第26話 もう一人の魔法少女 3

 最悪の事態は避けられた。……本当にそうだろうか?

 彼女には考えねばならない事が山積みになっていた。そのどれにも手を付けたくはなかったが、考えない訳にはいかない、特に金髪の少女ベル・マ・クドゥールの事は。

 彼女はどこから来たのか?

 彼女の使う、見慣れぬ『魔法』は、来夏の知らない別な世界の物であろう。

 しかし、彼女が異世界からの転移者だとしても、なぜ、アル・シャザードの軍隊と共に戦っているのだろうか?

 その回答を最も欲しがっているのは、全軍での出陣で敗北を喫したアリードたちであった。


「皆が無事に戻れたのは、ラーイカのおかげだが、あの少女はいったい何者なんだ? あの不可思議な力は、ラーイカと同じものにも見えたが……」


「分からない……。彼女の名乗った名前ベル・マ・クドゥール、にも聞き覚えはないけど……、あの力は、『魔法』だった、でも私の物とは、少し違う系統の物……」


「彼女は、なぜアルシャザールの軍隊に居るんだ? それともたまたま、あそこで暮らしていたのか? それとも……」


 アリードはその後の言葉を飲み込んだ。クルクッカを守るために現れた、それを可能性の一つとする気にはなれず、故意に頭から追いやった。


「分からない……。でも、彼女なりの目的があるのだと思う……」


(そうだ、彼女が異世界から来たのなら、その目的があるはずだ。そして、何らかの答えを出して彼女も戦っているのかもしれない)


「目的、か……」


 彼女が人知を超えた力で何を成そうとしているのか。到底理解できそうもなかったが、それは、目の前にいるラーイカにも同じ事が言えた。

 彼女たちがどこから現れ、この国で何をしているのか、分かるはずもない。アリードには、空に浮かぶ球体と同じくらい遠い存在であった。


「彼女のような力を持った少女は、他にもいるのか?」


「えっ……、それは、たぶん、居ないと思う……」


 三人の魔法使いが異世界で出会ってしまうなど、確率的に有り得ない事だと、考えもしなかった。しかし、一つの世界に一人で転移するというのは、来夏の世界の常識であるだけで、何も彼女たちも同じとは言い切れない。


(もし、彼女が複数で転移しているのだったら……)


 広範囲を探査して、『魔法』の痕跡を探してみようかと思ったが、巧妙に隠す能力を持っていれば見つけられないだろうし、もし、見つけてしまったら、いらぬ争いを生むかもしれない。

 出会わなければ、それに越したことは無い。


「ラーイカ、一つだけ答えてくれ……。彼女は、ラーイカの仲間か?」


「いいえ……、初めて出会った少女よ」


 しばらく黙ったまま腕を組んで考え込んでいたが、短い言葉で、話しを区切った。


「分かった。今は、それだけ聞ければ十分だ」


 彼女を仲間と呼べたら、どれだけ心強いであろう。この世界で唯一魔法をわかりあえる相手なのだから。

 彼女の戦う理由、目的が理解できれば、手を携える事も出来るはずだった。


(ベルと話し合えれば……)


 しかし、それは彼女ともう一度会わねばならない。再び出会った時、彼女と戦う事になるかもしれない。それが恐ろしかった。彼女が軍に味方する限り、それは、避けられないのだろうか?

 街を開放しに向かえば、彼女と出会ってしまうだろう。ここに彼女が攻めて来る事もあるのかもしれない。そうならないために……。

 そのために『魔法』があるのだ。

 いる場所が違っても、目的が違っても、分かり合えるはずである。

 そのための『魔法』なのだから……。


「ラーイカ、どうしたのです、か?」


「ラーイカ、いたいのです、か?」


「ううん、ありがとう……」


(この子たちのように、私もベルと話し合えれば……)


「ラーイカ、元気を出すのなのです」


「ノルノルが、元気を出すのなのです」


 そっと寄り添ってくれるイルイルに、来夏の『魔法』の真似をして、元気を出そうとしているノルノル。彼女たちのようにそこに居てくれるだけで、安らぎを与えてくれる。来夏には、彼女たちこそが奇跡であるように感じられ、胸の内にあるものをぽつりと呟いていた。


「仲良くしたい相手がいるの……でも、どうやって話しかけたらいいのか、分からなくて……」


「こうして、ぎゅっとするのなのです」


「くっつくと、あったかいのなのです」


 二人は、額をくっつけて、来夏に抱きついて来た。

 触れ合った場所から、二人の体温が伝わって来る。それだけでいいのだ……。

 たった、それだけの事で、どんな言葉にも勝る。


 もう一度、ベルに出会えたら、手を差し伸べてみよう。それから始まるのだ。

 差し伸べた手を払いのけられても、再び『魔法』を向け合う事になったとしても、全てはそこから始まるのだ。

 いつかその手を繋げれば、きっと、分かり合えるはず。共に進めるはず。


 来夏は二人をそっと抱き返していた。


「ありがとう、そうしてみる……」

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