第17話 英雄と少年 2

 埃っぽく薄暗い室内に、数人の男が床に蹲って身を潜めていた。

 身を寄せ合ったまま、じっと動かぬのは蒸されたサウナのように息苦しく、一分一秒が、途方もなく長く感じられる。


「はぁ、はぁ、突撃はまだか、アリード」


「落ち着け、予定の時刻まで、まだ一時間以上もあるぞ」


 アリードは、ディワーヤの街の軍司令部がよく見える空き家に身を潜め、突撃の合図を待った居た。

 街の各地に入りこんだ仲間が、一斉に騒ぎを起こし、手薄になった司令部を一気に占拠する手筈である。


 揃いの制服もない彼らは、銃さえ隠せば、怪しまれることもない、部隊をさらに細かく数人づつに分け、街のあちこちへと散らばって行った。


「アリード、大丈夫かな? 怪しまれて無いか?」


「問題ない、買い物でもしているように堂々としれりゃ誰も気にも留めないさ」


 不安がる仲間に声を掛けながら、少し速足で、ほかの仲間との集合地点へと向かっていた。人の多い露店の並ぶ通りや広場は、何の問題もなかったが、軍の施設に近づくと兵士の数も増え、すれ違う度に、つばを飲み込む音を聞かれないかと、ひやひやしていた。

 何度目かの兵士をやり過ごし安心したのもつかの間、背後から声を掛けられて、冷や汗をかいた。


「おい、貴様ら、どこえ行くんだ?」


「へぇ、街の西側に住む親せきのとこに……」


 咄嗟に、取ってつけた様な言い訳しか出なかったが、兵士は特に気にする様子もなく。


「西側か、この通りは今警戒中だからな、向こう側から回れ」


「何か、あったんですか?」


「うむ、近くの街で暴動があったらしくてな……、さぁ、早く行け!」


 兵士はうっかり口にした言葉をごまかすように、アリードたちを追い払った。どうやら、街の人間には秘密にしておきたい事らしい。


 警戒中という言葉が引っ掛かり、怪しまれる危険を冒して訊ねたが、仲間の誰かが捕まったわけでは無い事に、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 それからは、目的地まで大回りをしながら、狭い路地をぶらぶらしているかのように、のろのろと歩いて、やっとの思いで、この空き家に辿り着いたのだった。


(暴動とは、言ってくれる……しかし、そいつらが、今この街で銃を構えて身を潜めているとは思うまい)


 ことが起こった時の兵士の慌てる様子を思い浮かべると、にやつかずにはいられなかった。だが、ドアの向こうを足音を忍ばせた歩く気配を感じて、一瞬にして、にやついた口元が引き締まった。


「アリード、いるか? ……俺だ、バルクだ」


 響かぬように潜めた声で名前を告げられると、一気に気が緩んだ。


「バルクか、……無事だったか」


「俺達が最後か?」


「ここが一番奥だが、皆うまく辿り着けた、途中で誰かが捕まって計画が露呈してしまうのが、一番厄介だからな」


「ああ、ほかの連中も見つかったりはしてないみたいだし、うまく潜り込めたようだな」


「後は、火の手が上がるのを待つだけだ……」


 ただ待つだけの時間は、途方もなく長く感じた。彼等が、額から滲み出る汗に耐え、じっと息を殺していると、不意に司令部の中が、騒がしくなり始める。

 大勢の兵士達が靴音を鳴らし、入り口から駈け出して来ると、整然と並んで同じ方向へと駆け足で行進していく。


「行くか、アリード」


「いや、待て、もう一部隊が出るまで待つんだ……」


 手筈では、街の両端に部隊を向かわせて、司令部を手薄にするはずであったが、東側に部隊が向かってから随分と時間がたっても、西側へ兵士達が向かう様子は無かった。


(西側の陽動がうまくいかなかったのか?)


 東側へ部隊が向かってから、十分か、十五分か、いや、時を正確に数える余裕などない彼等には、何分経ったのか分からなかった。


(どうすればいいんだ……これ以上待っていれば……)


 もし、西側の陽動がうまくいっておらず、このまま時間を無駄にして、東側に向かった部隊が戻って来てしまえば、最悪の結果になる。

 アリードが決断するべく、皆の声を掛けようとした時、司令部から兵士達が駈け出し、街の西側へ向かって、走り出した。


「みんな、行くぞ……」


 一呼吸置いて、落ち着いた低い声を出すと、アリードは銃を構えて、ドアへと歩き出した。


 堂々と並んで司令部の入り口へと近づくと、呆気に取られている数名の見張りを倒し、一気に中庭を駆け抜け、建物の中へと踊り込んだ。

 建物の中には、予想より多くの兵士が残っていたが、完全に不意を突かれた彼らは、どうする事も出来ず、銃を乱射して、走り抜けるアリードは、一直線に司令官の元へと向かった。


「貴様何者だ!」


 第一声こそ、威勢がよかったが、部屋に入るなり、銃をめちゃくちゃに撃ちまくったアリードに、心底震えがっていた。


「俺が、エディナの街を解放した、アリードだ! この街も俺達がいただく!」


 アリードは、震えあがった司令官に詰め寄って銃を突きつけると、ニヤリと笑みを浮かべた。


「さて、部下共に、司令部が落ちたと連絡してもらおうか……」


 暴徒を鎮圧に向かった部隊の兵士達は、突然の連絡に、狼狽えるしか出来なかった。ある者は銃を捨てて投降し、ある者は、そのまま街から逃げ出して行く。

 アリードの作戦は見事にはまり、わずか数時間で、ディワーヤの街から兵士達の姿は消えていた。


「俺達の勝利だ! 食料を持って帰るぞ!」


「アリード! アリード!」


 街に散らばっていた者も、司令部に集まり、歓声を上げると、手近な建物のドアを壊して、兵士達のため込んだ、食料や武器を車に積み込み、少しの部隊をディワーヤの街に残して、彼らの基地への帰路へとついた。


 解放と自由と言う言葉に酔いしれ、全てうまく行くという自信に、彼らは満たされていた。

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