第80話 砂漠の王 2
砂を運ぶ風の中を男の勝ち誇った笑い声が響いていた。
なぜ、クルクッカがこんな物に?
それが分からなくとも、彼の目的は、分かり切っていた。
呆気に取られていた兵士も、嘲るような笑い声に、恐怖を怒りに塗り替え、銃弾をサソリに向かって放つ。金属の跳ね返る音と銃声が響くが、それでも、アリードは動けずにいた。
共に、アルシャザードと戦い、袂を分かった結果、命を狙われはしたものの、砂の国のために戦っていたこの男が、大国連合に加担している。
この男が何のために戦っているのか、理解できず、ただ、目の前の命を奪うだけの化物に見えていた。
(同じ砂の国の人間が、なぜ、これほどまでに血を流そうとするのか……)
「はっはっは、そんな豆鉄砲が効くものかっ! きさまは、やり過ぎた、ここで、くたばっちまえっ!」
容赦のない笑い声が上がり、尾のレーザーが、身じろぎもしないアリードに照準を合わせる。
「なっなんだ?」
高く振り上げられたサソリの尾が、さらに高く天へと伸びあがり、それに釣られるように、足が地面から離れて行き、巨体が宙へと舞い上がった。
レーザーを放とうとした一瞬の事、空から滑降してきたクアトリムの顎がサソリの尾を咥えて、放り投げたのだった。
「何をしている! へたり込んでいる場合か!」
翼を広げた龍の咆哮に、頬を叩かれたような衝撃を受け、はっと頭を振った。
(考えている場合じゃない!)
「散開しろ! 固まっていると狙い撃ちにされるぞ!」
大声で兵士達に号令を出し、砂塵を巻き上げて砂丘に叩きつけられたサソリに銃を構えるが、既に、そこに姿は無かった。
かなりの勢いで叩きつけられても柔らかい砂の上では、大したダメージもなく、弱にそのまま、砂の中へと身を隠したのだ。
砂の中を自在に動き回る怪物。いつどこから襲われるか、分からぬ恐怖、足の裏の砂を掻き分けて、襲い来る巨大なハサミ、これほど、砂漠で出会いたくないものは無かった。
静まり返った時間が恐怖を募らせ、滲み出る汗は、照りつける太陽の物か。しかし、兵士達は、静かに砂丘の頂上に散らばっていた。
彼らも砂漠をよく理解している。砂の中を自在に動き回れたとしてもあれだけの巨体が掘り進むのなら、砂丘の頂上付近に来れば、表面が崩れ出すのを避けられない。
もう一度顔を出そうとしたところを、先手が取れれば……。
だが、沸き起こったのは兵士たちの悲鳴だった。
砂の焼ける臭い、レーザーだ。
僅かに尾の先だけを砂からだしレーザーを放ったのだ。
万全の態勢で待ち構えているとはいえ、じっと動かない彼らは、的でしかない。
誰もが一瞬の判断に迷った。
レーザーを避けるために、動き出せば、崩れる砂に混じってサソリに近づかれる。だが、このままじっとして居ても、順番に焼かれるだけだ。
しかし、考える暇もなく、アリードの視界の先で、小さく砂が盛り上がりサソリの尾が顔を出し、真直ぐに向けられたレーザーの照射口が、彼を捕らえていた。
(しまった!)
身を隠す暇もなくレーザーがアリードに向かって放たれる。だが、赤い光が輝きを増した刹那、強烈な風が砂を巻き上げた。
(これは、どういう事だ?……)
彼を射抜く筈のレーザーが、砂塵の中をぼんやりと照らすだけの赤い光となっている。
驚いた彼に、頭の上から、大声が降り注ぐ。
「あんなものが何の役に立つ! 舞い上がる砂で減衰させれば、何の威力も無い」
勝ち誇ったドラゴンは、甲高い奇妙な笑い声をあげていたが、これでは……。
「全員、砂丘を滑り降りろ!」
アリードは大声で叫んだ、レーザーから寸での所で命を救われたが、砂で視界を塞がれれば、サソリの動きを見つけられなくなる。
彼のとっさの判断も、サソリの動きには間に合っていなかった。
砂丘を駆け下っていた兵士の一人が、背後から突き出た巨大なハサミに、砂の中へと引きずり込まれた。
「くそう、化物め!」
何人かが激情に任せて、反撃を試みるが、銃の弾は砂に埋もれて行くだけであった。
「よせ、無駄弾は、撃つな」
しかし、彼もこの怪物に対してどう対処していいのか、何も思いついてはいなかった。
遠距離からのレーザーと足の下から襲い掛かる巨大なハサミ、単純ではあるが、それだけに、対処の仕様がない。
(奴が掘り進めない硬い地面の場所まで逃げきれれば……)
それが不可能であるのは、考えるまでも無かったが、そう思わずにはいられなかった。
完璧なタイミング。
これ以上ないタイミングで、襲い掛かって来たのだ。
万に一つも、逃げ出せる隙などある筈が無い……。
目を凝らし、砂の動きを見つめながら考え込むアリードに、背後から邪魔にならぬよう静かに、大きな二本足で砂の上をクアトリムが歩いて来る。
長い首を左右に振って、自分の巻き上げた砂が事態を悪化させたと、気まずそうに辺りを見回しているようであった。
黙ったままのアリードの顔の表情を、こっそり覗き込むように、首を振っていたが、いきなり大きく翼を広げた。
「アリード、あの程度の物を、倒せんのか?」
「……砂から引き出せれば、砲撃が出来るんだが」
それでも、硬い装甲に通用するのか分からなかった。それよりも、素早い動きの相手を砲撃できるのかさえ分からない。
「うむ、ちょっと待っていろ」
考え込むアリードを他所に、辺りを見回したクアトリムは、空高く舞い上がった。
素早く砂の中を出入りする相手を、空中から探す気なのかと、ドラゴンの姿を見上げたが、上空を円を描いて高く舞い上がると、物凄い勢いて地面に急降下して来た。
目を開けていられないほどの砂が辺り一面を覆い尽す。
「うっ、くっ……、バンカーバスターか?」
上空から勢いを付けたドラゴンの巨体が、砂へ激突したのだ。爆弾が爆発したどころではない。
たまらず、咳込む顔を手で覆って、砂塵から逃れようと走り出したが、どっちに進んでいいのかも分からず、闇雲に動き回っていただけであった。
だが、当然の強風が、視界を塞いだ砂を吹き飛ばす。
ドラゴンの羽ばたきだった。
撒き上がる風の中に見た物は、翼を広げた堂々たる姿に、強靭な顎には、サソリの尾をしっかりと咥えたドラゴンの雄姿だった。
神話の魔獣の戦いを思わせる光景にも、見惚れている暇はない。アリードは、直ぐに兵士に号令を出した。
「砲撃の準備だ!」
あらかじめ、大国連合軍が砂漠に進み始めた時のために、用意していたのだったが、サソリがアリードを狙ったため、離れた場所に配置してあった自走砲が無傷であったのも幸いした。
「照準よし! 直ぐにでも撃てます!」
「クアトリム! 離れろ!」
アリードは、ドラゴンに向けて大声で叫んだ。
その声が巨大な怪物同士の戦闘の合間に届くのか分からなかったが、声の限り叫んだ。
彼の想いが通じたのか、ドラゴンは尾を咥えたまま、アリードに顔を向ける。
(声は届いた!)
「よし、撃て!」
アリードの号令と共に爆音が上がった。
彼らの持つ火力の中で最大の物だが、翼のあるドラゴンならば、簡単にその威力の範囲から逃れられるだろう。だが、ドラゴンは、サソリの尾を咥えたまま動かなかった。
「何をしている! クアトリム、飛ぶんだ!」
ドラゴンは、アリードの声に顔を背けるように首をひねった。
いや、首だけでは無く、体ごとひねると、一回転するように反動をつけて、サソリを宙へと投げ飛ばした。
アリードは、呆気に取られて声も出なかった。
砲撃をかわすために空へと飛び立つと、思っていたが、その砲撃を迎え撃つかのようにサソリを空へと投げ飛ばしたのだから。
砲弾の描く放物線を、逆からなぞるように、空へと飛んだ巨大なサソリは、空中で大爆発を起こした。
黒い煙を引いて破片が砂漠へと散らばって行く。
砂漠を縦横無尽に動き回る怪物を、彼らは、倒したのだった。
空に広がる黒い煙を見つめ歓声を上げる兵士達を、アリードは静かに見回していた。
多くの兵士が傷つき、とっておきの砲弾も使ってしまった。
もうこれ以上彼らに戦う力は残っていなかった。だが、大国連合軍が、隊列を整え砂漠へと侵攻を開始するのはこれからだ。
これからが、本当の戦いとなる……。
アリードは、部隊をまだ戦う気力のある兵士と、負傷した者たちとに分けた。
「バルク、頼んだぞ」
「ああ、死ぬなよ、アリード」
彼らは短い別れを告げた。
アリードは、傷ついていない屈強な兵士を率いて出発する。
バルクは負傷した兵士達を率い近くの街へと向かう。
そこで投降するためだ。
砂漠の中で戦う彼らがいる限り、投降は直ぐに受け入れられるだろう。
しかし、重火器もない少数の部隊で、砂漠の中を逃げ惑うだけの戦いが、いつまで続けられるのか、彼らにさえも、その苛酷さは分かっていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます