第53話 魔法と『魔法』少女
散歩の途中で奇麗な花を見つけたかのような朗らかな朋美の言葉は来夏を飛び上がらせるほど驚かせた。
この国の魔法少女、それは、あの日以来行方の分からなかったベルに違いなかったからだ。
(ベルが無事だった……)
それだけで来夏は胸が熱くなる想いだったが、彼女が再び砂の国に来たという事実がどういう意味を持っているのか、不安も覚えていた。
最後に見た彼女の姿を思い出していた。
痛々しいほど、真直ぐに来夏を見つめ返すベルの瞳が示す、強い拒絶。
彼女の背負った十字架も、決して譲る事の出来ない道を歩まねばならないものだった。
ベルにとって、この国に住む人は、アリードたちは、まだ、敵なのであろうか?
手を取り合うことは出来ないのだろうか……。
「来夏、この子たち、面白い魔法を使うわよ。調べてみてもいいかしら?」
「待って! 私が行くから」
来夏は一瞬にして飛んだ。
朋美の居場所は正確に分かっていた。国境付近、ずいぶん遠くまでドラゴンの散歩に出ていたようだ。その姿を人目にさらして無用な混乱を招いたりはしないのだが、彼女たちと接触してしまったのは、この世界の魔法少女に、興味がわいたのだろう。
魔法少女たちと対峙していた朋美は、初めて見る蝶でも見るかのように、彼女たちを見つめていた。
三人の少女が、そこに居た。似通った格好をしていたが、それはベルでは無かった。
赤い炎のように温かな髪の色をした少女は、仲間を守る騎士のように凛々しい佇まいを見せている。
その後ろに控えている少女は、対照的に淡い水のような透明感のある美しさを持っていた。
そして、砂の中から突き出した、岩を重ねた蛇の頭の上に立っている小さな少女は、その瞳にベルを思わせる強い意志が込められていた。
ベルでは無かったが、彼女たちから感じる力は、ベルの魔法とよく似ている。
仲間なのだろうか?
少なくともベルの事を知っているかもしれない。
彼女たちにベルの話を聞きたかった。
彼女は無事なのだろうか、と。
しかし、彼女たちから発せられる警戒は、初めてあったベル以上にピリピリと空気を震わすほどの殺気が込められている。
偶然出会った大きな獣に恐怖した警戒ではない。
彼女たちは私を知っている。そのうえで、これほど頑なな態度を取っているのだと確信させる強い意志が感じられたのだった。
(彼女たちの警戒を解かなければ……)
争いたいわけじゃない、話をしたいのだと、彼女たちに伝えるにはどうすればいいのか。
ベルと言葉を交わしても、伝えられなかった想い。それを彼女たちに伝えられるか、来夏には自信がなかったが、出来るだけ警戒されないように、両手を広げてふわりと前に出た。
ゆっくりと来夏が近づいた、ほんの一瞬、瞬きする間に、赤い髪の魔法少女アシュルの姿が目の前から消えた。
驚異的なスピードで来夏の死角に回り込み、炎の剣を振り下ろす。
彼女の持っていた抜身の双剣は、剣というよりは、緩いカーブを描く反りがあり、日本刀に近い形をしている。鋭くて真直ぐに伸びた刃は、美しく繊細で、力強い。
その様な造形を作り出せる魔法は、彼女の想いを表しているようであった。
来夏はそっと、刃に沿って指を滑らす。
温かかった。
真直ぐで曇りない彼女の想い。
研ぎ澄まされた美しい輝きを放つ心。
だが、その強さは、非常に欠けやすく、脆い弱さも兼ね備えている……。
(この子も、ベルとよく似ている……)
胸に込み上げてきた想いは、ベルへの想い。
懐かしさや温かさと言った入り混じった感情に溢れそうになる涙は、手を差し伸ばそうとすれば、傷ついてしまう、脆く頑ななベルの姿を彼女に重ねていた。
来夏は自分でも気づかぬうちに、アシュルを胸に抱きしめていた。
優しく、柔らかく、傷つけぬように。
アシュルを抱きしめる来夏を包み込むように、空中に水の玉が出現した。
透き通った水の中を通る日の光が、風に揺れるようにキラキラと輝き、幻想的な美しさに目を奪われる。
来夏が美しい光の舞を見上げた瞬間、腕の中からアシュルの体がするりと、滑り落ちた。
水の中を真っ逆さまに地面へと落ちて行く彼女の体を拾い上げようと手を伸ばそうとしたが、アシュルの急に向きを変えて、空中を滑るように飛ぶと、もう一人の青い魔法少女、エンリルの側に舞い戻った。
「ずいぶんな挨拶ね。それとも、こういうのが、この世界の風習なのかしら?」
朋美は、水の玉の上に座ると、水面の中に手を入れて、冷たい手触りを楽しむように、ぴちゃぴちゃと波立たせていた。
「上手く彼女たちと、お友達になれなかったの?」
「うん……」
簡単に言ってしまえば、そういう事だ。
ベルともう少し話し合うことが出来ていたなら、彼女たちとも、もう少し違った挨拶が出来たのかもしれない、と。
「ゆっくり話を聞いてもらえるように、捕まえちゃおうか?」
「ダメよ! そんなの」
慌てて止めようとする来夏を、クスクスと可笑しそうに笑っていた。
「冗談よ、でも、仲良くなりたいんでしょ?」
「うん、……そうなれれば、いいと思う。……ううん、そう、ならなければならない、この世界の為には」
「その想いをちゃんと伝えた? あなたの気持ちはちゃんと伝わった?」
「ううん、どうすれば伝えられるのか、私には分からない……」
「じゃ、やっぱり捕まえなきゃ」
水の中を泳ぐように移動した来夏はプールサイドに上がるように、水玉の水面を掴んで、上半身を朋美の側に出した。
乾いた風の中に滴が飛び散るのが心地よかった。
「ダメよ……」
「……一人だけでも、……ダメ?」
彼女たちは、珍しい蝶を、美しい花を手折ってしまおうかと、相談しているような話しぶりであった。
それが、自分たちに向けられたものだと考えたい者は、そうはいないであろう。
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