第29話 引き返せぬ道 3

 眼前に迫る閃光に見たのは、死への恐怖か、自由への開放か。

 動く事も出来ず、体を包み込む光から目を離せなかった。

 目もくらむような光の中に何を見るのか、そこに映し出されたのは、彼女の姿だった。

 輝きを放つその姿に、アリードは知らぬうちに彼女の名を祈るように呟いていた。


「ベル、もう、やめて!」


 彼の前に立ちふさがり、光弾を防いだのは来夏であった。破壊された街の惨状に心を痛めたかのように、辺りを見回して、ふわりと浮き上がり、ベルと同じ高さを保つ。


「やはり、出て来たわね……」


「もうやめて、これ以上街を破壊する意味なんてないわ、これ以上この世界の人たちの生活を……」


「なんだと……、黙れ! 貴様らがそれ以上言うな!」


 ベルはありったけの光弾を来夏に向けて放つ。来夏の防御フィールドの前で光が弾けて、一瞬それに目を奪われた隙に彼女は、来夏からかなりの距離を取って、大きな魔法を使おうと身構えていた。


「ベル、お願い話を聞いて」


 頑なに会話を拒む彼女にも、必ず届く言葉があるはずだと来夏は信じていた。だが、彼女の答えは、敵意と振りかざした魔法の攻撃だった。


「エルク・パワー・ラフア・コンバージェンス!」


 来夏の周りで真黒な爆煙が広がった、一瞬にして視界を奪われたが、来夏は後ろに引かずそのまま、煙を突っ切って前に出た。

 真黒な煙を突き抜けて、真直ぐにベルへと向かって手を伸ばす。


(この手が届きさえすれば……言葉が届かなくても、きっと……)


 ベルと分かり合うために何をすればいいのか分からなかったが、手を繋ぎさえすれば、何かが伝わるはずだと、なぜ戦っているのか、この世界に彼女の戦うどんな理由があるのか、それを分かち合えれば、と。


 もう少し、あと少しと、真直ぐに伸ばした手が彼女に触れようとした時、彼女の手を掴もうとした時、ふっとその場から消え去ってしまった。


 ベルの体は、強烈なジェット噴射を放ったかのように真直ぐに下降すると、その勢いで瓦礫を吹き飛ばし、粉塵を撒きあがらせる。

 黙々と立ち込める煙幕の中に、今度は彼女自身が姿を隠してしまった。

 来夏を拒み続けるベルを、それ以上追っていいのか、分からなかった。さらに手を伸ばして、彼女の手を取ろうとするのは、彼女を追い詰める事になるのだろうか。

 彼女の心は、岩の帳の如く固く閉ざされているように感じて、来夏は思い悩む事しか出来なかった。


「ベル、教えて、貴方の戦う理由を……」


 来夏の言葉は届かず、ベルは煙幕の中から飛び出した巨大な獣の背に乗って走り去る。

 味方の兵士も破壊された街にも、振り返る事は無く、朝日の光に追いやられる夜の闇の中へと走り去っていった。


 瓦礫の山の中から這い出た兵士達が、来夏の勝利を称えて歓声を上げても、彼女は、静かにベルの消えて行った闇の向こうを見つめていた。


 圧倒的な力を見せつけられ、アリードと共に逃げ回るしか出来なかった兵士達は、それをさらに上回る力で退けた来夏の戦いに、熱狂的なまでの士気を高めていた。

 極度の緊張の中走り続け吹き飛ばされ、肉体的にも披露のピークはとっくに通り過ぎ、満足に戦える状態ではなかったが、我先にと散らばった武器を拾い、雄たけびを上げて、軍の司令部を目指しだす。

 死も恐れず立ち向かってくる彼らの姿に、さしもの、訓練を積んだ軍の兵士達も、恐怖を感じずにはいられず、一人、また一人と、持ち場を離れて逃げ始めれば、後は、とどまる事を知らずに、自分たちを見捨てて逃げ去った少女の後を追って、街から逃げ出して行った。


 朝日が昇り切る頃には、街中にアリードたちの歓声が響いていた。


 バルクの率いた部隊も首尾よく町を占拠し、同時に二つの街を攻め落としたアリードたち士気はさらに上がり、来夏の戦いを目にした兵士達は、その圧倒的な力をさらに誇示して、触れ回る。


「その動きは、とても目で追えるものでは無い、まさに電光石火! 暗雲を稲妻の如く切り裂き、あの悪魔を地面に叩き伏せたのだ!」


「我らのマ・ラーイカ様こそ、本物の天の御使いであられる!」


 まるで宣教師になったかのように、熱気にほだされた様に語る彼らを、その場に居合わせられなかった者は、うらやましそうに見つめながら彼らの話に聞き込んでいた。

 そして、その神話に登場する人物に自分も加わろうと、武器を取り、拳を振り上げて、さらなる、解放と戦いを求めているかのように歓声を上げていたのであった。


 突き進む彼らの先頭に立って、来夏は戦わねばならなかった。

 一人の少女の笑顔を守りたかった、ただ、それだけのためであったのに、それがこれほど多くの人の命を背負って戦わねばならない程、大それた望みであるのか。

 だが、歩き始めた道は、もう引き返せぬ。

 その道がどこまで続いているのか分からないまま、歓声を上げて付き従う人々を引き連れて、歩き続けねばならなかった。


(彼女も、ベルも、そうなのだろうか……。引き返せぬままに、戦い続けているのだろうか……)


 来夏は、彼女に届かなかった手を、自分の手でぎゅっと握りしめていた。

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