第94話 死者の軍勢 2
何時までも、じっと空を見上げている訳にもいかなかった。夜通し戦った疲労はあるものの、数人がかすり傷を負った程度で済んだのは幸運だった。
倒していた時には気が付かなかったが、いかにも年代物そうな古い鎧を着こんだ兵士や、ボロボロにはなっているが近代的な軍服を着た骸骨もある。
なぜ動いて、襲い掛かっていたのか、これがどういう物なのか理解できなくとも、人間の遺体である事には変わりなかった。
アリードたちは、出来る限り他の骨と混ざらないように、拾い集めた骨を一体づつ袋に分けて詰めていった。
あらかた袋詰めが終わると、それらを警備兵の詰め所まで運んだが、問題はその置き場所だった。
バラバラになった骨ではあるが、夜になると、また動き出すかもしれないと、思わずにはいられなかったため、彼らは、犯罪者を閉じ込めるための鍵の付いた鉄格子の中に、保管する事にしたのだった。
「……まさか、本当に、骸骨を逮捕する事になるとはな」
アリードは皮肉っぽく呟いたが、この事件が、これで終わりになる筈が無いと理解していた。
骨に目的など無い、例えそれが動き回ろうとも、どうやってかは分からなくとも、骨となった死体を操って、何かを成そうとしている者の影が、見え隠れしている。
これほど大掛かりで、人目を引いてでも成し遂げるための何かがそこのある。
(人目を引いて?……)
アリードは、その考えに違和感を感じた。
確かに、骨が動いている姿は、一度見れば忘れられぬ光景であったが、それ故に、伝え聞いた者は、笑い飛ばして、すぐに忘れてしまうであろう。
彼自身もそうだった。
これが、銃を持った軍隊であるならば、彼もそれなりの部隊を率いて駆け付けた筈だ。
荒唐無稽な怪談であったからこそ、わずか二人の護衛と、ナンムから派遣された不埒の警備兵の五人だけで、この事件の調査に乗り出したのだった。
(ならば、目的は、この小さな村ゴルドニップにある)
そう結論づけられた。
「アバースの住んでいた家の捜索に掛かるぞ」
初めに、骸骨の兵士に遭遇した男。その場所に一人で住んでいた男。
彼こそが、手がかりを握っている。いや、彼だけが、アリードたちに手繰れる細い糸だった。
しかし、アバースの家は、寝室と物置のような作業場だけであったが、時間をかけて捜索しても手掛かりは見つからなかった。多くの地図に、書きなぐったような印もつけられていたが、それらは埃をかぶって、長い間見向きもされていなかったようだ。
捜索を諦めかけた頃、警備兵が寝室から呼びかける声が聞こえた。
大した家具もなく、調べる場所も無かったはずだが……。
「アリード、この床が……」
歩き回ってもわからないほど巧妙に造られた隠し扉になっており、中には、布に包まれた荷物と意味不明の文字が書かれた紙が丸めて入れられていた。
小さな包みは、布をほどいて見ると、宝石のように磨き上げられた玉だった。
少し赤みのかかった透きとおった玉。
アリードはそれに触れるのを躊躇った。それは、来夏が『魔法』で作りだした物を連想させたからだ。似通っただけの、全く別物であるとは分かっていても、触れてはならぬ物のように思えた。
代わりに、丸められていた紙を広げる。
「これに書かれた意味は、分かるか?」
「……アバースの作った暗号のようですね。秘密を守るために、ここまで用心していたのでしょうか」
「なら、奴に聞くのが手っ取り早いな」
アリードは、立ち上がる拍子に、何気なさを忘れぬように玉を拾い上げた。
片手で持つには、大きいかと思われた玉は、意外なほど軽く、それが、彼のよく知っているものでは無いと告げていた。
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