第24話 もう一人の魔法少女 1

 アリードは、多くの兵を一か所に集め、長い列を作って行進していた。

 多くの武器を携えての行軍であったが、周辺で一番の大都市ラドラキアを攻めるとあって、士気はいやが上にも上がり、遥か先からもわかる様な歓声を上げていた。

 そして、長い隊列の先頭に来夏の姿があった。

 その姿は、彼等には約束の楽園へと誘(いざな)う女神に見え、彼女には這い上がれぬ流砂に誘(さそ)う死神に思えた。


(引き返せぬ流れの中へと、彼らを導いてしまうのではないだろうか……)


 彼らの歓声に後押しされて進む来夏は、付きまとう不穏な想いにさいなまれていた。

 それでも、彼らを守ることが出来れば、と、先頭を歩いていたのだった。


 砂塵の向こうに高いビルの影が見えて来る。

 石造りの低い家の並んだ砂ばかりの国に、不釣り合いな、近代的な都市の姿がそこにあった。

 彼等にはそれが楽園に見えるのだろうか?

 大都市での市街戦、それは来夏に大きな不安をもたらしていた。


(街の中に入れば、彼らに戦う相手の区別がつくのだろうか? 制服を着た軍人だけではなく、街の中に潜んでいる過激派のグループを探そうとするだろう。そうなれば、武器を持たない人々も巻き添えになる)


「エーレート、キュリオ、テテス」


 来夏の周りにふわりと風が舞い、彼女の周囲に無数の透明な人影が湧き出る。ゆらゆらと揺れる子供のように小さな影は、よく見ていないとどこに居るのか分からなくなるくらいで、沢山いる事は分かっても正確な人数は数えられなかった。


「テテス、街に広がって……」


 小さな透明の影は、風のように砂漠を渡り街の中に入り込む。つむじ風のように建物の周囲を回り、街にいる人々に戯れる子供のように纏わりつく。


 何かに触れられたような気がした兵士の一人が、仕切りに自分の手を振ってその感触を振り払おうとしながら、周囲に目を凝らした。


「何だこれは? 何かがいるぞ……」


 肌に吹き付けてくる風のような感触で漂い寄って来る見えない何かに、路地で待ち伏せてた兵士がざわめき立つ。


「どこだ? 何が居るんだ?」


「今確かに……! 俺の頬に何かが触った!」


 銃を向けると、それは、一斉に赤い光を放ち、既に取り囲まれていると警告する。

 地面を走る子供のような物、空中をくるくると回りながら飛ぶ蜥蜴のような物、形も一つとして同じものは無く、また、一時とて、同じ形にとどまっていない。

 恐怖にかられた兵士の撃った弾は、赤い靄の中に、くすくすという笑い声とともに消え、耳元で聞こえる獣の吐息に、我を忘れて、持ち場を捨てて逃げ出さずにはいられなかった。

 そして、武器を持たぬ人々を、優しく引っ張ったり、戸惑う背中を押したりと、淡い緑色の光で安全な場所まで誘導する。

 来夏の放った透明な影は、瞬く間に幻惑と混乱で街を支配していった。


 通りに配置された戦車にバリケード、建物を倒壊させて、行く手を遮るための爆弾。彼女が片付けねばならない物は、まだまだ沢山あった。

 回り込んで側面から奇襲されないように、探索範囲を広げればその分時間がかかったが、無駄な戦闘を起こさないためにも慎重に『魔法』支配力の及ぶ範囲を広げて行き、部隊の先頭が街に入る頃には、散らばった分隊を追い払い軍隊を司令部へと追い詰めていた。


 空中に色々な紋様を描き出す淡い光がイルミネーションのように彼らを先導し、おとぎの国にでも来たかのような気分で、先頭を歩く来夏の名前を高らかに歌い上げていた。

 だが、彼らもイルミネーションが赤い靄に変わり、司令部が近づくと緊張を強める。

 その時、突然の砲撃によって、通り沿いの背の高い建物が崩れ出した。それは司令部からの攻撃で、軍がそこを防衛ラインとするために、建物を崩して進軍を阻もうとしたのだった。


 舞い上がる粉塵に視界が阻まれたが、来夏は、建物をスキャンして、住民が皆避難している事を確認すると、ほっと安堵した。しかし、粉塵の向こう側を高速で動く影も捕らえていた。

 それの動きの素早さは、少し気になったが、あまりにも小さな影であったため、それほど気にも留めていなかったが、不意に、粉塵を突き抜けて砲撃が走る。

 閃光を放つ弾は、来夏の手前で消滅したが、今までにないほどの弾速に、真直ぐに来夏を狙う正確さに、秘かに驚いていた。


(今のは何? あれも銃の弾なの?)


 アリードたちが使っている銃とは比べ物にならない、弾速と威力を兼ね備えた、新兵器を軍隊は持っているのだろうか、と、来夏は考えていた。

 手のひらを粉塵の向こう側を動く人影に向けて、小さな光弾を放つ。だが、それは素早い動きで来夏の攻撃をかわすと、今度は、背後に並ぶ兵士達に向けて、複数の弾丸を打ち込んだ。


 完全に不意を突かれた。反撃された事ではなく、来夏の『魔法』、それが攻撃用の物ではないにしても、が避けられた事に驚き生まれた空白だった。

 慌てて後ろに抜ける弾丸の一つを叩き落としたが、もう一つが兵士達の列で炸裂する。小さな弾でありながら、戦車の砲弾を撃ち込まれたかのように弾け飛んだ。


 敵の攻撃が、今までの兵器からは考えられない性能を持っていると、来夏は嫌な予感を感じた。

 それがどの様な物なのか分からなかったが、立て続けに撃たれれば、彼らを守り切れるのだろうか、いや、さらに危険な兵器が用意されている事だって考えられる。

 もう、躊躇うことは出来なかった。


「エーレート、エクスシーア!」


 来夏は、この世界に来て初めて、攻撃『魔法』を使った。

 対象がどれほど速く動けようとも必ず当たる。そして、対象を確実に破壊するだけの威力が備わっていた。

 舞い上がっていた粉塵を吹き飛ばす爆発が起こる。対象の大きさに合わせて小さな範囲でありながら、金属が蒸発する程の高温、引き寄せられる空気が鎌鼬のように渦を巻まく。


 だが、どんな物質も残っていないはずの空間に、それは立っていた。

 来夏の攻撃『魔法』に耐える事など、不可能である筈なのに、それが出来るとするなら、それは……。


「『魔法』防御フィールド……?」


 信じられない事だった、この世界に来夏以外の『魔法』が、存在するなど、有り得ないのだから。

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