第48話 英雄暗殺 1

 砂埃の舞う砂漠の中を、数台の車両と共に男たちが歩いていた。

 軍隊ではない、銃の代わりに担がれているのは、シャベルやツルハシ、彼らは、砂漠を横断する道を作っていたのだ。

 男たちの先頭に立ち指示を出しているのは、アリードと共に軍を指揮していたバルクだ。

 彼は、軍隊を動かした経験もあったが、土木作業での才能を発揮していた。

 自ら現場に出向きもするし、全体の見えないほど大きな工事でも、良く把握して、的確に人員を配分していた。

 トラックから大きな荷物を降ろすよう指示している彼の所に、出来たばかりの道路を走って来た車から降りて来た数人の男たちが声を掛けた。


「バルク、道路の進み具合はどうだ?」


 お互い忙しく、中々会えない友人に、アリードは満面の笑みを向けた。


「アリードじゃないか、よく来たな! 走り心地はどうだった? いい出来栄えだっただろう」


 二人は拳を軽く打ち合わせて挨拶した。


「ああ、尻が痛くなったよ」


「それは車が悪いんだ。もう少し、ましなのに乗れよ。ここから先は、きついぞ、瓦礫も多くて中々思うようには行かないしな」


 アリードの乗って来た車に顎を向けたが、バルクは、急に目を輝かせてトラックから降ろした荷物の上で図面を広げた。


「この道に沿ってパイプを走らせようと思うんだ、水を貯めれる地盤があるところまで繋げば、オアシスが出来るし、砂漠の横断も、これで少しは楽になるんじゃないかな」


「いい案だな、そういう場所はいくつもあるのか?」


「まだ、使えそうなのは2つ3つだが、探せば見つかると思う。砂が多く崩れやすくて、大きな植物の育たない土地でも、樹皮で編んだ籠に石を詰めて補強しておけば、根を伸ばして倒れない木が育てられるからな」


「そうなのか、そんな事、よく知ってたな」


 感心したように尋ねるアリードを、胸を張って見返したが、白い歯を見せて顔を崩すと、笑って答えた。


「ラーイカ様が教えてくれたんだ」


 来夏は、『魔法』を使わず、彼らの手で出来る事を広めようと考えていた。この先もずっと、彼らに知識として残せるものを。


「そうか……、これで、都市同士の流通が盛んになれば、後は……」


 周辺諸国との交渉……、若い彼らにとって、老獪な政治家と渡り合わねばならないプレッシャーは、戦車を前に銃を構えていた時と変わらないものがあった。

 オアシスを作る、それも、そのための一つだったのだ。

 この国の土地に出来るだけ多くの水を貯めることが出来れば、周辺国に水源を握られているという弱味も、少しはましになる。

 だからと言って、大規模なダムや貯水池を作れば、それが、摩擦の原因ともなるだろう。

 今は、小さな一歩を積み重ねて行かねばなるまい。

 それが、よく分かっていた。

 早急に事を急いで、多くの命を失った彼らには。


「この後どこへ行くんだ? わざわざ工事を見に来たわけじゃないだろう」


「ああ、ウルクの街へ視察に行く予定だ」


「ウルク、か……、気を付けろよ」


 口籠った彼に鋭い視線を向けた。言うべきか真剣に悩んでいる彼の表情に、つられて、アリードの表情も硬くなる。


「どうした? 何かあったのか?」


「特に何かあるって話でも無いんだが、嫌な噂があってな。クルクッカを覚えているか?」


 思いがけない名前に、声を荒げそうになるのをかろうじて堪えた。


「アルジャズールを私刑にした過激派のクルクッカか? 奴が生きているのか」


「いや、その残党がウルクの街に潜んでいるらしいって噂があるだけだが……、何にしろ用心してくれ」


「ああ……」


 その名前は、アリードを過ぎた日の感傷に浸らせた。

 思い出と呼ぶには新しすぎた胸に突き刺さる痛みを伴って。砂漠を走る車に揺られながら、アリードは彼女の笑顔を思い出すのだろうか。


 ウルクの街では、英雄の訪問を一目見ようと人々は通りに溢れ、沸き返っている。これを期に商売をしようとする者も我先にと露店を出し、場所を確保できなかった者は籠を下げて、道行く人に声を掛けていた。

 戦火で崩れた建物を修復していく過程で、街の入り口から中心の広場までの通りは作り直され、幅も広く、大勢の人間が詰めかけても混雑しないように設計されていたが、住宅の密集する地域では、地図にも書けないような細い道が入り組み、残された瓦礫でふさがれている場所も少なくはなかった。

 彼らの計画もまだ、道半ばであった。

 とはいう物の、軍隊が街を支配していたころと比べれば、人々に笑顔が戻り、にぎやかさが増していたし、巡回する軍の治安部隊の数がぐんと減ったというのに、犯罪が減り治安も良くなっていた。


「割れた窓ガラスに怯えるよりも、そこに住む人々の笑顔が、何よりも街を健全にする、か……」


「どうされました? アリード」


「いや、何でもない」


 通りの人々に、手を振って答えながらつぶやいた彼の言葉に、返事をしたのは、護衛の任についている隊長であった。

 独り言も言えないのかと、ため息の一つもつきたくなるアリードだったが、彼らにしてみれば、英雄があまりにも少ない護衛しか同行を許さないため、常に張り詰めた緊張を保たねばならず、気苦労が絶えなかった。

 それについて、何度も、護衛の増員を進言していた警備隊長であったが、アリードの返事はいつも同じだった。


「アルシャザードのように、軍隊を引き連れてパレードでもしろと? 俺たちの国は、奴のような軍事政権ではない、俺も、この国の国民の一人だ、護衛なんてものを付けること自体、間違っている」


 しかし、英雄として祭り上げられた彼の名は、代わりが効くものでは無く、護衛の任に付いた者は、名誉と共に責任の重圧に耐えなばならなかった。


「……俺なんかより、ラーイカの護衛に付け」


 もちろん、彼女にも十分な護衛が付けられていたのだが、超常の力を操るマ・ラーイカの護衛の任に付いた者たちは、さらに困惑しなければならなかった。

 普段は、孤児院の子供たちと過ごしている彼女だが、果たして、護衛が必要なのか、何の役に立てるのか、畏れ多くてどう接して良いのかも分からず、目に付かない距離を取って、周囲に配置される事となった。

 護衛対象を直接見る事も出来ずに、隊員の中には、多くの子供たちの中の誰がマ・ラーイカなのか、分かっていない者も数多くいたのだった。

 だが、救国の英雄と称される彼らを傷つけようなどと言うものは、出て来る筈が無い。

 誰もがそう考えていた。

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