第78話 英雄の光と影 3
切り立った岩の向こうに薄っすらと砂塵が上がり、大勢の人間の揃った足音とキャタピラの軋む音が響いて来る。岩の上に登り、様子を見る訳にもいかない彼らは、じっと身を潜めていた。
ただ岩を崩しただけでは、簡単に吹き飛ばされて通過されてしまうだけだ。足止めをするには、出来るだけ多くの兵士を巻き込んで被害を出さなければいけない。戦車の一つでも下敷きに出来れば、それ自体が障害物にもなってくれるだろう。
しかし、敵が近づけばそれだけ失敗のリスクを伴う。
段々と近づいて来る足音が岩の間をこだまし、身を伏せている彼らには、直ぐ側の岩の向こうに敵がいるような錯覚にとらわれる。
その時、爆発音が上がった。
遥か遠方、別のルートで起爆を開始した音だったが、張り詰めた緊張の中、その音に、彼らは耐えきれなかった。
反対側に配置した兵士が爆薬を起爆させたのだ。
目の前で轟音を上げて大きな岩が倒れる。砂煙が天高く舞い上がり、視界を塞いだが、先頭の数名の兵士を巻き込んだかどうかという所だった。
わずかの銃声が聞こえたが、直ぐに怒号が飛び、辺りは静まり返る。
統率を取り戻し、砂煙が晴れるまで様子を見ようというのか?
「アリード、直ぐに退避しなければ……」
背中に張り付くように寄り添った兵士が小声で話しかけたが、彼は、起爆スイッチを握ったままじっと動かない、それをまだ押していなかったのだ。
「アリード!」
押し殺した声が悲鳴のように彼の名を呼んだが、アリードは、目だけを動かし兵士をにらんだだけだった。
この期に及んで、恐怖に動けなくなったとでもいうのか。動かない彼らに向かって、立ち昇る砂煙の向こうから、金属の軋む音が近づいて来る。
突然、爆音と共に、彼らの直ぐ側の大きな岩が弾け飛んだ。
戦車が砲撃を開始したのだ、しかし、飛び散った岩の破片がバラバラと降り注いできても、アリードは動かなかった。降り積もった砂埃に色付けされ、彼自身が石になったかのように動かなかった。今更逃げ出しても遅いと、覚悟を決めた兵士たちも、彼と同じく石のように、身を潜めていた。
砲撃は一発きりだった。
連合軍は、待ち伏せを警戒して射撃を行ったが、一発も討ち返してこないと見ると、無人で起爆するように仕掛けられたトラップであると判断したのであろう。砂煙が収まり始めると、倒れた大きな岩を戦車で強引に押しのけて、軍を進めようとし始める。
重い物を引きずる、唸る車両の音が岩の間に響き始めた。
(今だ!)
アリードが、起爆スイッチを押すと、巨大な柱のような岩が戦車に向かって倒れる。叩きつけられた岩で砲身が曲がる音と乾いた爆発音が上がり、再び砂煙が立ち上った。
「退くぞ!」
アリードは、号令を出すと、成果を確認せずに全速力で走り出した。僅かな兵士と二つの爆薬で戦車一台、それで十分な成果と言えたものだろう。次の爆破ポイントでさらに被害を出せれば、かなり進行を遅らせることが出来る。
だが、異変は既に起きていた。
次の爆発ポイントに着いたアリードに、見張りをしていた兵士が慌てて岩から転がるように下りて駆けつける。
「敵が散開し始めました!」
戦場で、敵と接触した部隊がいつまでも並んで行進している筈など無いのだ。歩兵が岩の間の道なき道に広がり、潜んでいる敵を狩り出し、後方では長射程の砲撃の準備が行われているのだ。
順番に道を爆破するなど、机上の空論でしかない。
「どうしますか、アリード」
「撤退だ……、いや、起爆装置にタイマーを仕掛けて、砂に埋めてからだ」
散開した歩兵部隊に、小さな爆弾一つでは効果は無いが、うまく発見されずに済めば、大型の車両の進軍は阻める。しかし、それが正解であるのか……。
爆破が早過ぎれば、撤退したことを相手に教えてしまうだけだし、時間をかけすぎれば発見されるリスクが上がる。どちらにしても、悪い結果を想像してしまう。
天然の要害である筈の地形も、直ぐ側に敵兵が潜んでいる恐怖を掻き立て、一刻も早くこの場から逃げ出したくなっていた。
彼らは、僅かばかりの時間を稼いだだけで、戦場と言うものを思い知らされる結果になったが、それが良い結果ももたらしていた。散らばった部隊が無駄な戦闘をせずに引き上げてきたため、ほとんど被害を出さずに、岩場を抜けた砂漠で待ち受ける部隊と合流出来たのだ。
圧倒的な数の不利を、さらに広げずに済みはしたが、もうこれ以上、下がる場所も無くなってしまったのも事実だった。
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