第97話 『魔法』vs『魔法』

 来夏は、影の前に立ちはだかるようにアリードに背を向けていた。

 なぜ彼女がこんな場所に居るのかという疑問よりも、アリードが口にしたのは警告だった


「ラーイカ、逃げろ! あれは、何だか、とてつもなく、危険だ!」


「うん、そうね。私の障壁がダメージを受けるなんて……」


「障壁?……」


「アリード、みんなを連れて地上に戻って。私が、あれの相手をします」


「しかし、あの影は……」


「ええ、あれは『魔法』……。私と同じ『魔法』……」


 来夏は緊張していた。

 恐れと言う感覚を理解していない彼女にはその言葉が一番しっくりくる。

 それは、彼女にとって、生まれて初めての感覚であったであろう。アリードの身を守っていた、銃やナイフこの世界の何をもってしても傷つかないはずの障壁が傷を負った緊急事態に駆けつけたが、この事態にどうやって対処できるのか分からなかったのだ。


「対象を調査する……」


(……不明。……不明。……不明。……コード:シャム)


 いくつも不明という単語が並ぶ中に、シャムという名称が表記されている。


「……そう、あなたの名前は、シャムというのね」


 彼女の障壁に傷を負わせるものは『魔法』でしかない。

 しかし、目の前の影は、彼女の知るどんな『魔法』でもなく、その名前しか分からない。だが、彼女を攻撃対象として、排除しようとしている。それだけは確かな事だった。

 そして、『魔法』同士が戦うというありえない事態が起ころうとしていたのだった。


(目の前の相手が、対『魔法』戦闘用に造られているのだったら?)


 不安に駆られながらも、来夏は、薄いピンク色に輝く少女の姿を模(かたど)った物を出した。

 刺々しい鎧武者のような影に対するにはあまりにも儚げで頼りなく見えたが、次々と繰り出される攻撃を舞い落ちる花びらのようにかわし、袖を振るかのような動作で、鎧を引き裂いて行く。

 だが、彼女の『魔法』がそうであるのと同じく、相手も、多少の傷など何の意味も持たずに修復してしまう。エネルギー切れで修復出来なくなるような物でもない、根本的な何かが無ければ、『魔法』同士の戦いに決着などありえない。


(『魔法』の戦いの決着……。『魔法』の終わり……は、ある)


 この世界は、突き詰めれば素粒子で出来ている。ボース粒子、フェルミ粒子などの光子や電子、アップ、ダウン、チャーム等のクォーク。そして、それらの超対称性粒子。それとて、全てではない。鏡に映し出されるが如く、同じでありながら違う性質を持つ、対称性粒子ではあるが、何も鏡を置く場所は一つではない。上下左右、いかなる場所にでも置くことが出来るのである。

 一つの粒子の周りに、球を形作り置かれた鏡に映る粒子の数は無限であるが、エネルギーとしての性質が違ってしまえば、絵に描いた餅と同様で何の役にも立たないのだが、安定した無力状態からエネルギーを引きだした物が、ベルたちの使う魔法であった。

 だが、『魔法』は、無限の粒子の世界を鏡に映したかの様な粒子で構成されている。無限の二乗。最早、数字の意味などはない。根本的に構成の違う不滅のエネルギー体、それが『魔法』だった。

 だが、不滅であるがゆえに、自ら役目を終えたと判断すれば、終わりは来る。

 それが、彼女たちの知る死であったが、一つの『魔法』が役目を終えた時、そこから新しい『魔法』が生み出されるのである。


(分解し、吸収する……、再生よりも速く!)


 目の前に相手に対処するために、来夏は新しい『魔法』を創り出していた。相手の『魔法』を分解し、別の『魔法』へと作り変える『魔法』。それこそが、対『魔法』戦闘用に特化した『魔法』であったのかもしれない。

 来夏の『魔法』とでは数世代の差があるシャムは、攻撃特性の変化にはついてこられず、急激に鎧武者を模った影は小さく削り取られて行き、その形も判別できない物となって行く。

 胸に手を当てて小さく息を吐いた来夏だったが、安心するにはまだ早かった。

 『魔法』シャムを作りだした者がまだどこかに居るのだから。

 意を決して、ホールに開いた穴の中へと降りて行く。薄暗く澱んだ空気が、それ以上先が無い事を告げていた。しかし、そこで来夏を待ち受けていたのは、意外な物体だった。

 丸く大きな台座の中心にある深淵が見通せるほどの透明な闇の球体。

 その輝きこそ違えど、来夏がこの世界に来るために使った異世界転移装置によく似ていた。


「これが、あなたの本体なのね……」


 来夏はこの場所が、この星の内側を通って、ジャハンナと呼ばれる場所へ続く通路だと理解した。高温高圧の世界を真直ぐに突き抜ける通路、液体と化した金属や、個体のまま燃える水は、ここを通る人に、灼熱の地獄を連想させたのであろう。

 シャムと名付けられた『魔法』の正体、それは、はるか昔にこの通路を行き来する人々を守るように設置された『魔法』だった。

 砂に埋もれ、通路がその役目を失っても、変わらずこの場所を守り続けていたのだ。


「ご苦労様……、もう、お休みなさい……」


 いつの時代からそこにあったのか分からぬほど、長くこの地を守り続けていたシャムを眠りにつかせた。

 かつて、この世界を訪れ、奇跡を残した者がいる。その者が去り、人々に忘れ去られても、『魔法』の奇跡は、絶えずそこにあり続ける。

 彼女の残した奇跡も、そう、あり続けるのであろうか……。

 それとも、この地を砂漠に変えたのは、残された『魔法』の力によるものなのであろうか。

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