第2話 始まりを告げる音:春に咲く桜のように

「問 次の文章は、人類が宇宙に進出し、人類統合戦争が終わり、地球統合政府が樹立された後の情勢について書いたものである。文中の(   )に入る言葉を書け。」

「人類が『デシアン』と呼ばれる外敵と遭遇し、これを撃退した一連の戦いのことを①(   )という。また、その時に活躍したパイロットが②(   )であり、彼を称えて造られた記念館は今年で100周年を迎える。」


(…………これはわかる。『第一次デッドリー戦役』と、『サキモリ・エイジ』)


 タブレット型端末に表示された解答欄に書き込んでいく。そして次の問題が見えるように画面をスクロール。

「①の戦いの時に活躍した機械がこんにちでも運用されている③(   )という人型機械であり、その用途に合わせて戦闘用のものを④(   )、作業用のものを⑤(   )と呼ぶ。そして、③の操縦方法を学ぶために造られた宇宙ステーションが『サンクトルム』である。」


(これも大丈夫)


 サラサラとタブレット用のペンで『エグザイム』、『セグザイム』、『ウェグザイム』と書く。お世辞にも達筆とは言えない字だが、コンピューターは正確に読み取ってくれるだろう。

 その後もところどころ問題を飛ばしながらも答えを書いていく。

 そして、声が響く。


「試験終了まであと五分になりました。受験番号と氏名を書き忘れていないか確認してください」

(ちゃんと書いたと思うけど)


 一応言われたので受験番号と氏名の記入欄を確認する。そこには受験番号と『スノウ・ヌル』という名前が書いてあった。


(書いてあるね。ならいいや)


 スノウという名前の少年は、そう思ってゆっくりとペンを置いた。




 『入学試験 筆記試験会場』と書かれた看板が入口脇に立てられている大講堂から、まだ20歳にもなっていないだろう男女たちが出てくる。その男女たちが筆記試験から解放された安心感からか雑談をして歩いている中、スノウは彼らをかき分けながら一人、外へと向かった。

 大講堂を出ると、そこには摩天楼の如き校舎と、青々と広がる校庭が存在していた。敷き詰められたタイルを歩き、スノウは校庭に置いてあるベンチに座る。そして、バッグから焼きそばパンを取り出して、食べ始める。


(ここが、『サンクトルム』か……)


 青い空を見ながら、スノウはそう思った。―――いや、正しくは空ではない。これはあくまで昼夜の感覚を人間が忘れないようにスクリーンに映している風景に過ぎない。自由に飛ぶことの叶わない、まがい物の空だ。

 ここは『サンクトルム』と呼ばれる巨大宇宙ステーション。そして、その名前はこの世界における最高学府を指すものでもある。



 ―――100年前、地球統合政府が樹立してからしばらくして、恐るべき兵器が人類を襲った。『デシアン』、死人の意味を持つ無人人型兵器群である。一人の英雄の活躍により『デシアン』を撃退した後、いつ脅威が再来してもいいように人型兵器『エグザイム』を操縦できる者たちの育成が必要とされた。その、パイロットたちを育てるために政府が作り出したのが『サンクトルム』であり、同じ名前の大学カレッジである。当初はエグザイム関連の専門学校だったのだが、時代を経るごとにあつかう分野は増えていき、今ではあらゆる分野の最新技術が学べる。そう言った事情から、『サンクトルム』への入学希望者が後を絶たない。



 今日は、その選別を図る神聖な儀、すなわち入学試験の日である。午前中めいっぱい使って筆記試験を終え、今は昼休みの時間だ。午後の実技試験への貴重な休み時間でもある。スノウは焼きそばパンを頬張りながら『サンクトルム』のパンフレット、その取得可能資格欄を見ていた。


(特一級エグザイムライセンス……かあ)


 エグザイムには、21世紀の自動車運転免許証のようにサイズや規格によって必要な免許が存在する。その中で特一級ライセンスというのは、すべてのエグザイムに乗ることが許される唯一の免許である。これは国家資格や国際資格のようなものであり、この時代で最も重宝されている資格と言っても過言ではない。『サンクトルム』への入学希望者が毎年増加していっているのも、これに代表されるいくつかの貴重な資格を得ることができ就職に困らない、という理由も存在する。



 スノウは焼きそばパンを食べ終え、今度はゆで卵を取り出して食べ始める。何もつけずに食べるのが好みだ。ゆで卵を食べながらも、スクリーンに投影された青い空を見続ける。


「…………む?」


 しかし、ある時その映像が一瞬乱れる。ほんの一瞬、ずっと見ていても見逃してしまうぐらい刹那。

 そして次の瞬間、ガァン! と、金属同士が激しくぶつかる音が『サンクトルム』のキャンパス内に響き渡る。


「な、なんだ!?」

「何の音!?」

「何!? 何なの!?」


 スノウと同じように校庭で食事をしていた学生たちが騒ぎ始める。ある者は周りをキョロキョロと見回し、ある者は食べていたものを詰まらしてむせ始め、ある者は低く伏せた。


「………………」


 そんな中、スノウは一瞬だけ乱れた空を睨む。ゆで卵は飲み込んだ。

 スノウがじっと空を見続けていると、スクリーンが空の映像を映すのをやめた。代わりに投影された映像は……、


「なんだアレは!?」

「エグザイム……?」

「なんで!? なんで!?」


 <オカリナ>が赤い悪魔のマシンの手で『サンクトルム』外壁に叩きつけられている様子だった。

 これは、宇宙ステーションのスクリーンに標準搭載されている、何か異常があったときに内部から様子を知るために外を映す、という機能によるものだ。そのことはもはや常識なので、当然だが学生たちは外の様子が映されたことに驚いているわけではない。

 『サンクトルム』は政府にとって最重要機関ともいえる場所である。その周辺での戦闘など非常時を除いてご法度。本来あってはならないことである。

 しかし、現実として目の前でエグザイムが戦闘をしている。これは非常事態であることの何よりの証拠であり、学生たちが騒ぐのも無理ではなかった。

 騒ぎは伝染し、外に出ていた学生たちが一気に騒ぎ始める。


「戦闘しているのか!?」

「でも、青いの動かないよ……」

「赤い奴見たことあるような……」

「んなことより逃げないと!」


 それぞれの反応を見せる中、大講堂の入口に立って叫ぶ者がいた。


「みんな、ひとまず大講堂へ避難だ!」


 ひときわ大きく、声があふれるこの空間でもよく通る声。その声を聞いて、学生たちは少しずつ静かになっていく。


『お知らせします。ただ今、『サンクトルム』外でエグザイムが交戦中。非常事態につき、近くの建物に避難し、係の指示に従ってください』


 そして、避難を知らせる放送が流れたことで学生たちはまばらに避難を開始する。



「………………」


 しかし、スノウは避難しようとしない。ずっと外壁に叩きつけられている<オカリナ>を睨み続けている。正確には、<オカリナ>の持つアサルトライフル。


「お、まーだ残っている奴いんのか」

「…………誰?」


 後ろから声が聞こえてきた。先ほど避難を叫んだ者とは違う、少し荒々しく男らしい声。スノウは振り返らず、そのまま空を見続ける。

 声の主はすぐには答えず、スノウの隣に座ってから言う。


「避難勧告が出ているのに、マジモンの戦闘が見られると聞いて避難もせず残っている馬鹿さ」

「じゃあ、僕と同じだね」

「そうだな」


 彼は彫りの深い丹精な顔立ちをしていて、全体的に男であった。身長は高く、肩幅は広く、筋肉質な体をしている。どちらかと言えば小柄で、やせ気味の体であるスノウとはまったく違う、男らしい体。

 そんな彼が赤いマシンを指さして言う。


「あれは……教科書か何かで見たことあるな。なんつったっけ?」

「型番はD-01。地球統合軍での呼び方は<DEATH>。『デシアン』の代表的なマシンだよ」

「あー、人類が最初に遭遇した『デシアン』だったっけ」

「そう。…………もっとも、僕も実物は初めて見たけどね」

「俺もだよ」


 さて、『サンクトルム』は『デシアン』の再来に備えて設立されたものである、と先に説明した。

 しかし、実のところ、第一次デッドリー戦役の後、いくつかの大規模な戦闘はあったものの、現在はそう大きな戦闘はない。せいぜい、散発的に少数の『デシアン』、言うなれば野良デシアンと言えるような存在が時折地球圏にやってきて暴れる程度である。

 そのため、今のところエグザイムを使う場面というのは宇宙ステーションの建造や荷物の運搬といった非戦闘分野が多い。

 スノウが、実物は初めて見た、と言ったのはそういう背景があってのことだった。



「青い方は統合軍のエグザイムだろ? あんな不利な状況で勝てるのか?」

「性能で言えば、100年前に発見されたものと地球統合軍の最新のものだけど、あの体勢からの逆転は難しいかもしれない。でも、勝ち目はある」

「そうなのか?」

「あとは、パイロットがどうか」


 スノウはじっとライフルを見つめる。そこに勝利への糸口がある、と言わんばかりに。

 男はスノウの言葉に満足したように頷いて、


「オーケー。そう言うなら黙って見ておくよ」


 まるで映画館でくつろぐように、ベンチにもたれかかった。


 宇宙ステーションに激突してから膠着状態の<オカリナ>と<DEATH>。<オカリナ>は頭部を掴まれ、盾代わりにしているアサルトライフルを持っているため両腕を塞がれている。

 一方の<DEATH>は右腕をライフルを、左腕を<オカリナ>の頭部をそれぞれ掴んでいる。

 スノウと男の見立て通り<DEATH>が有利で、五分とは言えない状況である。

 そして、その有利のまま勝利をも掴み取らんと<DEATH>が攻勢に出る。

 頭部の口に当たるところがパカと開き、砲門が露出する。これは、<DEATH>が搭載する唯一の射撃武器、地球統合軍側ではメタルシャウターと呼称される特殊な液体金属を吐き出す武装である。当然、密着したこの距離から放たれれば無事ではすまない。

 そのため、<オカリナ>は一刻も早くこの拘束から抜けなければ、勝利はない。しかし、右側の肩部スラスターはじゅうぶんな出力が出せる状況ではない。

 メタルシャウターの砲門がゴポゴポと泡立ってくる。これは、砲門に詰まった液体金属があふれ出ようとしているからだ。すなわち、もういつでも液体金属を放出することができるということだ。

 もはや一刻の猶予もない。<オカリナ>はいちかばちか、アサルトライフルを連射する。アサルトライフルの銃口は左を向いているので銃弾が<DEATH>に当たることはない。しかし、アサルトライフルが銃撃の反動によって小刻みに撥ねて<DEATH>の腕を少しずつずらす。これこそが、<オカリナ>のパイロットの狙いだった。

 腕の位置がずれて不安定な体勢になったことを嫌い、<DEATH>は腕を一度引っ込める。

 その瞬間を<オカリナ>は見逃さない。左側の肩部スラスターを最大出力で稼働、左半身がはじかれたように動き出す。その勢いのまま、いましめから解放された左腕の拳を<DEATH>の頭部めがけて全力で放つ。半円を描いて撃ち出された拳は正確に<DEATH>の頭部装甲をひしゃげ内部構造を破壊し尽くす。そして、右腕に持っているアサルトライフルの銃口を<DEATH>の胸部にピタリとつけ、フルオートで連射。

 胸部にいくつもの穴をあけた<DEATH>はゆっくりと<オカリナ>から離れていき、爆発した。



 その一部始終を見ていた男は感嘆の声をあげる。


「…………すっげえな。これが純戦闘用セグザイムか」

「人々が戦いから離れたと言っても、開発そのものはされているし、訓練は行われている。僕たちは、そういう世界で生きていくんだ」

「ん? お前もしかして操縦科を受験してんの?」


 操縦科とは、『サンクトルム』の学科の一つでその名前の通りエグザイムの操縦全般を学ぶ、一番人気の学科である。正確には、多目的外骨格学部操縦学科になる。

 スノウはその操縦科を受験をしているため、特に隠すことなくうなずく。

 すると、男はニヤリと笑ってスノウの肩をポンポンと叩く。


「じゃあ、俺と同じだな。俺も操縦科を受験してんだ。名前教えてくれよ」

「スノウ。スノウ・ヌル」

「スノウ……、スノウね。俺は沼木秋人ぬまぎあきと。よろしくな、スノウ」

「よろしく、しないかもしれないけどね。受験の結果によっては」


 『サンクトルム』の受験者数や入学難易度を考えてスノウは無慈悲にもそう言った。


「あ、ひでえ。確かに筆記はボロボロだったけど、実技があるからまだわかんねえだろ!」

「君が落ちるとは言ってないんだけど? 僕が落ちるかもしれないし」

「あっ。お前、ハメやがったな!?」

「君がはまっただけだよ」


 いつの間にか再び青空を映し始めたスクリーンの下、避難勧告が解除されたことを知らせる放送が流れるまで、まるで昔からの親友のように二人は笑いあった。

 そして、昼休みは終わり午後の入学試験―――、シミュレーターを使った実技試験が始まる。

                                  (続く)

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