第52話 私に出来る事
来夏は、はやる気持ちを押さえられずに、病院の廊下を速足で通り抜けていた。
彼女が不安な表情を浮かべていれば、他の人間はさらに不安がるであろう。だが、気持ちを静めようとしても、次から次に、思い出したくもない光景が目に浮かぶ。
それを表に出さないように、堪えながらも、急ぐ足を止められなかった。
病室の扉にたどり着き、気持ちを落ち着けてドアを開けようと、一息ついた時、内側から大きな声が聞こえて来た。
「大げさなんだよ! まったく……」
元気のよい、少し不機嫌なアリードの声だった。
彼は、病室に入ってきた来夏に、包帯を巻かれた左手を上げて、にこやかな笑顔を見せた。
「来夏も来てくれたのか、すまない。かすり傷だというのに、入院させられるなんて……」
「傷が化膿する事もありますし、万が一があっては……」
病室内に詰めていた警備隊長が直ぐにでも退院すると言い出すアリードを、慌てて押し留めていた。
万が一、その万が一が起こったのだ。
邸宅で襲撃者を逮捕し、事件は解決したと、誰もが油断していた頃に、人込みに紛れて近づき発砲するという、単純で無計画な方法で行なわれた。
犯人が逃走する事を計画に入れていない犯行は、単純なだけに予測して防ぐのが難しく、アリードが上げた手に銃弾がかすっただけで済んだのは、軌跡に近かった。
「よかったわ、アリード……。大事にならなくて」
「バルクが鍋を爆発させた時は、こんなもんじゃなかったし、イルイルの泥団子を食べた時は……」
何ともない事をアピールしようと、わざと左手を使おうとするアリードに、周りの者がはらはらしっぱなしであった。
「ダメよ、アリード。イルイルだって、風邪を引いた時は大人しくしていたわよ」
「いや、あっ……、こりゃ参ったな……」
不満を言いつつも、大人しくベッドの上に居るアリードの姿を見ると、やっと、安心できた。
だが、それと同時に。
この国の為にも、こんな事で彼を失う訳にはいかないというのに、来夏は自分の判断が甘かったのだろうかと、後悔しなければならなかった。
あの時、街の人間を全て調べれば、残った襲撃者の仲間を見つけられただろう。
朋美がドラゴンで追い払った襲撃者を全て捕らえていれば……。
しかし、それも今更の話であった。
現に捕らえられた犯人は、ごく普通のこの街に住んでいる人でしかなかったからだ。
(その彼らを捕らえたとしても……)
新しい体制に、変革に、不満を持つ者もいるだろう。しかし、それだけでは捕まえることは出来ない、だが、来夏が捕らえたのなら、他に証拠を見つけられなくても、犯人として扱われ、誰もが公平な裁判の結果として受け入れる。例え未来の彼が犯した犯罪に対してであっても。
彼女にはそれが恐ろしかった。
自分の判断が間違っていたら、それを誰もが正しいと受け入れてしまったら……。
自分の残した言葉が、盲目的な信仰によって、争いの種になってしまうのではないかと、恐れていたのだ。
彼女の『魔法』には、それだけの力がある。
しかし、理解できない力は、やがて、恐怖を生む。
彼女が、彼らのために『魔法』を使えば使うほど、アリードの進んむ先に恐怖政治という暗い影を落とすのではないかと、恐れていたのだった。
(私には何が出来るの?……)
もう、誰かを失わないためにも、立ち尽くしている場合ではない。
そのためには『魔法』の力を最大限利用してでも、出来る事をしなければならなかった。
それは、彼女自身の為でもあった……。
胸の内で、まだしっかりとした形を持たない想いを噛締めていた来夏に、綿の花が弾けるような歯切れのよい声が話しかけた。
それは、来夏だけに聞こえる、『魔法』を使って伝えられた朋美の声だった。
「来夏、お客さんが来たわよ」
「お客さん?」
「うん、この世界の魔法少女よ」
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