第117話 轍鮒の急 2

 急ぎ出立の用意をしているところへ、ローブ姿のファティマの使いがやって来た。顔は見えなくても、見知った二人だと何となく感じ取れた。


「ワフシヤとアスラマか? 世話になったな。御覧の通り、直ぐにでも出発しなきゃならんのだ」


 ファティマと会見を持てたのも、彼女たちの助力があったのだと分かっているにしては素っ気ない挨拶であったが、それほどに時間が惜しい。


「待って、イズラヘイムへは入れないわ」


「それでも、行かなきゃならない。アメルフォドアの演説は聞いたろ? 何としても、軍が衝突する前に」


「バロシャム側の軍事施設を通り抜けて国境まで行くことは出来ても、緩衝地帯を通る事は出来ないのよ」


「危険なのは承知だ」


「いえ、両国の軍にも、情報は伝わっている。誰もが緊張を張り詰めている中で、緩衝地帯を通り抜けようとすれば、それだけで、紛争の引き鉄になるわ」


「それでも、ここで手をこまねいている訳にはいかないんだ」


「別のルートを使うしかない。それを伝えに来たのよ」


 ワフシヤの言葉に希望が生まれ、目の前が開けたように滞っていた思考が動き出す。

 にらみ合う軍隊に阻まれれば、絶望的な状態になる。しかも、そこで片側の陣営に居ると知れ渡れば、それだけで、自分の立ち位置を示してしまう事になりかねない。

 しかし、砂の国からなら。


「別のルート?…… 北に砂漠を抜ける道があるのか? そうかそれなら、距離的にも近いし、砂の国に戻りさえすれば」


「北は無理なの、砂漠は抜けられないのよ」


「何故だ? 砂漠の旅なら慣れている」


「流砂があるのよ。かつて海底だったナムディ砂漠は、地下深くに閉じ込められた海流の動きで、絶えず大きな流砂を造り出しているデゼルトリエーレでも無ければ、渡る事は出来ないわ」


「デゼルトリエーレ? なんだそれは」


「砂漠の戦闘用に開発された車両よ。流砂の上を進む船みたいなものね。軍の管轄だから、私たちでは勝手に動かす事が出来ないのよ」


「……ファティマなら、何とかできないのか?」


 彼女なら軍に命令を下す事も出来るのであろうが、面会を拒まれた時点で、協力は望めないと分かってはいた。


「ファティマ様は、これをあなたに課せられた試練だと考えてなさるわ。私たちが来られたのも、アスラマが強く願い出たからなの。これ以上ファティマ様の助力は仰げない。それは、わかって……」


「俺に課せられた試練……か……」


 これまでも多くの人々の希望や期待を背をって来た。そこに、謎めいたファティマは何を望もうというのか。しかし、やり遂げなくてはならない。


「東の海岸から、船で北上する。それが今現実可能な唯一の方法よ」


「海だって?……しかし、それは」


 遠すぎる! と言いたかったが、西も北も進むのは不可能に近い。そうなれば他に選択肢はなかった。しかし、海を渡るとなると、行程の長さからもしり込みせずにはいられなかった。


「船は、私たちで用意できるわ」


「一緒に来てくれるのか?」


「もちろんよ、アスラマ一人を行かせる訳にはいかないじゃない」


「えっ、ああ……」


 二人を交互に見比べてみたが、フードの中に隠された彼女たちの表情はうかがい知れなかった。

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