第32話 力の生む恐怖

 警報が響く中、兵士達が慌ただしく走り回り、さらに急がせる怒号が飛ぶ。誰もが怠ける事無く、武器を取り配置場所へと向かう。蒼白になりながらも必死で迎撃準備を進める彼らの様子は、追い詰められた鼠のように逃げ場を失った、決死の覚悟が窺えた。

 しかし、見渡す限り広がる砂の上に、ひとつの人影さえ見えなかった。いったい彼らは、何を恐れ、何と戦う準備をしていたのだろうか?


「アリード、何があったの?」


 基地に駆け戻った来夏はアリードの元へ一直線に向かっていた。彼は、覗いていた双眼鏡から目を離すとそれを無言で差し出し、額に滲んだ汗を拭くと、武者震いを抑えようとして込み上げてくる笑いをこらえていた。

 来夏は双眼鏡を受け取らず、彼の見ていた方角に目をやると、はるか上空に小さな人影が一つ浮かんでいた。それは、言うまでもなく、金髪の『魔法』少女だった。


「ベル……。彼女が何故、ここに……」


「……決まっているだろう? この基地を吹き飛ばしに来たのさ、俺たちごとな」


「そんな……」


 言いかけて、来夏には彼らを説得する言葉が無い事に気が付いた。ベルには、この基地を吹き飛ばすだけの『魔法』がある。それを恐れる彼らに、攻撃を思いとどまらせる事など不可能だ。だが、彼らが撃てば、彼女も応戦する。どちらにしても最悪の結果しか生まない。


「アリード、私が行きます。皆に手を出さないように伝えて」


 来夏はふわりと空に浮き上がった。

 彼女をこれ以上基地に近づけてはならない。これ以上近づいたら、張り詰めて緊張に耐えられなくなった兵士が引き金を引き、彼等は自分自身でさえ抑えられなくなるだろう。

 それでも、彼女と戦う気はなかった。言葉を交わすこのチャンスをつかみ取る為、空へと昇って行った。


「ベル……、貴方と話がしたかったの……」


 ゆっくりと、真直ぐに彼女に向かって上昇した来夏を、ベルは動かずその場で待っていてくれた。それが嬉しかった。きっと彼女も同じ気持ちだと、もしかすると、話し合うためにここまで来てくれたのかもしれないと、考えていたのだ。


「ベル、貴方の戦う理由を教えて……」


 その瞬間、右手を差し出したベルが一気に距離を詰めて来る。彼女が掴もうとしている物が何か気が付いた時には、驚きよりも、喜びで胸がいっぱいになった。

 彼女の小さな手を、指を絡めて受け入れると、彼女も力強く握り返してきた。


「エルク・パワー・ラフア!」


 来夏がしっかりと握られて手に、ほっと心を許した瞬間、ベルの左手から、攻撃『魔法』が放たれた。

 完全に油断していた。ベルの行動が来夏には信じられなかった。


 相手の防御フィールド内で『魔法』は使えない、もしそんな事をすれば、行き場を失った『魔法』は、より親和性の高い自分の防御フィールドの中に流れ込んで来る。そこで、攻撃『魔法』を使うなど、信じられない事だった。


 目の前で何が起こったのか信じられず、呆然と、悲鳴を上げるベルを見ていた。しっかりと握られた彼女の手に、さらに力が籠められる。

 そして、もう一度、攻撃『魔法』を使おうとしている事を理解した。


「ベル、やめて! どうしてこんな事をするの!」


 来夏の叫びも聞こえないかのように、ベルは引いた左手を振りかぶる。


(もう一度、防御フィールドの中で魔法を使わせるわけにはいかない……)


 来夏は、彼女とやっと繋いだ手を振りほどかねばならなかった。

 防御シールドの外側で、炸裂した『魔法』は、ベルの体を物凄い勢いで地面に激突させて、大量の砂を巻き上げた。


 来夏は舞い上がる砂を突き抜けて、彼女を追いかけた。だが、砂が舞い落ち視界が開けてもベルの姿は見つけられなかった。

 何度も彼女の名を呼びながら、降り積もった砂をすくいあげ、砂漠の砂を全てさらっても彼女を見つけ出すことは出来なかった。


「私が、一度つないだ手を離したから……、いえ、離さなければ、彼女は……。どうすれば、どうすればよかったのよ!」


 誰に問いただせばよいのか、来夏は、自分の選んだもの全てが間違っているような気がした。目の前にある選択肢の全てが、間違った方向に彼女を導こうとしているかのように思えていたのだった。


 これだけ探しても見つからないのは、ベルが『魔法』で姿を隠し、この場を離れたという事であったが、来夏はそれでも探し続けていた。

 彼女自身に架せられた咎であるかのように……。

 この結果は、彼女の引き起こしたものだ。アリードたちがベルの『魔法』を恐れる様に、ベルもまた、来夏の『魔法』に恐れを抱いていたと、気がつけなかった彼女自身の咎だった。

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