ぐに飛んで、マトを貫いた。
「よっしゃ!」
初ヒットに思わずガッツポーツ。しかし、30回くらい撃ったうえでこれだったから、すぐに不安になる。
「…………俺、本番でボールに当てられるかな」
そう、これはあくまで試験のための準備なのである。こんなところでつまずいていたら合格など夢のまた夢だ。しかも、筆記に自信はない。実技で点数を稼がねば……。
そんなふうに考えていると、シミュレーター内にタイムアップを知らせる音がなる。そして、すぐに教員の通信が入る。
『全員、練習は終わったようだな。それでは、これより試験を開始する。番号を呼ばれた学生は返事をし、名前を名乗るように』
「できることを、できるだけ……」
シミュレーター内でアッシュグレイの髪をかきながらそう呟く。
『受験番号300番!』
「はい。受験番号300番、スノウ・ヌルです』
緊張と不安が渦巻く中、非常にリラックスした声で、スノウは返事をした。
(続く)
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