第22話 戦う理由 2

「はっはっは、虫けらども、塀の中で燃え尽きてしまえ!」


 燃え盛る街を見下ろす崖の上で、アルジャズールの高笑いが響いていた。


「よろしいのですか? あそこには多くの住民も残っていますが……」


「何だと? あそこに残っているという事は、反逆の意図があっての事だろう。まとめて焼き払って何の問題がある。直ぐに次弾を装填しろ!」


「はっ!」


 隊長の号令で撃ち出された榴弾が、放物線を描いて、街を燃やし尽くすべく飛んでいく。だが、そのすべてが空中で音もなく消え去った。それだけでは無い、街のあちこちで上がっていた炎が、煙さえ残さず、消え始めていく。


「なんだ、何が起こっているんだ?」


「アルジャズールさま、あれはっ!」


 街の上空に、淡い光を放つ球体が浮かんでいた。

 発光する球体から、強烈な光を放つ小さな物体が撃ち出され、機械的な正確さで自走砲を撃ち抜き、閃光が辺りを包んだかと思うと、何事もなかった様に消え去った。

 何が起こったのかと不安がる兵士の目の前で、並べられた砲台が次々と、空気を抜かれた風船のようにしぼみ、地面に描かれた水たまりのような姿に変わって行った。



 榴弾の降り注ぐ空に向かって叫んでいたアリードの目にも、空に浮かんだ淡い光を放つ球体が映っていた。


「あれは……、何だ?」


 呆然とそれを眺めつつも、それが榴弾を消し去り、彼らの脅威を取り除いてくれたことは見て取れた。

 こんな奇跡を起こせるのは、彼女しかいない。その答えは直ぐに彼の元へとやって来た。


「アリード! 無事だった? どうしてこんな無茶をするの……」


 瓦礫の散乱した地面の上を滑るように移動してきた来夏が、心配そうに彼に詰め寄った。

 彼女は、アリードが出陣したのに気が付き追って来たのだった。


「助かったよ、ラーイカ……、あれはなんだ?」


 アリードは、来夏に黙って出陣した事への後ろめたさからか、話をそらした。


「あれは、自動迎撃システム、ガルガリン……、えっと、飛んでくる攻撃を撃ち落としてくれるものよ」


 説明を聞いても分からない物であると、アリードも分かっていたが、そのまま、空に浮かぶ球体を無言で眺めていた。


(彼にあれが、どう見えるのだろう?)


 未知なる超兵器か、それとも、天より遣わされた守りの加護なのか、彼の表情からは、恐れも不安も読み取れず、何を想ったのか来夏には分からなかった。

 その彼が不意に、それから目を反らすと、大声で兵を纏めだす。


「銃に弾を込めろ! 戦える者はついて来い、出発するぞ!」


「待ってアリード、火は消し止めたけど、街には、多くの怪我人もいるわ。彼等を置いてどこへ行こうというの?」


「決まっている、奴等を逃すわけにはいかない!」


「どうして? もう、彼らは攻めてこない、もう、戦う必要はないじゃない」


「あそこに居たのは、アルジャズールだ。……ミャヒナの仇だ…………」


 彼に返す言葉が無かった。

 その名から込み上げる、怒り、憎しみ、悲しみ、それらは彼女の内にもある。だが、ミャヒナはかたき討ちなど、望んではいないだろう……。

 来夏は、目を伏せたまま静かに答えた。


「無駄よ……。崖の上の兵は、もう、遠くへ逃げてしまったわ……」


「何故だ! 何故だ、ラーイカ! あれを使えば奴を殺すことが出来たのだろう? 何故だ……」


(本当に、彼を止める事が正しかったのだろうか……。本当に、私はこの国を理解しているのだろうか……。本当に、ミャヒナを理解しているのは、彼なのかもしれないのに……)


 来夏は、両肩を掴んで揺さぶるアリードの目を見返すことが出来なかった。

 なぜなら、怒りの炎を燃やした彼の瞳は、涙を流さずに泣いていたからだ……。



 持っていた武器という武器、腰に下げた小銃まで飴のように溶かされたアルジャズールとその部下たちは、青ざめた顔に震える体を抑えて、ほうほうの体で戦場から逃げ出していた。


「何なんだあれは……、あんな物が一体どこから……」


 我先にと乗り込んだ車の中で、小さく丸くなり、人知を超えた未知なる力による攻撃に、恐怖に震えるしかなかった。

 だが、岩山の間を走る車が、突如、巨大な手で掴み上げられたかのように、座席の上で左右に振り回される。


「何事だっ!」


 恐怖に追い打ちをかける事態に怒鳴り声を上げたが、車のタイヤがパンクしたのだと気づく。ただ、パンクしただけだ……、いや、軍用のトラックのタイヤがそう簡単にパンクするとは思えない、狙撃でもされない限りは……。


「車から降りろ!」


 銃声と男の怒鳴り声が響いた。

 応戦する武器もなく、慌てて車外に転がり出た彼らの周りに、銃を持った沢山の男たちが取り囲んでいた。


「こいつは、大物が引っ掛かってくれたぜ、待ち伏せてた甲斐があるってものだ」


「ひぃ……、助けてくれ……」


「他の兵士共は殺せ! アルジャズールは、街の入り口に吊るすぞ!」


 アルジャズールの命乞いに耳も傾けず、襟首を掴んで持ち上げた大男は大声で宣言した。


「大統領の親衛隊を率いるアルジャズールを倒したのは、この俺、エルル族のクルクッカだ!」


 それから数日と経たずに地方の大都市のひとつラドラキアに、アルジャズールの死体がエルル族の犯行声明と共に吊るされていた。

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