第19話  魔法少女 マ・ラーイカ 2

 孤児院の子供たちが、来夏の作り出した井戸から湧き出る水を掛け合ってはしゃいでいる。


「ラーイカが、水を出してくれたのです」


「川の水より冷たいのです」


「ラーイカさん、……これは一体」


 水に触れたメルトロウが、それらの機器の異質さに驚愕の言葉を発したが、来夏は答えなかった。

 押し黙る来夏に、メルトロウはそれ以上問う事は無く、悲し気に目を伏せた。

 彼は子供たちのように、それを無邪気に受け入れていいものでは無いと直ぐに理解したのだろう。と、考えたが、彼女には、そうするしかなかった。

 彼女たちのために他に出来る事など……。

 いや、孤児院の子供たちのために、街の住む人々のために、この国の全ての人のために、彼女にはするべきことがあった。


(私がやらなければ、ならない……)


 そう決意した来夏は、ぎゅっとこぶしを握り締めていた。


「ラーイカ、どこへ行くのですか」


「ラーイカは、どこへも行かないのです」


「ラーイカと、一緒に居たいのです」


「ラーイカ、ノルノルといるるの」


 彼女の思いを察したかのように、イルイルとノルノルが頭をくっつけて抱きついて来た。

 なぜ彼女たちはこれほどまでに敏感に人の想いを感じ取ることが出来るのだろうか?

 来夏の半分にも満たない僅かな時間で、どれ程の経験を、どれ程の人の想いを受け取ってきたのだろう。

 せめて明日は、彼女たちが笑顔で笑えるように、今出来る事をしなければならなかった。


「ありがとう……、私もイルイルとノルノルと、一緒に居たい。でも、街のみんなも水が無くて困っている。私は、川を元の姿に戻さなければならない、そのために川に行かなくちゃ……」


「元の川に戻るの?」


「ノルノルが、水を運ぶなのです」


 小さな桶に水を入れたノルノルは、それを頭の上に掲げて息巻いていた。


「ううん、もっとたくさんの水が必要だから、……大丈夫、直ぐ元通りになるわ」


 来夏は自分の体をふわりと浮かせると、驚く子供たちに小さく手を振って、川の上流に向かって飛び去った。

 水が干上がり、底の土も乾燥した砂に覆われ始めている支流では、両岸の植物も枯れ始めている。川の痕跡を見つけられなくなるまで、僅かな時間しか要しないであろう。急がねばならなかった。完全に支流の生態系が枯れ果ててしまえば、水が戻ったとしても、それを維持できるのか分からない。

 本流の大きな川の後に辿り着くと、砂の混じった濁った流れが、弱弱しく川跡の底を蛇行しながら進んでいる。

 事態は思っていたよりも深刻だった。これでは、もっと大きな街でも、人々が渇きに苦しんでいる筈だ。

 急がなければ……来夏は、スピードを上げて、川の上流を目指していた。


 川の周辺の風景が変わり、少しづつ緑の木々が増え始めた頃、突然、前方から物凄い速さで、来夏に向かって光の玉が飛んできて、爆炎に包まれた。


(これは、対空砲撃?)


 続けて、二発目三発目と、彼女に向けられた砲弾が爆炎を上げる。それらは、かなりの精度で、的確に彼女を狙って放たれていた。


「地形情報を入力、周辺を探査……」


 数キロメートル先に、川を堰き止める大きなダムがある。ダムの付近の両岸に、数台の戦車と、筒の付いた車両が並べられている。周囲を歩兵が慌ただしく走り回り、戦闘態勢を整えていた。


(これは、ダムを守るための軍隊なの?)


 来夏はギュッと唇をかんだ。

 ダムを堰き止める時に、もう軍隊を配置していたのだと、理解したからだった。

 水を止めれば、下流の国で生活している人々がどうなるのか、そして、ダムを開けさせるために、どんな手段でも使わなばならないことをわかっているのだ。

 彼らは、それを知った上で、川の水を堰き止め続けるために、軍隊を配置した。


 来夏は真直ぐにダムに向かって、飛び続けた。

 発光しながら真直ぐに飛ぶ来夏は、対空ミサイルの格好の的であったが、それらが、防御フィールドの外側で爆炎を上げるに任せて飛び続け、両岸に配備された戦車と兵士達の武器を消滅させていった。


 ダムに迫る来夏に、一斉にミサイルと機銃が掃射されたが、そのすべてが、空中で削り取られたように消滅していき、対空自走砲がメキメキと小さな音を立てると、一瞬にして、チリも残さず、光の粒となって消えて行った。

 彼女の『魔法』の前では、こんな軍隊など足止めにもならない。恐れおののいて、その場に座り込む兵士やただ、遠くへと逃げだす兵士に目もくれる事無く、ダムに向かって手のひらを向けると、そこに巨大な穴を穿つ。

 一瞬おくれて、ダムに蓄えられていた水が、轟音を上げて川に流れ込み、飛沫を上げる波となって濁った水を一気に押し流して行った。


(この世界の技術力では、もう修復することは出来ない。これで、下流の人々も救われる……)


 来夏は、ゆっくりと、水の流れを追って帰路についた。

 皆を助けるためにはこうするしかなかった、しかし、本当にダムを破壊することが正しかったのだろうか。あのダムが、ラドロクアの人々の生活に欠かせない物であったら、どうすればいいのか。

 彼等も大規模な干ばつに備えて水をためていたのかもしれない。いや、それにしてはやり過ぎであろう。下流に住む人々は、明日生きれるか分からない状態だったのだ。

 何故彼らは、水を堰き止めねばならなかったのか、来夏には分からなかった。

 だか、ダムを破壊したことは、大きな争いの種になる事を理解していた。


「私は戦わなければならない、この争いを終わらせるために……」


 彼女の運んだ波が、砂の国に届くとき、どのようなうねりをもたらすのか、今はまだ分からない……。

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