第107話 イズラヘイム 1
イェシャリルを出発し国境に近づくと、数台の車両の前に並んだ兵士が一斉に敬礼する。
以前来夏の『魔法』で国の中央部まで飛んだことはあったが、正式にイズラヘイムへ入国するのは、これが初めてだった。
彼らに先導されて街へと向かうと、一か所に人口が密集しているイズラヘイムは、目を見張るほどの巨大都市を形成しており、アリードは街に着かぬうちから、窓から身を乗り出しそうなほど落ち着かぬ様子であった。
見物人の押し寄せた歓迎ムードの通りを気恥しい気持ちで抜けると、アリード一行の滞在用に用意された、かなり大きな邸宅に案内された。
細かい交渉はメルトロウに任せられると言っても、形式的な挨拶は済まさねばなるまい。
一刻も早くバロシャムへと向かいたい気持ちを押さえて、二階にワフシヤたちの部屋を用意すると、一階の応接室で多くのイズラヘイムの権力者と合わねばならない。
その中に、国家元首のザエル・ミャムゼイド首相の姿もあった。
「久しぶりだな……、貴殿を何と呼べばいいのかな? アリード大統領かな?」
「わざわざお越しいただき、ありがとうございます。俺は、そんな大した者ではありません。俺は砂の国の一人の……、キスナのアリードです」
(相も変わらず、若すぎる理想をおくびもなく口にする……)
重すぎる責任を背負いながらも、子供のように真直ぐに歩き続けるアリードに、ミャムゼイドは目を細めた。
(権謀術数を巡らすには、これはこれでやりにくい相手ではあるが……)
「英雄アリード、この度は、また、素晴らしいものを発見なさりましたな。エルシャムヘイムとは。我が国にとっても英雄的偉業であらせられますぞ」
「英雄はよしてください。俺が見つけた訳ではないので」
「いやいや、人類史上最も価値のある発見であり、英雄と呼ぶにふさわしい行為ですぞ。……時に、エルシャムヘイムについてご存知かな?」
「詳しくは……、古代帝国の都であったとか……」
「神々が作りし、エルシャムヘイム。地上のどこよりも美しく、栄華を極めた街。神々がこの地を去る時に残されたティムシャムの力が眠る場所である……」
「はい、実際には、空っぽの地下神殿があっただけですが」
「ほう! それは、それは……」
「ですから、ぜひ、ミャムゼイド首相の、イズラヘイムの知識を、調査のために役立てていただきたく」
「もちろんだ。我が国よりエルシャムヘイムの正しい伝承が残っている国は無いからな」
「お願いします。それに、遺跡の場所が国境に面しているので、一刻も早くバロシャムへと向かいたいのですが」
その単語を聞くなり、上機嫌に話していたミャムゼイドの表情が曇る。
「バロシャムか……。知っての通り、イズラヘイムとバロシャムは休戦状態にあると言っても、国境では互いの軍隊がにらみ合っているのでな、安全に通り抜けるには、少しばかり時間が必要でね」
「そこを、出来る限り早くお願いします」
「うむ、わかっておる。しかし、大変きつい移動になる事だし、それまではごゆるりと休んで行かれよ」
「はい、ありがとうございます」
(なるほど、そういう事か……)
この過分な歓迎も、イズラヘイムの印象を少しでも良くして、バロシャムより優位な立場をとるためか。それに、こうして時間を掛けさせれば、しびれを切らしたバロシャムが軍隊を動かすかもしれない。そうなれば、交渉どころではないだろう。
アリードは丁寧に頭を下げてミャムゼイド首相を見送りながらも、いざとなれば、力ずくで国境を突破しなければならないかもしれないと考えていた。
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