第118話 港町

 乾いた草原の中を真直ぐに走る舗装された道路を車で駆け抜け、巨大なブルシュ・ファティマの姿がかすみ始めて行く頃、ワフシヤの案内する港町に着いた。

 船の手配をすると言って、港の建物へと向かった彼女をアリードたちは近くのガーデンテラスのあるレストランで食事をしながら待つ事にした。

 首都から離れた小さな港町でありながら、贅をこらして作られた建物に豊富な種類の料理が並ぶメニュー。海の側という事もあって、料理に使われる魚の名前はアリードの知らないものも多数あった。

 バロシャムという国の豊かさは、それほど大きくもない店一見とっても、砂の国とは比べようもないと思い知らされていた。


「アルスーラやムーサ―って、なんだ?」


「魚ですよね? アッシャブートは、名前からしても、きっと体長10メートルはある獰猛な魚ですよ」


「そんなデカい魚はいないだろう……いるのか?」


 料理の一覧を見比べながら、どれを頼むべきか声をひそめて話し合っていたが、砂の国では聞いたこともない海の魚の前にお手上げだった。

 助けを探すように隣に座っているアスラマに視線を向けたが、大人しく黙って座っている彼女に注文を任せるのは、ずいぶんと気が引ける行為だった。

 そもそも、ファティマの巫女であると一目で分かるローブを着こんだ彼女に、雑用をさせるのはこの国の禁忌に触れるのではないだろうかとも思えた。

 しかし、アリードたちがいつまでも終わりそうもないメニューの検討をしている間に、こっそりと席を立ったアスラマが戻って来ると、テーブルに料理が運び込まれ始めた。


「料理を頼んできてくれたのか? ありがとう」


「はい……」


 小さく返事はしたものの何か言いたそうな彼女に、食事を始めながら聞き返した。


「美味いな、何の肉か分からないけど、……ん? どうした?」


「……いえ、何でもありません」


 控え目に口を閉ざしたアスラマに、こんなに大人しい女性だっただろうかと、疑問の目を向けたが、元々返事をするのはワフシヤの方だったし、普段の話方を思い出そうにもうまく行かなかった。一度顔を見たことはあったが、行き成りフードを捲って中身を確かめる訳にも行かない。


「……あの、何か?」


「いや、何でも……」


 視線に気づいたのかアスラマが首をかしげるのに、曖昧な返事をして、食事に夢中になっているように食べ始めた。

 考えてみれば彼女たちとは奇妙な関係であった。

 殺人事件の容疑者として護送していたはずが、いつの間にか旅の道ずれのような、そして、今は、案内人として同行している。しかし、その行動にも、やはりファティマの意思が係わっているのだろうか?

 フードで深く被り顔を隠している彼女たちの思惑を探り出すのは難しかった。

 そこに遠目でも不機嫌な様子が一目でわかるワフシヤが大股で帰って来た。


「まったく、何を考えてるのよ!」


 厳かな雰囲気のフード姿からは想像もできない感情を荒げた怒鳴り声に面食らったが、彼女に席を勧めながら詳しい話を聞こうとした。様子から言って船の手配がうまく行かなかったのは間違いない。


「どうしたんだ?」


「どうもこうも、主戦派の軍の連中が港を封鎖したの。寄りにもよって、ファティマ様の直轄である私たちの船まで止めるなんて」


「それでは、船が出せないのか?」


「物流を止める訳にも行かないから、何日も封鎖できる物じゃないけれど。東に向かう船なら二日か三日で渡航許可が出ると思う」


「そうか、……他の港ならどうだろう? 陸路で東に向かえば距離も稼げるし」


「二日あれば、隣りの港町ジェーザーンまでは行けるけど、船の手配が……」


 港の封鎖が解けるまでここで待つのが確実な方法ではあったが、一刻でも時間のおしい今、いつまで掛かるか分からない不確かなものを悠長に待っているなど出来そうも無かった。


「俺たちなら、水夫として乗せてくれる船でも探すさ」


「分かったわ。船は出航許可が下り次第、後を追って来るように手配しておくわ」

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