第95話 死者の軍勢 3

 捜索を終えアバースの住処から出たアリードたちは、真直ぐにゴルドニップの詰め所に戻ろうとしたが、そう簡単にはいかなかった。

 彼らに向かって、大勢の人間の足音が聞こえて来る。

 そう、……大量の骸骨の足音だった。


「まさか、こんな日も高い時間に?」


 何も夜の間だけ活動する魔物なのではない。誰かが操っているのだったら、それがいつ襲い掛かってくるなど、決められるものでは無かったが、せめて太陽の出ている昼間は安全だと、思いたかったのだ。

 しかも、闇に誤魔化される夜とは違い、朽ちかけた鎧やひびの入った骨を太陽の光ではっきりと見せつけられると、さらに、不気味さが増していた。

 それが、隊列を組んで向かってくるのだ。


「走れ!」


 アリードは叫んだ。

 しかし、骸骨の軍隊を引き連れて、村へ戻る訳にもいかない。こんなものを見せれば、村は大混乱になるだろう。彼らは、廃墟の中の狭い通路に駆け込んだ。

 少数なら、叩き伏せる事も出来たであろうが、恐れもなくただ前進してくる骸骨をあれだけの数相手にできる物ではない。だが、石壁に囲まれた通路を走っていると、四方から足音が聞こえて来る。

 すでに囲まれていたのだ。


「どれだけの数が居やがるんだ」


 悪態をついた瞬間、脇道から骸骨が彼に襲い掛かる。

 咄嗟に身構えようとしたところを後ろを走っていた警備兵が、銃の台尻で剥き出しの頭蓋骨を殴り倒した。


「助かった」


 走りながら、後ろに向かって軽く礼を述べた。

 乾いた骨は簡単にバラバラに砕け、動き出す事は無い。纏めて押しつぶせればと考えたが、彼らの装備には、その様なものは無かった。戦闘を考えていたとはいえ、少数の部隊との戦闘、小銃やライフルくらいしか、用意していない。


「戦車でも持ってくるんだったぜ……」


 石の壁の間を走りながら、出くわした骸骨を殴り倒していたが、小さな集落の建物は直ぐに途切れ、建物の間から砂丘が見え始める。これ以上進めば、隠れる場所もない砂漠へと追いやられてしまう。


(いや、待てよ。動きの遅いこいつらの相手なら、見通しの効く砂漠の方がましかもしれん)


「砂丘を駆け上がれ!」


 石の壁に沿って移動していた彼らは、急に方向を変えると、砂漠へと駆け出し、砂の作る急な坂を駆け上がる。

 彼の予想通り、廃墟の間から姿を現して、追って来る骸骨の兵士の歩みは遅く、登り難い砂丘の坂で砂に足を取られて、頂上に着いた彼らは、そこで息を整える時間が稼げた。

 しかし、そこまで登って来るのも時間の問題でしかなかった。


(どうする?……このまま、逃げ続けるか……)


 砂丘の上から骨の軍隊を見下ろし、対策を考えていたアリードだったが、圧倒的数に気圧されていたが、その一体一体をよく見れば、かなり状態の悪いものも混ざっている。既に片腕の無いもの、今にも崩れそうなほどひびの入ったもの。倒していけば、いつかは、動かせる骨が無くなるのかもしれないと、微かな光明が見えた気がした。

 希望があるかもしれないと、さらに良く骸骨の姿観察していると、その中に一人奇妙な物を見つけた。

 古めかしいローブを纏って、死者の群れの中では一見見落としそうになるが、深々とフードを被り顔は、隠しているが、体を包むローブから突き出された手は、骨ではなく、紛れもない人間の物。


「おい、あいつはなんだ?」


「なんの事ですか?」


「あいつだ、ローブを着ている奴だ」


「何処です? どれの事ですか?」


 おびただしい骸骨の中、警備兵たちは、ローブの男の姿を見つけられないらしい。


「俺が、撃つ!」


 アリードは、ライフルのスコープを覗き込んだ。

 骸骨の中からローブ姿を中心にとらえると、突き出された両手のひらに丸い模様が描かれているのがはっきりと見えた。それで操っているのだろうかとも思ったが、直ぐに雑念を頭から追い払った。射撃は得意では無かったが、標的が動かなければ当てる事くらいなら出来るはずだ。

 ――パーン、と、乾いた銃声が砂漠に響いた。

 その瞬間、骸骨が一斉に足を止めた。


(当たったのか?)


 スコープをのぞきローブ姿を探すと、こちらを睨み付ける様にフードを被った顔を向け、右肩を押さえている。

 アリードの銃弾が肩をかすめたのだ。

 動かなくなった骸骨がその場で崩れ始め、スコープの向こうのローブの男は背を向けて逃げ去ろうとしていた。


「おい、逃げるぞ!」


 思わずそう叫んだが、アリードは、傷を負った彼に引き鉄を引くことをためらった。代わりに、スコープから目を離すと、砂丘を駆け下り、崩れた骸骨の間を全速力で駆け抜けていった。だが、その場所へたどり着いた時、ローブの男の姿はどこにもなかった。


「ここに居た男はどこへ行った!」


 アリードは苦々しく叫んだ。

 最大の手掛かり、いや、この事件の犯人その物を逃がしてしまったのだ。死体にしてでも捕らえるべきでは無かったのか。


(いや、それでは……)


 やり場のない葛藤が、彼の中に渦巻いていた。


「アリード、どうしたのですか?」


 突然走り出したアリードを事態が呑み込めぬと言った様子で付いて来た警備兵が声を掛けた。


「ここに、ローブの男が居ただろう」


「……? そうなのですか?」


 彼らは、何の事かまったく分からぬと言った様子で、顔を見合わせていた。

 砂の上に点々と続いていた血の跡も、風にかき消されて、もうどこにも繋がってはいなかった。

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