第20話 葛藤

 川に水が戻り、濁流を押し流す波のように勢いを付けたアリードは、兵を率いて次々に近隣の小さな街を開放していった。

 彼らは、隠れ潜む必要もなく、鬨の声を上げて、正面から街へ攻め込むことが出来た。なぜなら、彼らの前には、神々しい光に包まれた来夏の姿があったからだ。


 彼女がいれば小賢しい作戦も、騙し打ちの様な小細工も、必要では無かった。

 飛んでくる銃弾は、彼らに届く前に空中で消え去り、向けられた銃は、敵兵の手の中で消えて行く。

 彼等はアリードの名を叫び、武器もなく逃げまどう兵士達を、街から追い払うだけであった。


 これが避けられない戦いならば、敵も味方も一滴の血も流さず、戦いを終わらせ街を開放する。来夏はそう心に決めていた。そして、努めて先頭に立ち、全ての武器を無効化していった。

 その奇跡は、さらに多くの人を引き寄せ、ある者はマ・ラーイカの姿を一目見ようと訪れ、ある者は共に戦おうと武器を取り、アリードの元へ集まった兵は、もはや軍隊と呼べるほどの数にまで増えていた。


 しかし、増えた兵士達をいくつかの部隊に分け、次々と開放した街に駐屯させ、勢力を拡大していった彼等も、自分たちが、一枚岩で無い事を思い知らされるのであった。


「もうそろそろ潮時だ、いつまでも理想主義の餓鬼に、付き合っちゃいられねぇ」


「しかし、いいんですかい……マ・ラーイカの庇護が無ければ、俺達は……それに、今更逃げ出したら、逆鱗に触れるんじゃ……」


「何言ってやがる。お忙しいマ・ラーイカさまは、英雄のお守で、いちいち俺達なんぞにかまってる暇はねぇんだ。それなのに、こんな小さな街の軍司令部なんか守ってたら、あっという間に包囲されて、殺してくれと言っているようなもんだぞ」


「でも、俺達はもう政府軍にも追われる立場だし、何処に行けばいいのか……」


「木を隠すには森、砂漠に撒いた砂は見つからねぇ。もっと大きな街でなら、いくらでも身を隠せるってものだ」


「なるほど、そりゃいいな」


「そうさ、こんな小さな街をいくら取っても仕方ねぇ、俺達でもっとデカい街を占領してアルシャザードを倒すんだ」


「武器も食料も、たんまりあるしな」


「おう、餞別に有るだけ持っていくぞ」


 ディワーヤに駐屯していた部隊が食料を持って姿を消したことは、アリードの耳にも、直ぐ届いたのだが、彼は信じられないという表情で、自分の耳を疑った。


「何故なんだ……? 共に街を、人々を解放しようと集まった仲間がなぜ裏切る? そんな筈は、無いだろう……、何かの間違いじゃないのか?」


「しかし、司令部は、すっかり空になっていたし、倉庫にあった、武器も食料も無くなっている、と、連絡に行った兵士が報告してきたんだ」


「それでは、奴らはどこへ行ったんだ? アルシャザードの軍に寝返ったのか?」


「まさか、一度でも反旗を翻した連中をあの大統領が受け入れる筈は無い。それに、ディワーヤに居た部隊は、エルル族の元過激派の連中で構成されていたはずだ……奴等なら、隠れ潜むアジトをどこかに持っているのかもしれん」


「クッ、エルル族の過激派どもめ、砂漠の砂をさらってでも、必ず見つけ出してやるぞ!」


「やめて!」


 机を叩いて怒りをあらわにしたアリードに、来夏が悲鳴にも似た声を上げた。


「もう、やめて……、民族なんて関係ないと言ったのは、貴方でしょうアリード。それに、彼らを見つけ出してどうするつもりなの?」


「そりゃあ……、いや、しかし、あいつらがだな……」


「それよりも、今は、ディワーヤの人たちの食料が、無くなった事の方が問題よ。彼らは明日から何を食べて行けばいいの?」


「あぁ、そうなだな。基地に蓄えている食料を運ぶか……、バルク、在庫を確認に行くぞ」


 食糧倉庫に向かう、彼の表情は険しかった。食料の在庫が厳しい訳ではないいくつもの街から、運び込まれて、かなり余裕があると分かったいたが。


(見つけ出してどうするのか? そんな事は決まっている……)


 だが、それは、アルシャザードと同じ事だ、そんな事をすれば、何のために、軍隊と戦っているのか分からない。しかし、彼らをこのままにしていれば、いつまた離脱する者が出るか、分かったものでは無い。

 彼はその葛藤に悩まされていた。


「だからって、どうすればいいんだ!」


 アリードは、葛藤を怒りにぶつけていた。


「いきなりなんだよ、アリード」


「俺は、俺達は、アルシャザードの圧政から、人々を開放するために立ち上がったんだ。だが、何の規律もない武装集団なんて、何の役に立つ!」


「それはそうだと思うが……」


「俺達は、苦しむ人々を開放しなければならない、そのために、奴らの行動に続く者が出ないように、しなければ……」


 一度箍が外れれば、自分たちがどれほど脆い集まりであるか。そして、その火種は、既にいくつも燻っている。

 圧政に苦しみ、不条理な迫害から逃れてきた人々、しかし、その中には自ら法を犯して、追われた無法者も混ざっている。罪を犯した彼等をどうすればいいのか、今までに何をしてきたか調べるのか?

 いや、法を犯した理由もあるはずだ、それが、圧政から逃れるために、生きるためだったのかもしれない。

 彼自身もミャヒナを助けるために、銃を持って軍の司令部へ押し入った。それが罪なのか?


(人に人を裁く権利など無い……しかし、このままにはしておけない……)


「バルク、ほかの街の偵察を兼ねて、奴らの居場所を探せ……」


 彼らをどうすべきか結論を出さないまま、アリードは命令を下した。

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