第93話 死者の軍勢 1
日が傾き、砂丘の影が長く伸び始める頃、アリードたちは、村はずれの空き家のいくつかに、分かれて身を潜めていた。内戦中、息を潜めてて騎兵を待ち構えていた時の事を想いだしたが、あの時と違い、急激に冷やされた風が体温を奪って行き、体を丸めて堪えなばならなかった。
下がり始めた気温は、際限なく冷えて行くかのようで、長く伸びた影に細切れにされながらも最後まで残った陽だまりの温もりに目掛けて、吹きつける風は一層強さを増していた。
天高く、巻き上げられた砂塵が、ゆっくりと地面に落ちると、砂漠は闇に包まれていた。
この闇のどこかに身を潜めた襲撃者がいるのだと、アリードは、肩に立てかけていた銃を握りしめた。
「襲撃者は、何者でしょうか?」
「さぁな……」
落ち着かない様子の警備兵に、そっけなく答える。
彼も、その疑問を、尋ねられるものなら、誰かに尋ねたかった。
国境と言っても、広大な砂漠が広がるだけの地域では、見張りどころか目印さえない。過酷な自然環境が仕切っているだけで、それなりの用意をすれば、どこからでも入り込める。
しかし、そう迄して、掘り起こされた遺跡と諦めきれぬ夢しかない、こんな小さな村で騒ぎを起こす理由はない。
何者かも分からぬ相手を、じっと、待つしかなかった。
昼間仮眠を取りはしたが、寒さに耐えながら息を潜めていると、いつの間にか睡魔がやって来る。眠りに落ちそうになっては、頭を振って意識を呼び覚ましていた彼らだったが、何度目かの抗いがたい睡魔が訪れた頃、途切れかけた意識の隙間から、ガサリと、微かに砂を踏む足音が聞こえて来た。
途端に、全神経を張り詰めて耳をそばだてた。
――ザクッ……ザクッ……。
風に乗って近づいてくる音は足音に間違いない。
「来たぞ……」
アリードは、潜めた呟きを漏らした。
やっと、襲撃者の正体を掴める。しかし、警備兵を襲った相手だ、油断はできない。相手が近づいてくるまで、息を潜めていると、確かに聞こえてくる足音は一つでは無かった。
いくつもの足音が、目的も無く彷徨い歩くかのように聞こえて来る。
そこで暮らしている人々が、いつもと変わらぬ日常の生活をおくっているかのように。
そのうちの一つが、彼らの隠れる家の前に向かって歩いて来る。
襲撃者の姿が十分確認できるまで引きつけて、アリードは銃を構えて飛び出した。
その後に、警備兵たちも続く。
不意を突けた、反撃される心配も、逃げられる心配もない、絶妙のタイミングだった。
だが、叫び声を上げたのは、彼らの方であった。
彼らの目の前には、ボロボロになった古代の鎧を着けた骸骨が立っていたのだ。
拾い集めた骨を白っぽい糊で張り合わせた様に関節から、軟骨がはみ出している。伽藍洞の眼孔は、頭蓋骨の内側が覗いていた。
「アリード!!」
警備兵の絶叫するような叫びに振り返ると、必死の形相の彼らが写る。その視線は、自分の後ろにいる何かを見つめていた。
体をひねって、振り返り様に銃を構えようとすると、目の前で別の骸骨が古びた剣を振り上げていた。
引き金に指をかける暇もなく、向けようとした銃身で骸骨の頭を殴りつける。
腕に痛みが走った。
(斬られた?……いや、服も切れていない……)
「アリード、ご無事ですか?」
「ああ……、こいつは、何なんだ?……」
銃声が響いた。警備兵がか骸骨に向けて発砲したのだ。しかし、弾の当たった骸骨は、僅かに揺れ動いただけで、ゆっくりと、こちらに近づいて来る。
さらに、銃を構える警備系にアリードは叫んだ。
「銃を撃つな! 相手は骨だ、鎧を撃っても効果はない。それより、大した強さじゃない、銃でも棒でも、何でもいいから殴り倒せ!」
その言葉通り、棒で叩きつければ、骨はバラバラになって崩れ落ちる。しかし、一体倒すと、物音を聞きつけてか、数体の骸骨が、通りに姿を現して彼らに向かって来た。
耳も目もない骸骨がどうやって彼らを探し当てるのか分からなかったが、アリードたちは、互いの背後を守り合うように陣形を組むと、拾った棒や奪い取った武器で、骸骨を殴り倒していった。
無限に湧き出るかと思われた骸骨の兵士たちも、次第に数が少なくなり、東の空が明るくなり始め、闇を切り裂く一筋の光が現れると、彼らの足元には、動く物もなく、地面に散らばった骨だけが残されていた。
「ぷはぁー、はっはっはっ、はぁはぁ……」
一晩中棒を振り回し続けた疲労で膝を付いたアリードの口から、息をするのも忘れたと言わんばかりの大きなため息と笑いが漏れたが、笑い続けられるほど息が続かなかった。
ただ、彼らを照らし出す強い太陽の光に、安堵の笑みを浮かべた顔を向けていた。
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