第一部 素晴らしき日々

第1話 青く響く:死者が咲かすアカバナ

 「地球は青かった」という言葉がある。

 これはソビエト連邦に所属していた宇宙飛行士のユーリイ・ガガーリンが人類初の有人宇宙飛行時に宇宙に浮かぶ地球の青さに感動して言った言葉だとされている。

 しかし、これは原文とは微妙に異なる言葉であることも知られている。

 実際には「空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた」という言葉になる。

 この場合の『空』というのは、常用的に使う大気の空という意味ではない。ガガーリンがこの言葉を発したときの状況を考えれば、この『空』が『宇宙』を示していることに他ならない。

 『宇宙』のことを『空』と表現したのは、ガガーリンが空軍であったからか、あるいは翻訳者のセンスによるものだろう。

 とにかく、ガガーリンが初めて青い地球を外から見た時の感動は、きっと筆舌に尽くし難い。


 そんな地球のように青い物体が、光の尾を引いて宇宙を駆ける。しかし、ただ真っ直ぐに進んでいるわけではない。進行方向にデブリがあれば危ないながらもそれをかわし、アステロイド群を抜けていく。

 明らかに意志が存在するその青い物体は、およそ15mほどの高さの人型機械であった。オカリナとよく似ている独特な頭部を持つことから、そのまま<オカリナ>と呼ばれている有人の人型機械は、出せる限界までスラスターの出力を上げ、猛スピードで移動している。その姿は何か目的地があってそこへ急いでいる、という風ではない。例えるなら、ライオンに追われるシマウマのような―――。


 <オカリナ>がもう何度目かわからないデブリ回避を行った瞬間、回避したデブリが突然弾けた。破片となったデブリが<オカリナ>を襲う。

 すんでのところで防御姿勢を取ってデブリの破片を防いだ<オカリナ>が体勢を整えた時、それは赤い軌跡を描いて現れた。

 V字型のアンテナ、ぼろきれのような装甲、細い腕部と脚部。赤銅色と黒を基調としたボディはまるで業火に焼かれる死者のよう。

 その悪魔のマシンは、鋭利な爪状のマニピュレーターを構え、<オカリナ>へと突進する。鋭利な指先はそれだけで凶器たりえる。


 <オカリナ>は襲い掛かる敵を見て、すぐにスラスターを吹かして逃げの姿勢を取る。が、先ほどよりも出力が上がらない。デブリの破片がスラスターに入り込んで機能不全になっているのだ。

 慌てて<オカリナ>は腰に懸架しているアサルトライフルを取り出す。80mm口径の一般的に使われるモデルのものだ。そして、トリガーを引いて発砲。当たりさえすれば装甲を撃ちぬけるはずだ。

 しかし、悪魔のマシンは銃撃を悉く避け、徐々に<オカリナ>との距離を詰めていく。そして、両者の距離が限界まで縮まったとき、悪魔のマシンが腕を振り下ろす。もはや回避は間に合わない。<オカリナ>は上に構えアサルトライフルで悪魔の爪を受け止める。


 振り下ろされた腕と受け止める力が均衡し、宇宙には一瞬の平和が訪れる。しかし、悪魔のマシンはフリーになっているもう片方の手で<オカリナ>の顔面を鷲掴みにし、そのまま背部スラスターを全開、凄まじいスピードで<オカリナ>を押し出す。<オカリナ>もスラスターを全開にするものの、やはりパワーが足りず押され続ける。

 押されに押され続けた<オカリナ>。その後方に、明らかに人工の物体が見えてくる。


 それは巨大な宇宙ステーション。宇宙の民の住む場所を提供し、宇宙を人の生きる場所へと変える新たなゆりかご。宇宙に出た人類の、第二のふるさと。

 そんな宇宙ステーションで一人の少年が空を見ていた―――。

                                  (続く)

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