ようこそ、自殺館へ!



——ようこそ! 自殺館へ



 そう書かれた看板を掲げている施設へと、僕は躊躇う事なく足を踏み入れた。

 まずは施設のフロントへ。受付場所には自殺志願者の列が大量に出来ていた。

「いらっしゃいませ。自殺志願者様ですね。死亡届に使用いたしますので、こちらの用紙に必要事項をご記入願います。ペンはあちらのカウンターに設置してあるものをご使用ください。ご記入が終わりましたら再度こちらへお越しください」

 その言葉と共に、受付の女性が笑顔でA4ほどの大きさの用紙を差し出してきた。

「あの……ひとつ質問しても良いですか」

「はい、どういった事でしょう?」

 頬の筋肉が攣ってしまうのではないかと、こちらが心配してしまうほどに笑顔を崩さないお姉さん。

「この命を、指定した人物にあげることは可能ですか」

「はい、可能ですよ。通常は自殺志願者様の寿命残量をこちらでランダムに選出した方に贈与させていただきますが、ご指名いただけるのであれば自殺志願者様のご希望に沿う形で対応させていただいております」

 そしてまた新たな用紙を取り出すと、彼女は項目を指差しながら説明を始めた。

「それではこちらの用紙にご指名される方のお名前、所在地、年齢、生年月日、ご連絡先をご記入ください。それと、もし寿命以外にも贈与される箇所がございましたら、その箇所のご記入も忘れずにお願いいたします」

 説明を受けた僕は踵を返しペンがあるらしいカウンターへと移動した。最初に貰った用紙に名前、年齢、生年月日、職業、自殺志願理由などの項目を全て埋めていき、二回目に貰った用紙にも先ほどお姉さんに言われた通りに記入していった。

「出来ました」

 漏れがないかざっと確認したのち、再び受付へ行き用紙を渡すと、彼女もそれに目を通して一つ頷くと僕に視線を移した。

「ありがとうございます。こちらで情報の確認をいたしますので、お掛けになってお待ちください。終わりましたら番号をお呼びいたします」

 そして彼女は僕に数字の書かれたレシートのような小さい紙を手渡すと、提出した用紙とパソコンと交互に睨めっこを始める。


「一九四番でお待ちの方、確認が終わりましたので受付までお越しください」


 フロア内にアナウンスが流れ、僕の待ち番号が呼ばれた。

「それでは、その番号の用紙を持ったまま第二実行施設へ移動してください。奥のエレベーターから二階に上がり、廊下を右に曲がって真っ直ぐ行くと第二実行施設になります。そこのフロントにいるスタッフにその番号を見せてください」

「わかりました」

 僕は頷くと待ち番号を握りしめてエレベーターに乗り込むため受付を後にした。


 教えられた通りに進み第二実行施設へ着くと、スタッフに声をかけて番号を見せる。するとスタッフは近くにあった二人掛けのテーブル席へと案内してそこに座るように指示を出す。互いに向かい合う形で座ると、彼女が口を開いた。

「一九四番ですね。贈与のお相手をご指名されておりますね。えっと……心臓も寿命と共にお渡しになるのですね。では、注意事項とこちらの書類をご確認の上、間違いがないようでしたらフルネームでサインをお願い致します。サインをした時点で自殺実行は確定されますので、よくよくお考えください」

 先ほど僕が記入したものをパソコンでまとめたらしい書類と、自殺方法や自殺後の処理などの注意事項が記されたものを渡された。

 よくお考えください、って言ったって、よく考えた結果この施設に足を踏み入れたんだから決意が揺らぐ人なんて滅多にいないだろうに。

 半ば自嘲気味に口角を歪めると書類に目を通していく。

「へえ、自殺方法は選べないんですね」

「ええ、自殺志願理由や寿命以外の提供箇所の有無によって、方法はこちらで決定させていただく決まりになっております」

 全てを読み終えた僕は、渡された二枚の書類にスルスルとサインをしてスタッフにそれを返した。

「では、最後の説明になります」

 トントン、とテーブルの上で書類の角を整えたスタッフはそれを傍に置いて僕の目を見て説明を始める。

「まず自殺方法ですが、心臓死という方法もあるのですが……貴方の場合、心臓の提供をご指定しておりますので、脳死状態になっていただくほうが移植相手のリスクも軽減できるかと思われます。ですが脳死方法の場合、こちらでご用意できる自殺場所がございません」

「ええっ⁉ じゃあどうすれば……」

 予想外の言葉に僕は身を乗り出して声を荒げる。

「ご安心ください。当施設のスポンサーは大病院となっておりますので、そちらでご協力いただけることとなりました。通常でしたら『自殺』という言葉通り、あくまでも死の実行はご本人様、そして当施設は場所のみを提供するという仕様なのですが、今回は特例として到底『自殺』とは言えない方法を取らせていただきます」

 スタッフはポケットから取り出したメモ用紙らしきものを一枚机に置くと、手に持っていたペンで地図を描き始めた。

「まず貴方にはこの病院へ行っていただきます。そして後ほどお渡ししますが、その書類を受付で見せると恐らく奥の部屋へと通されるかと思いますので、あとは先生方に従っていただくだけとなります」

 トントンとペン先で机を数回叩くと、彼女の視線が今度は僕に移動した。

「次に手順ですが。病院で脳死用の薬を投与し、五日かけてゆっくりと脳機能を低下させて脳死させます。脳死判定されたら移植手術に移行します。これが今回の流れになります。何かご質問はございますか」

 最初の受付の女性とは異なり一切笑みを浮かべない目の前の女性スタッフに睨み付けられるように見られ、僕の心臓が一瞬跳ねた。


 ああ、この心臓ともあと数日の付き合いだ。


「脳死用の薬ってあるんですね」

 感傷に浸っていると、質問とも言えない上に特にどうでも良いようなことを思わず口をついて出ていた。

「はい。ですがこの薬は当施設のみ使用の権限を持っておりますので、他の病院や施設は使用禁止となっております」

「へえ」

 自分で聞いたにも関わらず薄い反応をしてしまったことに少し後悔が滲んだ。

「では、ご質問が無いようなのでご理解いただけたと判断します。早速病院へと移動していただきますが、その前に必要な書類をお持ちしますので少々お待ちください」

 そしてスタッフは事務所らしき部屋へと姿を消した。その場に残された僕はぐるりとフロアを見回す。受付にはあんなに大勢の自殺志願者がいたのに、皆どこに案内されたのやら。


 どこを見ても、このフロアには僕しかいなかった。


「お待たせしました。こちらの書類をっ病院の受付でお渡しください」

 数分後に現れた先ほどのスタッフがA4サイズの封筒を僕に差し出した。

「ありがとうございます」

「では、良い自殺を」

 今まで笑わなかったスタッフが、思い出を与えるかのように最後の最後で微笑んだ。




——とある病室のテレビから一本のCMが流れた。



 近年よく放送されているものだ。

 一面に広がるエメラルドグリーンの海を背に、現在売り出し中の若手女優が砂浜にぽつんと立っている。そして、女優の表情が見えるところまで画面がアップすると、女優は涙ながらにこう訴えた。


『その命、必要な人々がたくさんいます。捨てる前に、人生最後に役に立ってみませんか? そのお力添えを是非私たちが。——ようこそ、自殺館へ。あなたの残りの寿命をお譲りください』


 そのCMを見ながら、ベッドに横たわる女性がふっ、と小さく笑った。




 私は自殺志願者に助けられた。

 寿命と健康な心臓を譲ってもらった。


 そういえば、最近彼は来なくなってしまったな。きっと忙しいのだろう。退院したら今度は私から会いに行こう。元気になった姿を見せたらきっと彼は喜ぶだろう。

 だって彼は最近、私の病気が治らないことに落胆して仕事でミスばかりしていたのだから。私のこの姿を見れば彼も安心してくれるはず。



 彼女はベッドから真っ青な空を見上げて微笑んだ。



 

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