第47話 夏の来る前に

 慌ただしい足音が二人が戻って来るのを告げていた。

 転がりそうな勢いで部屋に飛び込んで来る。


「先生を呼んで来たのです」


「先生は色が変わらないのです」


 遅れて入ってきたメルトロウは、落ち着いた足取りで、にこやかに来夏に会釈をしたが、口元を手で隠したままだった。


「……水をいただけますか?」


 二人に何を食べさせられたのだろうかと、少し気の毒に思えたが、当の本人たちは、急いで次の荷物を開け始めていた。


「トゥムミーのクアトリムにもご飯を食べさすのです」


「沢山食べさすと、ぴかぴか光るのです」


 二人は、小さな荷物を抱えて、再びドアから走り出て行く。

 この国の人たちは、朋美の名前もうまく発音できないらしい。彼女の方は、何と呼ばれようと気にもしていないようであったが、石を食べると言っていたドラゴンに、何を食べさせているのか少し心配になって来た。ドラゴンもかなりの知能がある様なので、変なものは食べたりしないと思うし、朋美の作った生物であるのだから、むやみに人を傷つける事も無いだろうが。

 朋美は、机を並べて学んでいた頃から、物質を合成し新たな生命を誕生させる技術に優れていた。その発想力は教師も舌を巻くほどで、その外観もさることながら、驚くほど知的で温厚な思考をする生物を作り出していたのだった。しかし、彼女たちが、大きな生き物に警戒がなさすぎるのも考え物である。

 ともかく、これで落ち着いて食事が出来る訳であったが、僅かでも時間のおしい彼らが顔を合わせれば、話す事は決まっていた。


「……そうですね、アルシャザードが結んだ密約が、どれくらいあるのか把握できないところが問題ですが、まずは、近隣との交易ルートを確保しなければいけません」


「そうか、日用品だけでも国内で賄いきれない物は買わないと……」


「その為にも、商品の流通経路の確立と、国内の商品の生産を妨げない税制も必要ですが、近隣諸国との交渉では経済的な話し合いよりも、民族政策の方が問題となるかもしれません……」


 周辺諸国でもそれぞれ違う民族が権力を握り、多数派と少数派のバランスが異なっている。その為、一方にいい顔をすれば、他方とうまく行かない訳だ。民族の隔たりを失くそうというアリードの政策は、うまく行けば、いがみ合う国々の緩衝材ともなりえるのだが、不満を持った人々の流出によって、国同士のバランスが崩れることを恐れる人々から大きな反感も買うであろう。

 国内外にどれだけ混乱をもたらさずに、国としての立場を築けるかだった。

 来夏自身も無関係ではいれらなかった。

 彼女は隣国のダムを一つ破壊している。それも、常道ならぬ手段で。

 それが彼らにはどう見えたのだろうか?

 超兵器、超科学、自分たちのあずかり知らない戦力を保有していると考えれば、それを向けられるかもしれないという、疑心暗鬼に陥るかもしれない。

 彼らを軍事的圧力から守るための結界も、この国の経済的発展を阻害するであろう。結界に守られた隔離された世界を作り出しても、その先に待つのは、安全な檻の中でゆっくりと飢えて死んでいく、そんな未来を迎えてはならない。

 安全な島で暮らしていても船を持たなければ、いざ災害で島が沈んでしまう時に、逃げ出す事も出来ない。宇宙に飛び立つ術がなければ、一つの星で解決できない問題を乗り越えられないだろう。世界を渡る術を持たなければ、世界の終焉と共に終わりを迎える。

 もっと広い世界で生きてゆく術を持たねば……。

 しかし、それは彼ら自身で手にしなければならない手段でもあった。

 来夏は、アリードとメルトロウの政策論議には加わらず、イルイルとノルノルの様子を見に行く、と、中座して部屋を出て来た。


「トゥムミー、これも食べるのです」


「うーん、それは食べないかなー」


「クアトリムは、ごわごわなのです。洗濯すると柔らかくなるのです」


「鉄とかの安定した原子核で六方最密構造を作れるから硬いのよ、すごいでしょー」


「アリードの服と同じなのです」


「同じなの?……すごい服ね」


「ごしごし洗うのです」


 両手で、強く服をこすり合わせる真似をしていたが、上の方から聞こえるノルノルの声に慌てて振り返る。


「ノルノルは、ここまで登ったのです」


「イルイルも、登るのですー」


 イルイルは、話をしている間にドラゴンの首あたりまで登っているノルノルに追いつこうと、しがみ付いて足をバタバタと振り回していた。


「落ちると危ないわよ」


 格納庫前の広場では、朋美が二人の相手をしてくれていた。『魔法』を使える彼女と一緒に居られることは何よりも安心できたが、何でもたよってしまう訳にもいかない、それに、朋美は朋美なりの問題を抱えていた。緊急ゲートで移転先の世界からやって来た彼女だったが、いざ帰ろうとすると、彼女は問題ないのだが、一緒に付いて来たドラゴンがどうしてもゲートを通ることが出来なかったのだ。

 彼女はそれを、生き物の構造上、ゲートを通る負担があるために短期間のうちに何度も転移させることが出来ないのではないかと結論付けていた。

 どれ位の時間を置けば、もう一度ゲートを通ることが出来るのだろうか、もしそれが、途方もない時間だったら? ドラゴンと言う特殊な生物をこの世界に残す事になれば、それはどれほどの影響をもたらすのであろうか……。それでも、彼女がいてくれるだけで大きな拠り所となっていた。


「朋美、ありがとう」


 彼女の顔を見る度にそう言っている気がする。彼女には感謝してもしきれないのだが、それは、自分自身の不安を押し隠すためだったのかもしれない。


「どうしたの? 来夏」


 朋美は心の揺らぎを容易くくみ取ってくれる。この国に住む人たちの、この世界に住む人たちの抱える問題、先に進むための不安、来夏も彼女には包み隠さず話せた。


「彼らの政策は、この世界に受け入れられるのかしら……。古い慣習を打ち破れるのかしら」


「そうね……、敵対する勢力になるなら、先に倒してしまうのもいいんじゃないかな?」


「でも、それでは……」


「ここは彼らの世界か。……ここは、彼らの国ではあるけれど、あなたの世界でもあるのよ」


 単純な話だ、この世界で生きているという事は、いつまでも傍観者でいられる筈は無い。来夏自身も、この世界で起こる事柄の当事者であるのだと。

 もっと広い世界で生きて行く術を見つけなければいけないのは、彼女も同じであった。

 容赦なく陽射しの照り付ける夏が来る前に……。

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