第25話 もう一人の魔法少女 2
お返しと言わんばかりに来夏に向かって、光弾が撃ち返される。それは来夏の防御フィールドに当たると痕跡も残さず消滅したが、それが、『魔法』の産物である事は間違いなかった。
(まさか……、この世界にも『魔法』があるの?)
それは有り得ない、卓越した技術力がもたらした『魔法』、それは、来夏たちが遺伝によって生まれ持った、細胞内に居るナノマシンから作り出される。
生命維持のための原始的な構造な物が、世代を重ね、長い時間をかけて改良されて行った結果、世界を再構成してしまえるほどの物にまで成長したのだ。
この国の人間には、それが外部に影響をもたらすようになる前のわずかな痕跡さえなかったのだから。
考えられるのは……異世界からの転移者。
彼女の他にもこの世界に転移して来た者がいるという事だ。
わずかな可能性であるが、日本人同士が異世界で出会う可能性もある。しかし、もっとも警戒しなければならないのは……。
「……この様に、いくつかの対処法もありますが……、警戒せねばならない危険な場合とは、他の世界からの転移者に出会った場合です。未確認ではありますが、そうと考えられる事例もいくつか報告されており、異世界転移が可能な事から、彼らも『魔法』を使うと考えられます。しかしながら、その能力は未知数なため、一見劣っていると思われても、細心の注意を払って対処するようにしてください。協力関係を築いたり、鹵獲または破壊により、評価の……」
出発前の指導員による長い説明の中で言われていた、他の世界からの転移者との遭遇。
その時、どうすればいいのか考えた事も無かった。
それを捕まえる気など来夏には無かったし、もし、ここでそれと戦えばどのような事になるか分からない。
『魔法』同士がぶつかり合う戦いは、この国を滅ぼしてしまうかもしれないのだ。
それだけは、避けたかった……。
光弾を放った小さな人影が、ゆっくりと近づき、瓦礫の山の上に立つ。
それは、来夏よりも幼く背の低い金髪の少女だった。この国の風土に合わない服装に、硬そうな磨かれた靴、周囲の環境に影響されない『魔法』を持っているのは、明白だった。
瓦礫の山の上から、見下ろす青い瞳が来夏に向けられていた。
「まさか、本当に『魔法』使いが、居るなんてね……。道理で、この国の争いがいつまでも収まらない訳だ……」
「貴方は、誰なの……」
「人に名を訪ねる時は自分から名乗れ! 私は、ベル・マ・クドゥール、お前を倒す正義の魔法使いさ!」
金髪の少女ベルは、言い終わらぬうちに空中に出した複数の光弾を来夏に向かって撃ち放った。
光弾は来夏のフィールドに近づくと、音もなく消滅し、ベルの周りに赤く光ったテテスが纏わりつき始める。
「まって、私は、来夏、日本から来たの。貴方は、どこから来たの?」
赤い靄を振り払おうと素早く動くベルだが、それが、幾ら動いても振り切れない物だと分かると、防御フィールドを強め、その場に立ち止まって叫んだ。
「エルク・ハシュ・ザドキ!」
その瞬間、彼女の背後に、炎のようにゆらゆらと揺れる大きな一匹の犬の様な獣が姿を現す。決して素早くはないが、大きな口で赤い靄を噛みつくような動作をして、テテスを追い払い始める。
「にほん……? そうか、日本だと……、またの名を『ジャハンナ』……」
(この子は、日本を知っている?)
来夏は、一瞬話し合える期待に安堵したが、ベルは、更なる怒りを燃やして、無数の光弾を来夏に向けて発射した。
「まって、話を聞いて……」
答えない彼女の代わりに来夏に話しかけたのはアリードだった。
「ラーイカ! あれは、何なんだ? 彼女もラーイカと同じものを使えるのか?」
彼の姿を見た時、彼女はようやく自分の背後にいる者達の事を思い出した。
彼女の光の弾を防ぐのは簡単だったが、それは、彼女がその場から動いていないため、大きな獣がテテスを追い払い、彼女が自由に動き回って、撃たれれば、アリードたちを守り切れるだろうか?
「アリード、皆を撤退させて!」
アリードは不満そうな態度を示したが、黙ってうなずくと、直ぐに兵士達に撤退の命令を下した。
彼女たちの人知を超えた力、その戦いに巻き込まれればただでは済まいなと、容易に想像できたし、その力の限界は、想像できない物であろうと感じていたからだ。
(後は、撤退までの時間を稼いで……)
時間を稼いで、どうするのだろう?
兵士達は、長い道のりを歩いて帰らねばならない、彼女は追って来るだろうか、長い列を作って行進している所を攻撃されれば、ひとたまりもない、追われないような対策を取らねばならない。
(そのために、ここで彼女を倒してしまえば……)
そう考えて来夏はゾクリと、身を震わせた。もう一度、攻撃『魔法』を使えば、彼女を倒せるかもしれない、それが恐ろしかったのだ。
防御フィールドを備えた者同士の戦いは、相手の防御フィールドを打ち破り、ダメージを与える。
つまり、その決着は、死だ……。
『魔法』を使える者同士が争うなど、来夏には有り得ない、考えられない事だった。お互いに理解し合う方法などいくらでもある。しかし、彼女もそう考えてくれるだろうか?
彼女の世界では、違っていたら……。
この世界のように、争いが当然としてそこにある世界だったら……。
迷っている時間は無かった、大きな獣が巨大な口を開けて、テテスをかみ砕こうとし、それを恐れるように逃げ回るテテスたちが、支配の及ぶ範囲を狭め始めている。
(あの獣を倒せば、テテスで身を守りながら撤退できる)
しかし、彼女の『魔法』が果たしてどのような物であるか分からない状態で、攻撃するのは躊躇わずにいられなかった。
あの獣を倒してしまって、ベル本人は無事でいられるのか?
決断せねばならない。
来夏は、アリードが兵を率いて街を出たのを見計らって、攻撃『魔法』を使った。
初めに当てた『魔法』より、数倍の威力のある爆発が、ベルの目の前の地面の上で起こる。
これ以上戦えば、ただでは済まないというメッセージ。
彼女がそれを、正しく受け取ってくれれば……。
爆発が消えぬ間に、来夏は街の外へと飛び出して、振り返るアリードたちを急かしていた。
「急いで! もっと速く、もっと遠くへ」
街の建物が小さな影になっても、来夏はそれから目を離さなかった。
兵士達の列の後ろに浮かび上がり、いかなる『魔法』の追撃にも対処できるように備えていた。
どのような攻撃が来るのか分からず、基地に着くまで気を抜くことが出来なかったが、ベルが追撃して来る事は無かった。
今は、ただ、無事に帰れた事に、ほっと溜息をついていた。
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