第115話 ブルシュ・ファティマ 2

 長い沈黙が訪れた。

 イブリースの眷属、エルル族の瞳。荒唐無稽と言えるような話であったが、ティムシャムの遺跡にはシャムがいた。

 来夏の『魔法』の産物とよく似た存在。

 彼女の力を誰よりも目の当たりにしてきたアリードは、それが、どれほど、絶大な力を持っているか知っていた。

 ティムシャムの地下に、他にもシャムのようなものが眠っているとしたら?

 もし、それらを操れるのだとしたら?

 馬鹿げている、と思いたかったが、ノルノルとイルイル、二人のエルル族の少女は、何の苦労も無しにドラゴンを従えている……。

 アリードは、疑念を掻き消すように大きく静かに息を吐いた。

 懐から布に包まれた荷物を取り出すとテーブルの上で広げて見せる。


「これは遺跡で発見された、ティムシャムの宝珠だ」


 これまで彫像のようにファティマの側に並んで立っていた者たちのローブが僅かに揺らいだ。ワフシヤたちと同じく顔をすっぽりと覆い隠したフードには、大きな目玉が描かれていた。

 それに目を向けた時、この空間の独特な雰囲気に思い当たった。


(ここは、あの場所に似ている……)


 磨き抜かれた石の壁と床、一つ目の彫像を思わせるフードを被った四人、それらは、ティムシャムの地下遺跡を模していると言っても過言ではなかった。


(あの遺跡を知っているのか?)


 ワフシヤたちは、地下遺跡に入ってはいない。それよりも、アバースが遺跡を見つけ出す以前から、ここはこの様に作られていたのだろう。


「……神像の瞳ですね」


 周囲に気を取られていたアリードの沈黙を駆け引きの間と受け取ったのだろうか、ファティマは厳かに話し始めた。


「邪悪な者どもを操る瞳を持たない我々の祖先は、神像の瞳を使って、イブリースの眷属をジャハンナへと封じたと伝えられています」


「ああ、ここに刻まれた文字で……」


 失言だった。

 どれだけポーカーフェイスを装っていても、この空間の幻想的な雰囲気にのまれ動揺していた。

 反対にファティマの方は、普段からフードを被った顔の見えない相手に囲まれて暮らしているのだろう。感情を表に出さない交渉術など、むしろ自然な事であるのか、表情と内心、肉体と魂が別々に動いているかのように、彼女の表面上から何かを読み取るのは難しかった。


「危険なものが埋まっているのだとしたら、より慎重に調査を進めなければならないし、その為にあなた方の力も借りたい。だが、ティムシャムの遺跡の管理を、俺に任せてくれないか?」


「わたくしの務めを、代わりに引き受ける。とでもおっしゃるのですか?」


「俺では力不足なのは分かっている。だが、俺の力が及ぶ間は……。その時のために、この宝珠をあなたに預けてもよいと思っている」


「イブリースの眷属が目覚めてしまえば、神像の瞳だけで再び封印できる相手ではありません」


 テーブルの上を回転もせず滑るように宝珠がファティマの前へと移動した。


「あなたは、この宝珠の役目を理解しているのですね。……わかりました。あなたがわたくしと同じ目的で、この世界のために尽力してくださるのならば、わたくしも力を貸しましょう」


「ありがたい、それでは……」


「あなたの調査団に、わたくしの手か目のいずれかを派遣する事になるでしょう。しかし、邪悪な瞳を持つ民、エルル族の事は、お忘れなきように……」


 ファティマが右の手のひらを見せる独特なお辞儀をして奥へ下がると、目の一人がテーブルの上の宝珠を持ちその後へと続く。

 アリードの背後では、退出を促すように音もなく扉が開いていた。

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