第21話 戦う理由 1
例え答えが出なくとも、アリードに立ち止まることは出来なかった。
増え続ける人々を受け入れるために、これ以上離脱者を出さないためにも、戦い続けなければならない。
志願した者に銃の扱いを訓練し、戦火を広げていた。
「構え! そこ、遅れているぞ! お前たちの戦いに、この国の未来がかかっているんだ、訓練とはいえ、もっと、集中しろ!」
声を張り上げたアリードは、この戦いがいつ終わるのか、ふと、そんな事を考えていた。
全ての街を開放すればいいのか? 大統領を倒せばいいのか?
それで、戦いは終わるのか?
その先に、何がある、どんな未来がある。
「アリード! 偵察隊からの報告だ……」
「どうした、何かあったのか?」
「ここではちょっと……」
「ああ、分かった。お前たちは訓練を続けておけ」
志願兵に聞かせられない報告、幾つも心当たりがあり、どれも彼にとっても嫌な報告でしかなかった。しかし、それから目を背ける訳にもいかない。
基地の彼専用に割り当てた、広めの部屋で、内密のその報告を聞く事にした。
「それで、何があったんだ? また、裏切り者でも出たのか?」
「いや、違うんだ。アルジャズールの奴が、部隊を率いて、俺達の討伐に乗り出してきたんだ」
「なんだとっ!」
(奴が生きていたのか……? そうだ……死体を確認したわけでもない……、街を攻めとった時も、奴の親衛隊はいなかった……。奴を、奴の存在を、今の今まで忘れていた…………ミャヒナのかたきだというのに)
アリードは、力任せに拳で机を叩いた。倒すべき敵を忘れていた自分に、腹立たしい怒りをぶつけた。だが、同時に彼の顔には、引きつった笑みがこぼれていた。
倒すべき敵が、まだ生きていた事に……。
「奴はどこに居る」
「ルージャ・カスルに軍を集結させているそうだ、あそこからなら、この基地に一気に進んでこれるぞ」
「意表をついて攻め込む気だったのかもしれんが、こっちは逆に相手の作戦を逆手に取ってやるだけだ、街を守っている部隊に連絡して、ルージャ・カスルに進軍させろ、二つの街からの部隊と基地からの本隊、三方向から奴を包囲して殲滅してやる」
「分かった、早速ラーイカ様にも……」
「待て……、ラーイカには伝えるな」
「何故だ? 相手はアルジャズール親衛隊だぞ? 今までの奴等よりも訓練された兵士に、装備だっていいはずだ」
「いや、俺達だけでやる……。アルジャズールを確実に殺すためだ」
ルージャ・カスルは、人口の少ない小さな街のひとつであったが、古い時代に造られた石の城壁に囲まれ四方に開いた狭い入口が街の中へと続く唯一の道であった。その中に軍隊を入れれば、まるで砦のようである。
しかし、包囲した敵を逃がさないという点では、彼にとっても好都合である。
砂漠の岩場に身を潜め、街を取り囲むように広がったアリードたちは、一気に城壁目指して突き進んだ。
アルジャズールの兵は、城壁の上から機銃で応戦するも、数で勝るアリードたちは、岩場を使って相手を翻弄し、包囲を狭めて行き、城壁の入り口から街へとなだれ込んだ。
その瞬間、砲撃音が上がった。
まるで、狭い入口自体が、巨大な銃口であるかのように、爆炎と共に、突撃した兵士を吐き出した。
それは彼らを立ち止ませるに十分な衝撃であった。
突撃した兵士の後に続こうとして、動けなくなっていた彼らに、金属の軋む音が聞こえる。
「戦車だと! 奴等、街の中に戦車を入れてやがる」
入り口の前に立たなければ、城壁の内側に居る戦車の射線に入る事は無かったが、前に進むことが出来なくなった彼らを城壁の上から機銃が追い詰め、岩影に身を潜めなばならなかった。
「ダメだ、街に入れないぞ、アリード」
「ここまで来て、アルジャズールを取り逃がすわけにはいかない、入り口がダメなら城壁を越えるんだ」
「梯子も無いのにか?」
「人数で勝っているんだ、機銃さえ何とかすればよじ登れる、みんな一斉にかかれ!」
無謀とも思える突撃で何度も追い返されたが、それを繰り返すうちにうまく壁際に辿り着く部隊も出て来る。だが、そこからよじ登るのは容易では無かった。
「もっと撃つんだ! 俺達も行くぞ!」
「待ってくれ、アリード」
「今更怖気づいたのか? 俺は行くぞ!」
「違うんだ、さっき到着した後続の部隊が、こんな物を持って来たぞ」
バルクが、ニヤリと笑いながら抱えていたのは、金属の筒、いや、ロケットランチャーだった。
「こいつで、城壁をふっ飛ばそう!」
「そいつを使えるのか?」
「銃と同じじゃないのか? 壁に当てるだけなら何とかなるさ」
運んできた複数のロケットランチャーで城壁を破壊しようと、数名で発射準備に取り掛かったが、単純な作りのようで、撃ち方がすぐにわかるものでは無かった。
試行錯誤している内に、突然、近くで巻き起こった爆風にあおられ、アリードは頭から砂をかぶった。
「どこを撃ってる! 味方を殺す気か!」
だが、ロケットランチャーを撃った兵士は、怒鳴り声も聞こえないかのように放心し、空を見上げていた。つられるようにその視線の先に目をやると、煙を吐いて飛び去る砲弾が、城壁を越えて街の中へ落ちて行った。
そして、城壁の外からでもはっきりとわかる爆発音が上がる。
(さっきの爆風は、発射の衝撃だったのか……。しかし、これなら)
「もっと広がって、お互いに距離を取れ、城壁をふっ飛ばすぞ!」
アリードたちがロケットランチャーを構え、城壁に狙いを付けた瞬間、巨大な爆音と共に城壁の一部が砕け散り、辺りに砕けた石が撒き散らされる。
「なんだ! 今のは誰が撃った……」
(今の爆発は内側からだ……)
「みんな、下がれ!」
城壁に張りついている部隊に大声で叫んだが、その瞬間、爆音と共に城壁が張り付いている兵士ごと弾け飛ぶ。立ち昇る砂煙の向こう側に巨大な砲身が見えていた。内側から戦車の砲撃だった。
アリードたちが重火器を用意した事をすぐに気づいた兵士は、城壁を崩される前に、戦車を移動させて、相手を始末する作戦に切り替えたのだった。
それは彼らに突入口を開く形にはなったが、砂煙が晴れれば戦車の砲撃が来る。正面から撃ちあえば、威力、命中精度、どれをとっても彼らに勝ち目はなかった。
今しかない……アリードは、渾身の力を込めて叫んだ。
「撃てー!!」
砂煙を突き破って、砲弾が街の中へと突き進む。複数の爆発がさらに砂煙を上げて視界を悪くしたが、それを吹き飛ばす戦車の砲撃が、彼らの手前に着弾し砂を巻き上げた。
耳をつんざく、頭の中を突き抜ける様な轟音に、空気が音を反響しなくなったような錯覚に陥る。皆がゆっくりと叫ぼうとして、動かそうとする自分の手足もコマ送りのフィルムのように、遅々として進まない感覚。それに一瞬遅れて、鼓膜から頭の中へと突き刺さる耳鳴りが、激しい痛みとなって彼らを襲った。
第二射をどう防ぐか考えるゆとりもなく、耳を押さえて地面に倒れ込んでいた。
もう一度撃ち込まれれば成す術は無く、そこに蹲ったまま、死を迎えるだけであった。
(耳が、頭がいてぇ……、しかし、何で撃ってこねぇ、……一発目で、片付いたと思ったのか?)
城壁の瓦礫が上げた砂煙も収まり、視界が開けたにも拘らず、次の攻撃が来ない。それを確かめるため、頭を押さえながら、岩影から覗くと、大きく口を開いた城壁の向こうで、崩れた建物のがれきに押しつぶされようとしている戦車の姿があった。
彼らの砲撃と、戦車の砲撃の衝撃が、建物を崩し狭い路地を埋めていたのだ。偶然の産物であったが、この機会を逃すわけにはいかなかった。
「皆、今の内だ! 突き進め!」
彼の声が届くのか、本人でさえ分からなかったが、アリードは大声を張り上げて走り出した。
よろよろと立ち上がった兵士から彼に続き、次々と張り上げる声は、数を増して行き地面を揺らすほど響くようになって、城壁の内側へと雪崩れ込んだ。
銃を撃ち、瓦礫を登り、戦車を取り囲む。身動きの取れない戦車によじ登り、数人がハッチをこじ開けようとしていた。
「開かねぇ、どうやったら、開けられるんだ?」
「蓋をふっ飛ばしてしまえ!」
ロケットランチャーを持った数名が戦車に駆け寄り、ハッチをふっ飛ばしに向かう。
「アリード、この大砲、二発目は撃てないぞ?」
「なんだと? 代わりの弾を詰めれば、使えるんじゃないのか?」
「弾も無いし、撃った後部品も取れた気がするんだが……」
使い捨ての空の大砲だったが、そんな事は気にも留めていない兵士達がよじ登ってそれを構えるだけで、効果は十分だった。
「今開ける、撃たないでくれ!」
至近距離で撃たれては、ひとたまりもないと戦車の内側の兵士が、内側からハッチを開けた。
両手を上げて、出て来た兵士には見向きもせず、彼らは、手に入れた戦車に夢中になっていた。
「戦車だ、これを使って、この街を攻め取るぞ!」
「アリード、どうやって動かすんだ?」
「車と同じだろう? 瓦礫を抱かせば何とかなるんじゃないのか?」
「……エンジンの始動させ方が分からん」
「その辺のを適当に押してみろ!」
瓦礫をどけようとする者と、中に乗り込んで動かそうとする者と、大勢がそこに集まっていたが、彼等が戦車を動かせるようになるには当分かかりそうであった。
少なくとも他に三台は、戦車がある。これにかかりきりになっている訳にはいかないと、思い立った。
「しかたねぇ、何人か残して、他は中央の司令部に進め!」
崩れた城壁から入り込んだアリードの兵は、狭い路地へと散らばり、街中で乱戦が広がって行った。
入り組んだ路地では戦車も役に立たず、数で勝るアリードたちは、次々に兵を倒して、戦いを有利に進めていた。
彼等が、街の司令部へと突入しようとした時、突然、爆炎が上がり、司令部の建物が炎に包まれる。そこで呆然と立ち尽くす間にも、空を切る飛来音と共に、街中で爆発が起こり、辺りを火の海へと変えて行った。
敵も味方も吹き飛ばし、街を火の海に変えた榴弾は、岩山の上に配置された自走砲から放たれた物だった。
城壁の内側で狭い路地を逃げ惑う兵士達を、容赦ない爆発が襲う。
「みんな、一度街の外へ撤退だ……」
だが、それを実行に移すのは、街の中へ深く入り込んだ今、困難を極めるであろう。
自分たちが、罠に追い込まれた事に、気づくには十分だった。
「アルジャズールの野郎、自分の部下ごと、俺達を焼き尽くすつもりか!」
彼の叫びを降り注ぐ榴弾の飛来音が打ち消した。
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