第119話 ジェーザーン
その日のうちに出発し、東へと車を走らせる。道幅は段々狭く舗装も年季を感じさせるものになって行ったが、それでも、砂の国とは比べようもなく快適な道のりだった。
ジェーザーン地図では小さな港町であったが、古い歴史を感じさせる建物と新しい建物がひしめき合う、活気のある賑わいを見せていた。これなら、水夫の募集も容易く見つけられるだろうと、真直ぐに大きな貨物船の並ぶ港へと向かった。
「ダメだ、ダメだ! とっとと帰りな」
「そこを、何とか」
「船員ってのは、何か月も前から決まっているんだ。昨日今日で雇えるものか」
いくつか声を掛けてみたが、どこも取り付く暇もなく追い返されるだけだった。
「こうなったら、片端から声を掛けるだけさ」
「待って、行き先をちゃんと調べないと。それに、出来るだけ足の速そうな船がいいし」
「それはそうだが、そうは言ってもな……」
「バロシャムの船は組合が管理しているから、雇ってもらうのは厳しいわよ。そうね……外国籍の、それもある程度小さな船を探さないとダメね」
「そうなのか? デカい方が速いんじゃないのか」
「長い航海が出来る船だと、ここから砂の国に近い港へ寄ったりしないから」
「なるほど……」
「私が管理局に行って、乗せてくれる船を探して来るわ。戻って来るまでどこかで休んでて」
納得したように考え込む素振りを見せていたが、アリードには船の種類も、それがどこかへ向かう時、どこの港に寄るのかもいまいち理解できていなかった。
砂の国に住んでいては、大きな貨物船など見る機会もなく海運業などピンとこない。
もちろんワフシヤがついて来てくれたことに感謝はしていたが、じっとしてはいられなかった。追い返されながらも次々と、港に運び込まれた荷物の周りで休憩している船員に声を掛けて廻っていた。
「なんだ? 船に乗りたいのか?」
「ああ、ヨドス、いや、ラシュティエ辺りまで乗せて欲しいんだが」
「ラシュティエなら、この船も寄るが……そうだな」
日に焼けて色が薄くなった布を頭に巻いている船員が含みのある笑みを作る。
「あそこの岬まで、こいつと競争して勝ったら乗せてやらんでもないぞ」
「おいおい、やめとけよ」
「いいじゃねぇか、どうせ暇なんだし」
「泳ぐのか? ……よし、いいだろう!」
船員たちの様子からしても、それが無茶な勝負であると分かってはいたが、可能性があるならこのチャンスを捨てる訳に行かず、二つ返事で勝負を受ける事にした。
「おいおい、いいのかよ? あいつは泳ぎで負けたことが無いんだぞ? やめとけって」
頭に布を巻いた船員を諫めようとしていた船員が、半ばあきれ顔で忠告してきたが、アリードは引き下がらなかった。
またとないチャンスだという理由もあったが、勝負の相手と指名された船員は、体格もアリードとそう変わらない相手で、内心勝てるかもしれないと考えていたのだった。だが、始まった瞬間に勝負はついていた。
「ははは、何だありゃ!」
船員たちの腹を抱えて笑う声を頭の上に振りかけられながら必死で手足を動かしはしたが、何とか水面に浮く事は出来ても一向に前に進みはしなかった。
アリードは泳いだことが無かったのだ。
砂の国にも川はあるが、砂の上を流れる川は浅い所なら平気でも深くなれば急に流れが速くなり、泳いで渡る事など出来るものではない。足のつかない水に入るなど、生まれて初めての経験だった。それでも、懸命に波の向こうへ見えなくなった対戦相手を追って懸命に泳いでいた。
「アリード! アッシャブートです! アッシャブートが居ます!」
(なんだと……どこだ?……)
連れの兵士の叫び声が聞こえ、直ぐに周りを見回そうとするが、上下する波が壁のように取り囲んで、少しも先の様子が分からなかった。
「ほおぅ、どれどれ……」
陸の上では兵士の声に、腹を抱えて笑っていた船員たちがのんきに集まり、彼の見つけた魚を見ようと目を凝らしていたが、不意に大声を上げるのがアリードにも聞こえていた。
「馬鹿野郎! あれは鮫だ」
(鮫? よく分からんが、まぁ、気にする必要もないか)
気を取り直して泳ぎ出そうとすると、急に後ろから襟首を掴まれ、そのまま首が閉まるほど引っ張られて、抵抗も出来ずに陸の上に引き上げられてしまった。
「くっ……はっ……、何するんだ!」
「馬鹿野郎! 鮫に向かって泳ぐ奴があるか!」
「鮫? 鮫って何なんだ?」
何が起こったのかよく分からないまま、先ほどまで泳いでいた辺りを眺めると、ゴムベラのような大きな背びれが波の間を漂っていた。
「近づかなければ、どうってことはないが……。あんたら、悪い事は言わん。水夫はやめとけ……」
船員は濡れたシャツを絞りながら、呆れたように仲間の元へと戻って行った。
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