第28話 引き返せぬ道 2

 アリードの作戦は失敗に終わった。寝ている間に隙をつくにしても、既にこの街に居られたのでは、戦闘を避けようもなかった。

 彼女の攻撃を壁や建物で防げるものでは無いと、分かったいたため、彼らに出来るのは、少しでも遠くへ離れ、距離を取る事だった。


(眠っていても、建物ごと守る程度はやってのけられるのか)


 恐怖に駆られて逃げ出した割には、アリードは冷静に考えていた。彼女が既に街に入っているのも想定の内であったのだ。


(追って来るか? ……それとも)


 逃げ出さなければならないことも想定済みなら、もちろん罠を仕掛けている。巧妙に隠した罠でも見つけ出す事も出来ても、調べながら追ってくれば時間稼ぎにはなる。

 急いで追いかけて、発見されなかった罠があれば、あの透明の壁の内側で爆発させればどうなるのか、と言う疑問を解決してくれるはずだし、彼女が一人で先行して追ってくれば、兵士と分断できる。

 そうすれば、回り込んで司令部に向かっている分隊で、街を制圧できる筈だ。

 彼女との戦闘に備えて、後続に多くの兵を配置していたのだが、それが生きて来る。『魔法』との戦闘の詳細を知る者は出来る限り少数でなければ、と、考えた結果だったのだが。

 ただし、彼女の追撃速度が彼らが逃げ切れる程度の物であればだ、あっという間に全滅させられては意味がない。


 しかし、彼女の行動はどちらでもなかった。振り返らず走り続けていたアリードの側を、高速で飛ぶ光の弾が通り過ぎ、遥か先で爆発した。わざわざ、追いかける手間をかける必要もないらしい。


「何だ今のはっ」


「この距離で撃って来たのか……?」


(射程距離という概念もないのか? ……いや、命中しなかった。距離を取ったからなのか、それとも、単なる警告で、わざと外したのか)


「次の角を曲がれ!」


 もし、当てられなかったのだとしたら、建物の影に沿ってジグザグに走れば、遠距離攻撃は封じられる。そうなれば、彼女に残された手は……アリードはそれに賭けたのだった。


 連続して爆発音が上がった。それに続いて、散発的な銃撃音、アリードの仕掛けた爆弾と、脇道に潜んで居た兵の射撃だ。それは、彼女が一人で追って来たことを意味していた。


(もう少し、軍との距離を開かせれば、別動隊が司令部を占拠する時間を稼げる……)


 しかし、仕掛けられた爆弾を物ともしない彼女の追撃速度は、尋常ではない。アリードの予測をはるかに超え、初めから彼女が追って来ていれば、簡単に前に回り込まれていただろう。

 だが、あと一歩まで彼らを追い詰めていながら彼女は突然立ち止まった。

 一つ一つの爆発は、大した脅威にはなりはしない物の、爆発で倒壊する建物の瓦礫が降り注ぎ、背後から彼女の注意をそらすためだけに行われる撃っては隠れる兵士の銃撃、ダメージになっているとは思えなかったが、それが功を奏していたのだ。


「あー、何よこいつら、虫みたいにこそこそと隠れ回って!」


 ベルはストレスを発散するかのように周囲に光弾を飛ばし、建物を吹き飛ばしていたが、罠を脅威と感じた訳ではなく、逃げ回るアリードも、物陰見潜む伏兵も、彼女にとって排除する優先度の違いがなかったからだ。


(あと一つ何か決定打になる物があれば……)


 それには何が必要なのか、アリードには分からなかった。大口径の銃や、戦車の砲撃でも、彼女たちには飛んでくる小石と変わらない気もしたし、いくら四方から攻撃しても、それを防ぐために疲労しているのかさえ分からなかった。

 だが、それでよかったのかもしれない。

 ベルにわずかでもダメージを与えられれば来夏のように別な攻撃手段を使ったかもしれないからだ、彼らの想像もつかない攻撃手段を。

 その時ほんの少し感じていた違和感が、確信に変わった。


(なぜ、弾を打ち消すだけなんだ? ラーイカなら、まず、相手の武器を消滅させていた)


 そのために、少数の人数に分け、順番に姿を現すように配置していたのだ。しかし、射撃は無効化されても武器まで奪われてはいない。


(ラーイカほどの力はないのか?)


 彼らにとって圧倒的な力には違いなかったのだが、来夏には及ばないかもしれないという考えは、立ち向かう心を奮い立たせた。それが希望的観測であっても。


「あー、イライラするは、この犯罪者どもめ…………っなに?」


 その時、軍の司令部の方向で火の手が上がった。アリードの別動隊が、手薄になった司令部に突入したのだ。だが、それを知らないベルは、何が起こったのかと背を向けてそちらに目を向けている。


「今だ! 撃て!」


 建物の影から、壁の隙間から、一斉にベルに向けて弾丸が放たれた。完全に意表を突いたはず、例え、それを防げたとしても、彼女をここに足止めできれば、軍の司令部は落ちる。そうすれば、アリードの勝ちだ。


「エルク・パワー・ラフア」


 彼女の振り下ろした両手が光っているのを見た瞬間、物凄い風圧に吹き飛ばされた。上も下も分からなくなるほど振り回され、気が付いた時には小さな瓦礫の影に横たわっていた。

 頭を振りながら起き上がると、上空に背を向けたまま浮いているベルの姿があった。

 派手に振り回されたが、その場所から、たいして飛ばされたわけではなかったようであったが、周囲の風景は一変していた。

 建物と言う建物が、僅か数十センチの瓦礫を残して、消し飛んでいたのだった。


 最早隠れる場所もないアリードに、上空のベルがゆっくりと振り向く。

 反撃の希望は脆くも崩れ去っていた。もとより、人知を超えた力『魔法』に敵うはずもない。

 アリードは呆然と、蔑むように見下ろされた青い目を見上げていた。


「罪には罰を、犯罪者には死を……」


 かざされたベルの手から、光弾が放たれた。

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