第49話 英雄暗殺 2
狭い室内に体格のいい男たちが、肩が引っ付くほど寄せ集まっていた。
その中心で椅子に深々と腰を掛けた一際頑強そうな体の男が、ボリボリと自分の髭面を掻いている。
唇の端をゆがめた笑いは、笑顔と呼ぶには、程遠かった。
「長い間身を潜めていた甲斐があったもんだ、ようやく、チャンスの到来よ」
「やっと、俺たちの出番だな」
相づちを打った男は、太い指をボキボキと鳴らし始めた。
「餓鬼の甘っちょろい理想にほだされてる奴らの目を覚まさせる時だ! 俺たちは、祖先の恨みを忘れたりはしねぇ、親父の、兄弟の仇を忘れたりはしねぇ、俺たちの敵は全て殲滅だ!」
「おおー!」
室内に低く押し殺したような歓声が上がった。
地の底から湧き上がるような声に、揺れ動く炎に照らし出される顔は、さながら、悪鬼の集会と言った様子であった。
「奴らが分散するのを待っていた……。まず狙うは、政務官のメルトロウと、マ・ラーイカだ」
「マ・ラーイカだと? それは、まずいんじゃないか?……」
超常の力を振るう彼女の名は、御使い、守護者、様々に飾られ、噂には尾鰭が付き、見るからに凶悪な男たちでさえ畏れを抱き、身動きできない室内でずるずると、後ろに下がろうとするほどだった。
「何をビビってやがる。俺は近くで見たことはあるが、ただの娘に過ぎなかったぞ。それに、こっちは陽動だ、奴らの目を引きつければそれでいい」
マ・ラーイカの名前に対する反応に戸惑ったが、悟られぬよう髭を撫でながら、動揺が広まる前に素早く次の話に移る。
「次に、道を建設中の部隊だ。数は多いが、かなりの距離に分散しているため、混乱が起これば収拾はつかないだろう……」
「そうすれば、奴の事だ、連絡を取るための兵士も残らず出動させるに違いない。そこで、俺たちの出番だ……くっくっく……」
炎を揺らす、いくつもの笑い声が静かに部屋の中に響いて行く。しかし、一人一人を見れば、彼らもまた、この国に住む、人、でしかないのだった。
「うむ……、本当にやるのか……」
悪鬼の集会場を離れ街の中へと散らばって行くと、一人の男がぼそりと、相方にこぼした。
「もちろんだ、俺はまだ、誰の仇も討ってやしない」
「しかし、せっかく平和になったんだし……、アリードは、仇じゃないよな……」
「そうだが……、いや、このまま奴の支配が続けば、俺たちは仇を討てない。奴が、俺たちの邪魔をするというなら、奴も敵だ。敵には俺たちの力を見せつけなければ」
「そうなのか?……。俺も仇は討ちたいけど…………けど、俺たちの仇って誰だ?」
彼らも多くの悩みを抱えていた。しかし、全てに正しい答など無い、迷いに目をつぶってでも進まねばならないと、信じていた。信じなければ、前に進めなかった。
彼ら以外は……、彼らは、何を信じているのか。
「兄貴、マ・ラーイカの名前を出したのはまずかったんじゃないですか? あいつらの怖気づいた顔ときたら、今にも逃げ出しそうでしたぜ……」
皆が狭い部屋から出て行ったのを見計らって、首を正面に向けたまま目だけを左右に動かして、周囲を確認する、神経の細かそうな男が、髭面の男に忍び寄って耳打ちした。
「なーに、使えねぇのにかまうこったねぇ、不満をため込んでる奴等はまだまだいやがる、……エリート意識の抜けきらねぇ元親衛隊の奴らとかよぉ」
「流石兄貴、軍にも渡りをつけているんですかい?」
「当り前よ、俺たちの後ろに、誰が付いていると思っているんだ」
「……ええ、いや、もちろん……くっくっく……」
含みのある二人の男の笑い声だけが、狭い室内に残されていた。
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