第96話 遺跡

 散らばった骨も、風に吹かれる砂に埋もれて行く砂漠では、足跡を探すなど不可能に近かった。

 それでも、犯人を目撃しながら、早々に捜索を断念したのは、彼以外誰も、ローブを着た男の姿を目撃していなかったからだ。

 痕跡を残さず消えた相手が、本当にそこに居たのか、時がたつほどに、それが幻であったかのような不安を覚える。そして彼らは、確実な手掛かりを求め、警備兵の詰め所に戻っていた。


「アバース、これはなんだ? どこで見つけて来た?」


「……あれは、……あの遺跡は、……そうなんだ、…………」


 最初の目撃者、冒険家のアバースを尋問するためだったが、相変わらず何度も同じ質問を繰り返しても、うわ言のようにぶつぶつと何かを呟いているだけで、尋問に応じようとはしない。それが答えであるのかもしれないと、アリードも初めの内は辛抱強く聞いていたが、こちらの声が耳に入らぬ様子のアバースに、段々苛立ちを募らせていた。


「このメモはなんだ! 何と書いてある!」


 声を荒げた所で、虚ろな目をした彼には、何の変化も見られなかった。


(ここも、あきらめるべきか……)


 こちらの言葉に耳を貸そうともしない相手から、話を聞きだす事など出来るはずもない、彼の執着は自分の発掘した遺跡にしか向いていないのだ。その秘密を人に漏らす事はしないだろうと、あきらめかけたアリードだったが、メルトロウなら、うまく聞き出せるのだろうと考えていた。

 そして、ゆっくりと息を吐くと、落ち着いた口調で話し始めた。


「この玉を見つけた遺跡だが、国で管理する事にした。場所についても、村の冒険者の何人かが、目星をつけているらしく、協力して探せば見つけられるだろう。彼らに遺跡の発見者として、今後の調査を任せようと思うんだ」


 途端に、アバースの目の色が変わった。

 思考の内に入り込んだ虚ろな目が、欲にぎらついた光を取り戻して行く。


「あの遺跡を見つけたのは、俺だ! 俺が、見つけたんだ!」


「まぁ、君が、協力してくれるというのなら、それでもいいが」


 彼ら冒険者が求めているのは、遺跡に眠る黄金でも、古代へのロマンでもない。いや、大勢の人間が押し掛け、その中の一人であった彼らも初めはそうであったであろうが、多くの人がこの地を去り、最早あるかどうかさえ分からぬ遺跡を探し続けている彼らに残っているのは、誰も見つけられなかった遺跡の発見者として名を残す、それだけだった。


「俺が、発見者だ!」


「それは、君の協力次第だ。君が協力してくれなければ、他の誰かに、見つけてもらわねばならないからな……」


 アリードは両手の指を軽く組み合わせた。

 それに何の意味があるのか、彼自身も分かっていなかったが、メルトロウが交渉の駆け引きで相手から答えを引き出す時に取る癖のようなもので、彼の話し方を真似する事で交渉の達人になった気分に浸ってるうちに、その仕草まで真似してしまっていたのだった。

 それが、功を奏したのか、アバースは驚くほど素直に話し始めた。


「わかった。話す、話すよ。その玉は、石像にはまっていたんだ。遺跡の場所は……」


 遺跡の場所は、ゴルドニップから南に砂漠を進んだ、バロシャムとの国境付近であった。

 目印にならない絶えず風で動き回る砂丘しかない砂漠の奥深くに入り込んだ場所で、アバースは、何度も太陽の位置を確認しながら慎重に進んでいく。もしかすると、バロシャムの領地に入り込んでいるのかもしれないと思われたが、それを確認するすべは彼らには無かった。

 かなりの時間をかけて、ようやくたどり着いた遺跡の入り口は、ほとんど砂に埋もれかけていて、彼の案内が無ければ、何日も砂漠を彷徨う事になったかもしれないと、思えるものだった。

 だが、岩の隙間のような入り口から中へ入ると、地下へと続く長い階段が現れ、地下迷宮のような遺跡の壮大さに、背筋に冷たい物が走った。

 階段を下るにつれて、砂漠の熱気も届かぬひんやりとした空気に包まれ始めたが、壁に彫りこまれた不気味な彫刻は、炎で焼かれる人、巨大な鍋で煮られる人、燃える液体を口に注ぎ込まれる人、などと、業火で苦しめられるイメージの物ばかりであった。


「ずいぶん、気味悪い壁画だな……」


「ここは、ジャハンナに通じる道と、呼ばれていた場所です。古代王朝で既に、人々の目から隠され、その存在も伝説の一部となっていた遺跡を、俺は見つけたんだ……。そして、その先にある物を……」


 長い階段が唐突に終わると、そこは地下とは思えないほど天井の高い巨大なホールになっていた。

 地の底に続く長い階段でさえ驚くべき建造物であったが、この場所はそれをはるかに凌駕していた。長い年月の摩耗さえしていない磨き上げられた床に、どうやって天井を支えているのか、柱一つない巨大な空間であった。その中央に4つの石像が立ってあった。

 大きさもポーズもバラバラな石像で、小さい物でもアリードの背丈よりは高かったが、顔に開いた丸いくぼみで目も鼻もなく、そのために口を開けて叫んでいるようである、両端に立つ大きな石像は、その倍はあったが、それぞれ右目と左目に丸いくぼみがあり、胡坐をかいて座す石像には額にくぼみがあった。

 それらの丸いくぼみに、玉がはまっていたのであろう。

 確かに奇妙な場所ではあるが……。


「これで、行き止まりなのか?」


「ここの! この場所の、素晴らしさが分からんのか! この場所の発見は、誰にも発見できなかった、世紀の大発見で……」


 具体的に何かあると期待していたわけでは無かったが、歴史的にどういう意味があるにせよ、アリードの興味を引くものではなく、石像が並ぶだけのホールでしかなかった事にいささか拍子抜けだった。

 アバースが熱狂する姿を冷ややかに見つめ、石像に近づいてみたが、それが、事件の手掛かりになるとは思えなかった。だが、彼らにとっては、これがそれほど重要な物であるのだろうか?

 胡坐をかいた石像の考え込むように目を閉じた顔を見上げた時、目眩のような感覚に襲われた。

 ギシギシと石がこすれる音がホールに響く。波のように足元をすくう揺れ。床が崩落し始めたのだ。


「崩れるぞ! みんな出口へ急げ!」


 大きく崩れ始めた床の中心を避け、壁沿いに回り込みながら階段へと向かって走り出したが、床全体が崩れ出したわけではない、崩落は部屋の中心部にだけ集中し、下向きにハッチが開くようにきれいな長方形を作り出していた。

 生き埋めになる程の崩落ではないと、安心したアリードは、出口に向かいながらも床に開いた穴を振り返った。

 それがさらに下に通じる通路のようにも思え、少しばかりの好奇心が、彼の注意をそこへ惹きつけていたが、その穴から、何かが這い出して来る錯覚を感じずにいられなかったのだ。

 いや、そうではない。

 蜃気楼のように揺れる半透明の影が、そこから這い出ようとしているのだ。


「急げ!」


 だが、声を上げた瞬間、アリードの胸は影に貫かれていた。

 一瞬にして背中まで突き抜けた感触でありながら、彼の体は勢いよく後ろへ飛ばされる。肺を押しつぶされたような感覚は、自分のものではないかのように痛みを伝えず、わずかな傷も残してはいなかったが、押し出された空気を慌てて吸い込まねばならなかった。


「……なっ、何が起きたんだ?」


 動く針山か、剣を振り上げる甲冑のようにも見える影に、感じた恐怖はただ未知なるものへの恐れだけでは無い、彼はそれによく似たものを知っていた。実体があるのか分からぬ半透明の影のような存在に、見覚えがあったのだ。

 それを確かめようと、胸を押さえながら、もう一度、半透明の影に顔を向けたアリードの前に、来夏が立っていた。

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