第105話 肩にかかる重さ 1

 部屋の中を歩き回って、本棚から古い神話の書かれた本を引っ張り出して見たり、近隣諸国のニュースに目を通したりと、苛立ちを抑えきれず集中力の欠いたまま次々と別な物へと目を向けていた。


「どうしたのアリード?」


 対照的にいつもと変わらぬ様子の来夏は、姿勢良くソファーに腰をかけている。その姿に、どんな時でも、何が起ころうとも、彼女は静かにそこに座っているかのように感じさせる雰囲気があった。


「骨の怪物の事が、気になっててね」


 正確に言えば、怪物を操っていた相手についてだが、背格好も性別も、本当に存在しているかもわからない相手の事をうまく言葉に出来なかった。

 来夏に捜索を協力してもらうにも、どんな相手を探せばよいのか。骨の怪物やワフシヤたちの骸骨の兵士を操る能力について説明はしたが、精霊などの宗教的な力や壊れやすい骨の兵士などは、彼女の興味の対象にもならないようであった。

 糸の付いた人形で戦う、ままごと遊びについて話を聞いているような、そんな感じでしかなかったのかもしれない。


「でも、バラバラに壊れてしまったのでしょ?」


「あれはね、でも、悪しき目を開いたがために呼び出されたと言うし、他にもいるかもしれない。操れる者がいるならそれこそ幾らでも」


「骨の怪物を、落ちている骨を組み合わせて作るのかしら?」


 来夏は口元を押さえて小さく笑っていた。不思議そうに向けられたアリードの視線の疑問に答える様に彼女は言葉を続けた。


「ううん、イルイルとノルノルみたいだなって思っただけよ」


 不意にアリードは頭の中で何かがかみ合った気がした。

 あの骨の怪物は、二人の少女が並べていた骨によく似ていた。あの時並べられていた骨格が動き出したら、ちょうどあの怪物になるのではないのか?


(二人が怪物を造り出した?……)


(いや、それは無いな。襲撃者が落ちていた骨の塊を動かしたと考える方がつじつまも合う)


「そうなのかもしれないな……。だが、どうやって探せばいいのか……」


「何か手掛かりはなかったの? 目撃者とか」


「あいにく誰も怪しい人物を見かけたりはしていなかったし、後は……悪しき目か。悪しき目ってこれの事なのかな?」


 テーブルの上に置いた球を指先で転がしてみる。

 それは、ティムシャムの宝珠と呼ばれる玉であった。石像の顔のくぼみに納められていたそれらは、目玉のようにも見えた。


「どうかしら? 四つ揃っていれば、シャムに向こうへ運んでもらえただろうけど、骨の怪物は作ってはくれないわよ?」


「ふむ……、代わりに向こうから誰か来ることも出来た訳か? 骨の怪物を操れるイブリースの眷属と呼ばれるようなものが呼び出されていた事もあり得るのか?」


「出来なくはないけど、シャムが活動していたなら、『魔法』の力が働けばすぐに分かるし……」


「そうか……」


 その仮説が自分でも突飛すぎるものだとは分かっていた。まだワフシヤたちも知らないようなバロシャムの勢力や他の国からの刺客である方が可能性がある。


「しかし、また襲われでもしたら困るからな」


「そうね、街を壊されても困るし、私も探してみるわ」


「かまいませんか?」


 開いたドアを軽く拳で叩いて注意を引きながら、入り口に立っているメルトロウが言った。


「バロシャムから返事がきました。直ぐに二人を引き取りたいと、そして、遺跡について砂の国と会談をもちたいと」


「そうか、直ぐにでも出発できるな」


「それもよろしいですが……、二人を返さないという選択も交渉としてはありなのですが」


 含みのあるメルトロウの言葉に少し考え込んだアリードだったが、顔を上げるときっぱりと言い放った。


「……いや、二人を人質にとるような真似はしたくない」


「そうですね、どこにいるのが安全かは一概に言えませんし。何にしろバロシャムと接点を持てるのは良い事だと思います。遺跡の処遇についてですが、ラドロクアは合同調査団を出す事に同意し、イズラヘイムとは、もう少し話し合いを進める必要がありますが、おおむね良好な返事がもらえています」


「後は、バロシャムとの交渉次第という訳か」


「はい、学術的調査のために一堂に会した調査団が各国の特殊部隊であったなどと言う事にならないためにも」


「……そうですね」


 扱いを誤れば多くの国を巻き込んだ戦いの引き鉄になってしまうのだと、アリードは改めて自分に課せられた責任の重さを感じていた。

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