第2話 鳥街

 気が付くと、アルバムの写真が道になっている。ファウストは「ここをたどればいいよ」だなんていうけれど、パジャマ姿だし、ママに出かけることを言ってない。

「ねぇ、ファウスト。わたし、ママに何一つ言ってなよ」

「大丈夫。マリィが僕と一緒にパパを探している間、僕が時を止めているから」

 不安になりながら聞くと、ファウストは相変わらず涼しい声色で答える。けれどもわたしの疑問は解決しなかった。わたしは再びファウストに疑問文を投げつける。

「どういうこと」

「たとえばね、ここに一杯の紅茶があるでしょう? 時が止まると、零れる未来は来ないのさ」

 時が止まるってことは、私たち以外の時が止まっているっていうことでいいのかな。

「よく、わからない」

 わたしはむすっとするとファウストは「ふふっ」と笑う。

「大丈夫。僕と一緒に居れば、きっとパパは見つかるさ」

 写真の道を歩き、光のあるほうへ向かった。わたしはファウストの手を握り、光の向こう側へと走ると、アルバムの外へ出た。

 そこは、小鳥と鳥かごの並ぶ道だった。茶色い木や竹でできたかごや、丸い形や鉄の格子でできたレトロなかごもあった。鳥かごだけではなく、風景はわたしの住んでいる町とは違い、レンガの建物がなく、白い壁や茶色い壁が目立っていた。

「ねぇ、ここはどこ? 鳥かごがたくさん」

 わたしはあちこち見渡しながらくるくる回った。

「東の国だね。マリィがまだママのお腹の中にいるときに来たことがあるよ」

 腕のなかでファウストがわたしの知らないむかしの話をする。

「そうなの?」

「そうだよ」

 止まった大人たちの輪を抜けてわたしはまわりを見渡しながら、ふと、初めて来たところなのに見たことあるような気がした。

「たしかアルバムの中には似たような景色があった」

 記憶の中に引っかかった景色に足を踏み入れた。わたしは一軒の骨董品店の前で立ち止まった。

「見て、こんなにたくさんのカゴ。それに見たこともない鳥さんがいっぱい」

「そうだね」

「こんなにカゴがいっぱいあると、わたしたちもかごの中にいるみたいだね」

 ファウストは「ふむ」と呟いた。わたしは鳥かごの中にいる気分で続きの言葉を話す。

「だって、カゴの格子が目の前にあるとカゴの中にいるみたいなんだもん」

 鳥かごの鳥の目がキラリと光った。まばたきする時間もない間に止まった世界が、急に時間を取り戻した。半透明の若い男女が目の前で鳥かごを見ながら口を開く。

『鳥は空を飛ぶものでなければならない。自由に大空を飛ぶために生まれてきたんだよ』

 半透明の男の人がぽつりと話す。隣の女の人は柔らかい笑みを浮かべて大きいお腹をさすった。

『そうね。マリィには大空を自由に飛べる鳥のような子になってほしいわ』

 わたしは驚いた。だって友達がいないから、わたしの名前を知っているのは、パパとママとそれからファウストしかいないのだ。

『ねぇ、わたし。次はあなたが行きたいところに行きたいわ』

『じゃあ、時計台のあるところ。初めて君と時を刻んだところ』

 半透明の二人は優しい笑顔を鳥かごの鳥に向けてキラキラと光って消えた。

「消えちゃった」

 また世界は静かな止まった空間に戻る。

「マリィ」

 いくら察しの悪いわたしでもさっきの二人がママの若い頃だということは分かった。わたしはファウストにひとつの質問をする。

「ファウストいまのママだった。隣にいるのはパパ?」

 かすかにファウストは確信をしたようすでうなずく。わたしはほっと胸をなでおろすと同時に、とても不思議な気分になった。

「きっと、二人の思い出だ」

「思い出?」

 わたしはオウムのように繰り返してみた。写真の中の思い出なのだろうか。

「写真から思い出が、形になって出てきたんだ」

 わたしは思い返してみる。写真は思い出を切り取った紙だ。わたしはいま、切り取った紙の中でパパとママを見ている。

「時計台。ファウスト、時計台ってどこかな」

 アルバムの時計台は確か、レンガつくりの街並みにぽつりと建っていた。記憶の思い出では、ママいつも手を引いて歩いた街がまぶたの裏に浮かぶ。

「そうだなぁ、マリィは産まれてすぐはどこにいたの?」

「わからない。だけど毎日が曇り空だった」

「曇り空、霧の都に行こう」

 霧の都、引っ越す前の国。わたしは深呼吸をした。目を閉じて、引っ越す前の家を想像する。頭の中でパラパラパラとページのめくれる音がして、前の家の玄関がぽつりと見える。目の前に浮かび上がった扉を開けると、白い光が私とファウストを包み込み、その中に飛び込んだ。


(続く)

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