第114話 ブルシュ・ファティマ 1

 広大なバロシャムを横断する長い旅も舗装された奇麗な道路のおかげで快適に、そして予定よりも早く首都まで辿り着く事が出来た。

 バロシャムの首都エルファティムは、広大な領土の地平線の彼方からそびえ立つ摩天楼が見通せるほどで、近づけば建築物のあまりの高さに空が見えなくなり、巨大な機械の中へ迷い込んだような錯覚さえしてくる。

 まるで異世界の都市に迷い込んだかのように、言葉を失くしたアリードたちが案内されたのは、超高層建造物がいくつも連なって混ざり合ったほど巨大なブルシュ・ファティマであった。


「何てデカさだ……」


 息を飲んで見上げたブルシュ・ファティマは、隣り合う超高層建造物同士を結ぶ連結通路が、ビルを横に倒したほどの大きさがあり、それらが複雑に組み合わさって、天へと広がる幾何学模様を織りなしていた。


「ここが、ファティマ様のおわす神殿です」


 都市そのもののような巨大建造物の中に入ってしまうと、自分がどこにいるのか全く見当もつかなくなったが、上へ上へと昇ってきたことは確かだった。何度もエレベーターを乗り換え、複雑な迷路の中を進むと、突然、夜の空へと投げ出されてしまったかのような真っ暗な空間へと出た。

 フードを深く下ろした者が小さな灯りをもって出迎える。

 暗い訳ではない。

 壁も床も磨き上げられた真っ黒な石で出来ており、いくら強く光を照らそうとも闇の中を進む気分にさせられ、案内人の持つ灯りをぼんやりと写す壁は、どこまでも広がっているかのように思わせられた。

 闇の広がりに気を取られていると、目の前に不意に大きな両開きの扉が現れ、音もなく開いて中へと案内される。

 その場所の広さは分からなかったが恐らく部屋である。

 部屋の中には、欠けた月のような大きな白いテーブルがあり、闇の中で輝きを放っているように見えた。そして、正面の月の欠けた場所に白い衣装をまとった真黒な瞳の少女が座っていた。


「よくぞいらしてくれました、砂の国のアリード。わたくしの手を、送り届けていただいたこと、礼を述べます」


「あ……、いや、送ってきたわけじゃない。彼女たちには、警備兵を殺した容疑もかけられている」


 幻想的な雰囲気にのまれそうになっていたアリードだったが、意識を引き戻すように体に力を込めた。

 政治的な地位ではなくともこの国の最高責任者であるファティマに直接ものを言う機会など二度とないかもしれないのだ。


「そうですか。彼女たちの咎は、わたくしの咎。わたくしが深謝いたしましょう」


 人形のように無表情とも、深い愁いを帯びているともとれる、ゆっくりと瞬きをした、それが彼女の謝罪であるのか。しかし、この国にファティマを裁く法など在りはしない。アリードに出来るのは、事実を明らかにする、それくらいだった。


「どんな目的があってゴルドニップに彼女たちを派遣した?」


「この地が再び禍に見舞われぬよう、邪悪なるものをティムシャムに近づけぬのが、わたくしの務め。エルシャムヘイムとこの世界を守るのが、わたくしの務めだからです」


「邪悪なるものとは……、俺たち砂の国の人々の事か?」


「いいえ、ただ人にとって、あれは、砂に埋もれた神殿でしかないでしょう」


(どういう事だ? 他人を近づけたくない神聖な場所ではないのか?)


「ならば、他の国の?……」


「邪悪なる瞳を持つ民、エルル族です」


「なっ……」


 あまりに意表を突かれアリードは言葉を詰まらせた。

 長年敵対しているイズラヘイムや他国人が上げられたのなら分かるが、ファティマが急にエルル族と口にした事に。

 少数民族であるがゆえに、近年過激な思想を持ち出す集団を生み出したりもしたが、バロシャムが特にそれらと敵対していたとは聞いたことも無かった。


「なぜ、エルル族なんだ? そりゃ過激な思想の奴等もいるが、それはどの民族でも同じ……」


「いいえ、エルル族は、エルシャムヘイム建国以前に、邪悪な瞳でイブリースの眷属を従え、この大陸を支配していたのです。彼らは僅かな人数でしたがその力は絶大でした。恐怖の支配を覆すため、我らの祖先が、ティムシャムの地底にエルル族の邪悪な力の源イブリースの眷属を封印し、エルシャムヘイムを建国したのです」


「それは……、それなら?……」


(エルシャムヘイムの建国? 一体いつの話をしているんだ?……)


「エルル族の交わした契約は、邪悪な瞳に受け継がれているのです。彼らは今でも、イブリースの眷属を従わせる力を瞳に宿しているのです」

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