第106話 肩にかかる重さ 2

 見渡す限り同じ砂の色が続く見慣れた景色の中を、アリードは車に揺られていた。

 標識も信号もない砂漠の移動は、退屈を楽しめるほど長閑なものではない。やわらかい砂は起伏に富み、同じ色同じ姿を見せていながら突如風に削られて深く切り立った谷を造り出す。


(イェシャリルまでの道も、早く作らないとな)


 風に流される砂の山を眺めながら、安全に砂漠を渡るために話し合っていたバルクの話を思い出していた。


「まずは、砂にタイヤを取られず安全に走れる道、強い日差しと暑さから逃れるためのオアシスが必要だが、いずれは、砂漠を横断する鉄道を引ければ、より安全に多くの人や荷物を運べるのだけどな」


 ラドロクアからイズラヘイム、バロシャムまで鉄道で繋がれば、多くの荷物を運び多くの人の交流が生まれるだろう。だが、砂漠に鉄道を引くには莫大な資金が必要だ。砂の国にとって、それは夢物語でしかなかった。


(国を繋ぐ鉄道か……。そのためにも、まずは争いを終わらせる事だ……)


「キャッ」


 後部座席に座る二人の女性から小さな悲鳴が漏れた。

 彼女たちが深く被っているフードの周りを、半透明の蝶のような羽をもつ人形のような姿の物が飛び回っていた。


「おい、あんまりウロウロするなよ」


 アリードが声を掛けたのは飛び回るそれに向かってだった。

 それは、くるりと宙で向きを変えると、アリードの頭の上へと戻る。自分の頭の上を定位置にされているのは、あまり気分のいいものではなかったが、それは、来夏に預けられたもので、しかたなくっといった感じではあったが受け入れる事にしていた。

 バロシャムへと出発する事を告げた時、彼女は意外にもついて来るとは言わず、もう少し骨の怪物について調べるために残ったのであった。

 その代わりに、手のひらに乗せた小さな人形を差し出した。


「この子を連れて行って。この子がいればそちらの様子も分かるし、私もすぐに駆け付けられるわ。連絡係みたいなものよ」


 半透明の妖精は体を通して見える砂の色に輝き、来夏の手のひらから音もなく羽ばたいて飛び立つと、アリードの周りをくるくると回って頭の上へと、着地したのだった。

 驚くアリードをくすくすと笑っていた彼女に普段と違った様子は見られなかったが、砂の国に残った彼女の行動に胸の内が小さくざわついていた。



 来夏は日の沈みゆく砂漠を眺めていた。

 砂の中に潜む骨の怪物を探しているのだろうか?

 その様な物がいるのなら、その気になれば砂の数を数えられる彼女が見張らずとも見つけ出す事は容易だったであろう。


「ラーイカさん、よろしいですか?」


「はい、先生」


 来夏は砂漠に顔を向けたままメルトロウに答えた。


「遺跡についてですが、破壊してしまわなくてもよろしいのですか?」


「……はい、かまいません」


「ジャハンナと呼ばれる日本という国と、あなたの来られた『日本』ニーホンに、繋がりがあるのではないのですか?」


「そうかもしれません。……そうでないかもしれません」


 その国には、シャムに繋がる『魔法』に関係するものがあるのかもしれなかったが、来夏は星の輝き始めた空に目を向けていた。


「先生、あの星も、この世界の一部なのでしょうか?」


「星、ですか?……」


「この世界を救う偉業とは、今消えゆこうとするあの星をも助ける事なのでしょうか?」


 夜の帳が下り始めた空を見上げたが、次々と輝き始める星は、メルトロウには砂の粒のようにどれも同じに見えただろう。


「そうですね……、人は、世界がどこまで広がっているのか、自分で決めねばなりません。その世界を大切にしたいのならば、大きすぎても、小さすぎても、ならないのです。その手を広げて、抱えきれるだけの世界を、自分自身の世界を決めなくてはならないのです」


「自分で……、抱えきれるだけの世界……」


(『魔法』の力は、空の果てまで届く)


(でも、私に、どれだけの責任を抱えられるのだろう……)


 来夏には、自分の世界がどこまで広がっていけるのか、決められなかった。

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