シミ子さんはいつまでも。

 それは授業中のことだった——。



 僕の机から、小さな女の子が生まれてしまった。その姿はまるで妖精……。

「妖精かあ、あながち間違ってはいないよね。じゃあ机の妖精ってことで!」

 おいおい、『てことで!』って……そんな適当で良いのかよ。

「まあ間違ってはいないんだから良いんじゃない?」


 妖精は僕の思考と会話する。

 つまり、僕の思っていること、考えていることがわかり、それに返事をするのだ。だから僕が声に出して妖精と会話をすることがないため、クラス中から変人扱いを受ける心配は皆無なのだ。その一点は安心する。


 ねえ、シミ子さん。シミ子さんは僕にしか見えないんだよね?

「そうね、君だけしか私の存在は認識できないわ。ところで『シミ子さん』って何かしら? 私の呼び名かしら?」

 そう、君の名前。消える様子もないし、呼び名がないと不便だろう? そこで、机の黒いシミから出てきたから『シミ子さん』。

「わあい! ありがとう、名前なんてもらったの初めてよ!」

 こんなに喜んでもらえるとは……。失敗した。もっとまともな名前にしておけば良かったか。

「まともじゃないの? この名前」

 まともじゃないよ。でもシミ子さんの存在自体がまともじゃないから別に良いのかもしれない。


 シミ子さんには特等席がある。机の角だ。どうやらそこに座って足を外側へ投げ出し、ぷらんぷらんと揺らすことが好きらしい。


「もうすぐでお昼ご飯ね! お腹空いた?」

 そりゃあ四限目ともなればお腹は空くさ。

 そういえばシミ子さん。君はこの机から離れることは出来るのかい?

「出来ないわ」

 そうか、じゃあ放課後になったら話すのはまた明日ってことになるんだね。

「それはどうかしら」


 不意にシミ子さんが寂しげな目をして俯いた。

 彼女のその言葉の意味を問うこともなく、僕らは他愛無い会話で六限目まで過ごした。


「お掃除、行ってらっしゃい。頑張ってね」

 うん、早めに終わらせて戻ってくるから。


 けれど、僕が戻ってきた頃にはシミ子さんは消えてなくなっていた。

 僕の机は、教室の掃除係に拭かれてピカピカになっていたのだ。


 翌日、黒板を写している最中にルーズリーフをふと裏返したとき、裏にシャーペンで書いてあった文字が机に移ってしまっていることに気が付いた。


「はあーい。昨日ぶりね」


 今日もまた、シミ子さんが机の小さなシミから現れた。


 

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とても短い物語たち。 冬原 白應 @yoru_siro

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