第79話 砂漠の王 1
統率のとれていない撤退は、もう一つ、幸運をもたらしていた。
慌てて爆弾を爆発させた部隊と、タイマーや仕掛けワイヤーを設置して、撤退した部隊が入り混じり、相手からすれば、行動が読みにくく、進軍に時間を掛けねばならなくなっていた。
無理に瓦礫を片付けようとせず、後方に続く車両を、道の被害が少ないルートに回したりと、予定の変更を強いられたのも要因であった。
その時間で、アリードは砂の広がる砂漠に、部隊を配置していた。
数人などではなく、もっと多くの人数と、少しの重火器もある。しかし、隠れる場所も無い砂の上に広がっても、岩山の間から出て来る兵士に狙い撃たれてしまうだけであろう。
だが、そうでは無かった。
砂の一色に染め上げられた砂漠は、どこまでも平たんに見えたが、風に吹きあげられた砂紋は、時に数十メートルの高さにもなる。不慣れな者にとっては、岩の柱が乱立する針山よりも、さらに複雑な巨大迷路であった。
近づいてみれば単色の砂山は、遠近感がおかしくなり、頂上がどこにあるのかさえ分からなくなる。あえてそこを登ろうとするはずもなく、歩きやすそうな場所を選ぶと、砂の山に挟まれた谷へと、進んでしまう。
それが、仇となるのであった。
突然、砂山の上に現れた兵士に銃撃されれば、散開しようにも、足場の悪い砂の坂を上る訳に行かず、車両を盾に、一塊になれば、砲撃の好い的だった。
兵士の練度による射撃の正確さや装備の優劣に、格段の差があった大国連合軍であったが、砂の国の兵が身を隠す砂の山の防弾効果には手を焼いていた。ライフルの弾は、手で掘れるような砂に埋もれ、戦車の砲撃も砂塵を派手に巻き上げるだけで、何ほどの効果があるのかという程度だったのだ。
そして、時間が経てば、砂の山が風に動かされ、盾代わりにしている車両を砂の中へ飲み込もうとする。そのため、大国連合軍は岩山に引き返し、後続の到着を待たねばならなくなった。
「アリード、あいつら何故か、同じ場所に固まってくれるぞ! 撃ってくれと言ってるようなものだ! このまま海まで叩き返してやるぜ!」
「ああ、この砂が、俺たちに味方してくれている……」
上手く出鼻をくじくことが出来たと言っても、後続の部隊が到着すれば、圧倒的な戦力差は覆せない。さらに、距離を取り、慎重に攻撃を仕掛けねばならなくなる。
それに、砂漠が無条件に彼らに力を貸してくれるわけではない。焼けた砂の上に身を伏せて、戦い続けるのは、彼らにとっても過酷な試練であった。
(戦いの高揚感が、いつまで持つのか……)
だが、彼の気がかりは、一瞬にして吹き飛んだ。
悪い方へ。
ゆっくりと、後退しつつあった部隊の一つがいた砂山が、大きく砂塵を巻き上げて吹き飛んだのだ。
「砲撃か? みんな、伏せろ!……」
大口径の長距離方が撃ち込まれたのかと、号令を出すが、砂を運ぶ風に火薬のにおいがしない。
そして、砂塵の向こうから聞こえる、悲鳴と銃声。
視界を塞ぐ砂塵が揺れ動いた時、誰もが逃げ出す事も忘れてその場に凍り付いた。
「何だあれは……」
口から零れた驚愕は叫びにもなら地に落ちた。
風に乗った砂塵から姿を現したのは、ハサミで兵士の体を掴みあげるほど、巨大なサソリだった。
(……怪物…………)
突如、目の前に現れた怪物の恐怖に、彼らは、何も考えられぬ人形のように立ち尽くしていた。それは、ハサミに掴まれた兵士の胴が断たれても、同じだった。
だが、見たことも聞いたことも無い、この怪物が何なのかを考えるため頭を巡らした者の恐怖は、それ以上だった。
艶やかで硬い鋼鉄のハサミに、分厚いガラスの奥で動く複眼。
それは、生き物ではない、人の手で作られた兵器だった。
振り上げられた尾から、放たれたレーザーが、砂丘に一直線の焼け溶けた印をつける。
「これが、大国連合の兵器だとでもいうのか……、こんな物が……」
圧倒的兵力差の大国連合軍にわずかな兵力で、立ち向かおうとした彼らでさえ、目の前のたった一つの未知なるテクノロジーに、歯向かう力もなくして膝を付いた。
理解しえぬ力を前にした絶望に。
力を失くした獲物を品定めするように、ゆっくりと動き出したサソリが、アリードの前へとにじり寄る。レーザーを放つ尾を振り上げて。
「はっはっは、どうだ、このデストロイヤーの性能はっ! 貴様らを始末するためだけに造られた、砂漠の王に相応しい性能はっ!」
サソリが突然、男の声を上げた。
聞き覚えのある、独特な発音の声……。
「まさか、……クルクッカ……なのか?…………」
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