第33話 孤児院と魔法少女 1

「誰か寝てるのです」


「お日様に当たって寝ると、焼けてしまうのです」


「起こすのです」


「起きないのです」


「この棒を使って起こすのです」


「警告、警告、敵対行為を取れば、排除します」


「しゃべったのです」


「寝ながら、しゃべったのです」


「ラーイカと、同じなのです」


「違うのです、髪の毛がピカピカなのです」


「焼けたのなのです」


「お日様になったなのです」


「いそいで、運ぶのです」


「お昼寝は、ベッドなのです」



 ベルは、目を覚ますと粗末なベッドに寝かされていた。剥き出しの石の壁に粗末な家具、この国でも貧しい家であると一目でわかったが、どうしてこんな所で寝ているのか思い出せなかった。


(私は……、基地から飛んで来た、あの魔法使いに……)


 来夏に一か八かの、接近戦を挑んで、意識を失った事を思い出した。

 以前彼女に腕を掴まれそうになったのをヒントに思い付いた作戦だった。遠距離からの攻撃では、お互いにシールドで軽減してしまえる。なら、接触して攻撃すれば、ダメージが通るのかと考えたのだが、自分のダメージから考えて彼女に効果があったのかも分からなかった。


(いや、効果は無かったんだろう……何か叫んでた気もするけど……)


 相手の使おうとした作戦を真似するなんて、浅はかだったと、後悔したが、彼女にとって魔法をぶつけ合う戦いなど初めてだった。それに比べて相手の獲物をなぶる様な狡猾さ、とても勝ち目がある戦いでは無かったのだ。

 そう思うと、熱くなった目頭を押さえようと額に手を伸ばして、髪に何かくっ付いている事に気が付いた。


(これは、髪留め? ……えっ、何これ?)


 小さな花飾りのついた髪留めが、幾つも髪につけられている。何個の髪飾りがついているのか外しても外しても、まだ髪に何個か刺さっていた。


「……起きたのです」


「まだ、寝ているのかもなのです」


 ベルが髪留めと格闘しているといつの間にか部屋の隅に居た小さな女の子が声を潜めて相談をしていた。


「この髪留めは、貴方たちの?」


「声が違うのです」


「やっぱり、起きているのです」


「イルイルがつけたのです」


「ノルノルもたくさん付けたのです」


「沢山つけると元気になるのです」


(声が違う? 何を言っているのかしら、この子たちは……)


 無邪気な子供たちの姿に油断していた、ここが犯罪者の基地の近くであり、ここも奴らの仲間の家であると考えるべきだったのだ。


(この子供たちが見張り……、という訳ではないよね。でも、他に誰がこの家に居るのか聞きださないと)


 ベルは気持ちを落ち着けて注意深く、二人の様子を観察するように話し始めた。


「ねぇ、貴方たち」


「イルイルなのです。こんにちはなのです」


「ノルノルなのです。こんにちわなのです」


「そう、イルイルとノルノルと言うのね、この家には他に誰が住んで居るの?」


「そう、なのです。こんにちはではないのです」


 二人は額をくっ付くほど寄せ合って、相談をし始めている。子供相手だ、もう少し順序だてて離さなければと思いなおった。


「こんにちは、私はベルって言うのよ」


「こんにちはであってるのです」


「あってるのです。こんにちはなのです」


「起きたからです。まだ寝てたのです」


「貴方たちの、お父さんとお母さんは、どこにいるの?」


 二人は跳び上がらんばかりに驚いて、言葉を詰まらせていた。口に出来ないような後ろ暗い秘密を彼女たちも隠しているのだと、気を引き締めたが、驚いて高ぶった感情をどこに持っていけばいいのか分からず、狼狽えているだけのようであった。


「い、イルイルもいるるの、なのです」


「どこに、いるるの? ノルノルもいるるの?」


「大丈夫なのです……」


 今にも泣きだしそうな二人は、お互いに慰め合っているのか、よく分からないしゃべり方で声を掛け合っている。ベルの質問が二人の心の内の痛みに触れたのかもしれないが、これ以上、話を進めるのは難しく、もどかしく思いながらも、その様子を眺めていた。


「二人共、騒がしくしてはダメだよ」


 二人の声を聞きつけて部屋に入ってきた男に、ベルは警戒を強めたが、犯罪者の仲間と言うには随分物腰の柔らかい男だった。

 その男は、足にしがみつく子供をあやしながらも、礼儀正しい口調で話し続けた。


「私は、ここで孤児院を営んでいるメルトロウと言う者です。この近くで倒れていらしたので、ここまで運ばせていただきました」


「そう、ありがとう……。でも、私は行く所があるのよ……」


 ベッドから起き上がろうとして、全身のあちこちから、悲鳴が上がった。動けるようになるまでしばらくかかるだろうと理解して、酷く落ち込んだ気分になった。

 そんな彼女を気遣うように明らかに年上のメルトロウが丁寧な口調で話すのもいらだちが募って来る。


「そうですか、しかし、もう少しお加減がよくなるまで休んで行かれてはどうでしょうか? 見ての通り、何もなく大したおもてなしが出来る訳ではありませんが」


「ほんとに何も無いとこよね……。こんな所で、孤児院を作って子供を預かるなんて、無責任だわ」


 彼女の悪態にも、メルトロウは笑顔で丁寧に返事をした。


「そうかもしれません。しかし、この子たちにも、私達にも、ここで生きて行くしか道はないのです」


「ここで大人になっても、犯罪者になるだけよ! こんな内戦ばかりしている国、とっとと出て行けばいいじゃない!」


「そうですね……。長い距離、砂漠を渡って旅をするのは、小さな子供たちには難しく。砂漠の向こうへとたどり着いても、我々を受け入れてくれる国があるでしょうか? それからも、長くつらい生活が待っているのです」


「まるで、見てきた様な言い方をするのね……」


 メルトロウは答えず、ただ、悲しそうな笑顔を彼女に向けていた。


(どこへ行っても受け入れられない……)


 彼女にもそれが理解できた。この国の人間だというだけで、大人も子供も犯罪者の仲間だと、彼女自身もそう考えていた。

 その人々が大挙して押し寄せ、集まって住み着けば、日々良からぬ企みを企てて、いつか、周りに火の粉を撒き散らす。

 そうなる前に追い出さなければ、夜も眠れない程、不安でたまらないであろう。


 だから、この国の人々は、銃弾に怯えながらも、乾いた大地の上で暮らしているのだ。

 突然降り注ぐ爆弾と、善良な人々から向けられるいわれのない悪意。そのどちらがより恐ろしいのか、彼女には分からなかった。

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