第18話 魔法少女 マ・ラーイカ 1
来夏は、ぼんやりと座って空を眺めていた。
自分の仕出かした事に、心の整理を付けられず、ぼんやりと思い悩んでいたのだった。
兵士達は許せなかった。ミャヒナのかたきを討ちたかったのだろうか?
ううん……ちがう。
アリードが死んだら、きっと、ミャヒナも悲しむだろう。だから、彼を死なせないために、戦った。
でも、軍隊を指揮する彼の姿を見たら、ミャヒナは怒るだろうな……。
何をすべきなのか、何をすべきだったのか、何をすべきでなかったのか。彼女は思い悩んでいた。
大勢の兵士が武器を持って出かけて行った時も、ぼんやりとその光景を見送っていた。映画のフィルムでも見るように、何の感傷もなく見送っていただけだった。
彼らが、歓声を上げて帰ってきた時に、何をしていたのか、気が付いて跳び上がった。
「アリード! アリードはどこ?」
大声で彼の名を呼ぶ来夏に、アリードは、自慢げな笑顔を見せて応えた。
「ラーイカ、見てみろ、こんなに食料が手に入ったぞ」
「どうして、どこから食料なんか……」
「ディワーヤの街の軍隊から奪って来たんだ、今回も大勝利だったぜ!」
「何故なの、なぜ、ほかの街の軍隊まで攻めなきゃいけないの?」
「何故って、決まっているだろう、他の街の人々も軍隊に苦しめられているんだ、見過ごせるはずないだろう? 俺たちが助けなければ、この国にはまだまだ大勢の人が住んで居るんだ、俺たちだけ解放されて、それで、良い訳がない」
「本当に、その街でも、軍隊は民衆を苦しめていたの?」
「当り前じゃないか、奴らは、アルシャザードの軍隊だぞ、それに、こんなに食料もため込んでいたんだ、よほどひどい事をしなければ、こんなに集められるものか」
「……それじゃあ、その食料は、ディワーヤの街の人の物じゃないの?」
アリードは言葉に詰まって苦い顔をしたが、直ぐに、顔を上げて言い直した。
「全部持って来たわけじゃないさ、俺達が軍隊を追い出して、これからは自由になるんだ、少しくらい分けてもらっても、ばちは当たらんさ」
さらに反論しようとした来夏の言葉を遮ったのは、息を切らして走って来たバルクだった。
「たっ大変だ……アリード」
「どうした、また揉め事か? まったく、手間のかかる奴等だ……」
「違うんだ、川がっ、川が枯れちまってる」
「何だとっ!」
アリードは、とび上がるほど大声で叫んだ。
「どうして、そんな事に? これまでも川が枯れる事なんてあったの?」
「いや、今まで一度だって、川が干上がる事なんて、なかった……」
「アリード、恐らく、上流のダムで水がせき止められているんじゃないか?」
「ダムだと? まさか、そんな」
「どうしたのアリード、これも軍隊の仕業なの?」
「いや、ダムがあるのはもっとずっと川の上流で、隣の国のラドロクアなんだ。アルシャザードでも、勝手に手出しすることは出来ないはず……」
「しかし、これだけ急激に水が引くのは他に考えられん、ここらに流れて来る小さな支流は、本流の水位が下がれば一発で干上がっちまうからな」
「……どういう事なんだ、ラドロクアが何をしようとしているんだ」
「ああ、いくらなんでも遠すぎるし、俺達がどうこうできる問題じゃないが、当面の水はどうする? アリード」
「しばらくは、基地に蓄えている水があるが、問題はいつまでダムがせき止められるかだ……」
彼らは本流までどうやって水を汲みに行くかと言う話をし始めていた。川が干上がったとしても、巨大な貯水タンクのある基地なら、数週間、いやもっと持つかもしれない、その間に水を補給する手段を考えればよかった、が。
大きなタンクに目をやった来夏は、はっと気が付いた。
(孤児院に水の貯え何てない……、この乾燥した国で、水が無ければ、一日だって生きていけない!)
来夏は、何も言わずに走り出していた。
(川はいつから干上がっていたの? 皆は、無事なの?)
一刻も早くと焦る気持ちを抱えて、たどり着いた孤児院は、以前と変わらない姿を見せていた。
表に来夏の姿を見かけたイルイルとノルノルが元気に走り出して来る。来夏はほっと胸を撫で下ろした。
「ラー、イカ、おかえりなさいなのです」
「ラーイカ、けほっ、けほっ」
以前と同じでは無かった。
乾いた咳をしたノルノルの姿を見て気づかされた。彼女たちの服は、埃っぽく細かい砂の色に染まり、唇は瑞々しさを失って、急に体重を落としたかのように、やつれていた。
(私は何をしていたんだ……こんなに近くにいたにも拘らず、彼女たちの苦しみに気づきもせずに、一人で悩みを抱え込んでいるかのように、空を眺めていたなんて……足元さえ見れていないのに……)
「ラーイカ、泣かないのです」
「ラーイカ、ヨシヨシなのです」
彼女は二人を抱きしめて泣いていた。
泣きながら、何度も誤っていた。
自分自身が思い悩んでいた事の無意味さを気づかされた。
何もせずにいた、自分の愚かさを……。
二人を抱きしめたまま、来夏は空中に水を出した。
それは空中にプカプカと浮く水の塊で、千切れば小さな玉となって、空中を漂う。地面に吸い込まれる事の無い冷たく澄んだ水であった。
二人は目を丸くして驚いたが、自分の体ほどもある大きな水の玉に頭を突っ込んで、浴びるように飲んだ。
「水なのです。浮いてる水なのです」
「ラーイカが、水を持ってきてくれたのです」
「水の中に入れたのです」
「水の中で泳ぐのです」
勢い余って水の玉から頭が飛び出して、まるで丸い水の服を着こんだかのように、玉の中に入ってしまった二人は、はみ出た細い手足をバタバタとして、空中を泳ぐようなしぐさをしていた。
「ラーイカは、マ・ラーイカさまなのです」
彼女たちに感謝されればされるほど胸が痛んだ。
もっと早くに『魔法』を使えば、いつでも、どんな事でも、出来たというのに。
皆の苦しみから目を背けていた自分に。
私のすべきことがあるはずだ、彼女たちのために出来る事が。
そうだ、ここに井戸を掘ろう、乾いた大地でも地下には水がある。決して枯れないような深い井戸を掘ろう。子供たちでも安全に汲み上げれるように、蓋をして、ポンプを付ければいい、ボタン一つでいつでもきれいな水が出るように、洗濯も出来るように、洗い場も付ければいいかな。
地面に手をかざした来夏の掘った井戸は何千メートルも伸びて、水質の良い地下水脈を探し当てた。そこから水を汲みだす魔法で作られた機器は、手入れをしなくとも、永遠に壊れる事は無いだろう。
だが、それは、ワインの湧く泉と、何の違いがあるのだろうか。
彼女は奇跡を起こす気など、毛頭なかった。彼女たちの役に、少しでも立てればと、ただそれだけのために、枯れる事の無い井戸を掘り当てたのだった。
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